過去拍手御礼novels2

□狂気は笑う
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鼻先をかすめた匂いにはひどく覚えがあった。


はて、どこで嗅いだものだったか。

その答えにたどり着く前に、唇を押しつけてきたルフィによって思考を奪われた。



「……んっ、ルフィ、…だめだって……」


「え〜っ?ナミが人前でだめだっつーからここに来たんじゃねェか!」


「ここもだめ!いつ誰が来るかわかんないんだから!」


「じゃあどこならいいんだよー」と唇を尖らせる恋人の表情は、おやつをせがむときの顔とまるで変わらない。


「とにかく昼間はだめ。船長と航海士がこんなとこで仕事放棄してたら、クルーに顔向けできないわよ」


「ふーん、おれ別に仕事ねェけど」


「堂々と言うなッ!あんたちょっとはサンジくんを見習いなさ……」


…………ん?


サンジくん?


あぁそうか、この匂い、煙草の匂いだわ。


冒頭の思考の顛末に行き着いて納得していると、チュッと再びルフィに唇を奪われた。


「おまえが隙だらけだから、したくなんだぞ」


「……ちょ、だからここじゃ……っ」


重ねてチュッ、チュッと口を塞がれ言葉を遮られる。

柔らかいルフィの唇に心地よくなってしまいそうなのを抑え、無理矢理引き剥がした。


「ははっ、ナミ顔真っ赤!」


「〜っ、うるさいっ!」


私の拳を身軽な動きでかわしたルフィは「ウソップー!遊ぼうぜー!」と叫びながら意気揚々と倉庫を出ていった。


あまりの警戒心と注意力と緊張感の無さにため息をつく。





「慎重っつー言葉をまるで知らねェみてェだな、ルフィのやつ」


「そうなのよ、ほんと、誰かに見られたらどうす………………」




声がした方をハッとして振り返る。

ルフィが出ていってから、ここには誰も入っていないはず。



「随分仲良しなんだね、あいつと」


「っ!!サンジくんっ!!!」


やあ。と片手を上げて荷物の影から顔を出したサンジくんに、私はあやうく驚倒しそうになった。


「いやしかし参ったなァ……まさかナミさんが、ルフィとそういう関係だったとは……」


「い、えっ、い、いつ、」


「最初からだよ?食材取りに来たら突然ふたりが入ってきて、突然キスし出すから、一瞬おれの目がおかしくなっちまったのかと思ったよ」


ははっとおどけて笑ってみせた彼の顔を凝視して、言葉通り固まる。

煙草の匂いに気づいた時点でサンジくんの存在に気づかない自分が、

人に注意力云々を言える立場ではない。

ふわふわとたちのぼってぼんやり消えていく吐煙に目がくらむ。

残り香であってほしかった。ぜひとも。



「お…………お願いっ!!誰にも言わないで!!」



見られたのがサンジくんだっただけ、まだマシだ。

なんだかんだ言って彼は、空気も読めれば女の頼みにも弱い。

顔の前で両手を合わせて必死にお願いポーズをとると、予想通りサンジくんはへらりと気のいい笑みを浮かべた。


「プリンセスの願いとあらば、どんなことでも叶えて差し上げるのが王子の役目です」


「ほ、ほんと!?」


「ナミさんにそんなにかわいくお願いされちゃなァ……聞かねェわけにはいかないでしょ」


「じゃ、じゃあ…」


期待を込めた瞳で見つめると、

スパスパとハート型の煙を上げていた煙草を足でくしゃりと揉み消して、

サンジくんは優しい笑みのまま私を見た。



「……けどおれ、色仕掛けの方が弱ェんだよね」



逆に期待を込めた目を向けられ、殴ってやろうかと一瞬拳に力を入れた。

しかし黙っていてくれると言うのだ。

少しくらい仕方がないと思い直してサンジくんの正面に歩み寄り、

高い位置にあるその腰に手を回して胸の谷間を強調するように見上げた。


「お願い……サンジくん……」


にこり、私を見下ろす微笑みは仔猫でも愛玩するようにとろけている。

訳ないわ。と心の中で鼻を鳴らしていると私の背中に手を置いたサンジくんからは予想外の台詞が放たれた。


「んー、どうしよっかなァ……」


いつものだらしない表情に、完全に落としたとばかり思っていたため、自分の耳を疑った。

思わず腰に回していた手で彼の胸ぐらを掴んだ。


「ちょ、ちょっと!ちゃんとやったわよ!?」


「うん、やっぱナミさんすげェかわいい。けどさ、」


「けど、なによ!?」


「そのやり方は普通だよ。おれに他愛ない用事頼むときだって、ナミさんいつもそれくらいはするだろう?」


確かに手っ取り早く色仕掛けで頼み落とすことはある。

だけど、だったらいったい……


「……これ以上どうしろって言うわけ……?」


不信に眉を寄せて見上げてもサンジくんはにこにこと笑みを崩さない。

もしかして私のお願いなど端から聞くつもりはないのだろうかという不安が過る。


「もっとこう、挑発してみてよ、おれを」


「挑発って……」


困りあぐねて固まっていると、サンジくんは私の耳に唇を寄せて、薄手のシャツから浮き出た下着の線を指でなぞりながら囁いた。


「たとえば、“コレ”を見せてくれるとかさ……」


「……ッ!」


頭に血が上って腕を振り上げると簡単にその手を絡め取ったサンジくんは

人が変わったように冷たい目で私を見下ろした。


「あァおれ、これからロビンちゃんのとこにお茶でも届けに行こうと思ってたんだ……」


「………………」


「何か面白ェ話題ねェかなー……なんて」


「っ、わかったわよ!!見せればいいんでしょ!?見せればッ!!」


乱暴に手を振りほどいて距離をとり、自分のシャツのボタンに手をかける。


「……怒ってるナミさんもかわいいなァ」


後で絶対に血祭りにあげてやる。

そう思いながらボタンを外していく。

淡いピンクのレースが薄暗い倉庫の中でぼんやりと浮かび上がっていく様子を、

サンジくんがじっと見つめたことを確認して、開いていた布を重ねた。


「満足でしょ?」


「えぇッ!待って!おれまだ挑発されてねェ!」


子供みたいにだだをこねだしたサンジくんに堪忍袋の緒なんてとっくに切れていたけれど、

ここまでやってロビンにでも喋られたらたまったものじゃない。

半ばやけくそでネクタイを引っ張り、首に腕を回して下着だけの胸元を彼の身体に押しつけた。


「ねぇ、お願い……サンジくん……」


見上げた先の瞳にギラリと光がともったかと思うと、次の瞬間には壁に身体を貼り付けられていた。


「すげェ色っぽい……そうやってルフィのことも誘ってるの?」


「っ、ちょっと!何すんの!?」


「あんまり大声出さないで?……聞こえちまうよ?」


ま、おれは別に構わねェけど。そう呟くと、サンジくんは私の足に自分の足を絡めてはだけたシャツの間に手を入れてきた。

驚いて逃げようと暴れると、首筋に置かれた唇が呟いた低く穏やかな声が、簡単に私の動きを奪っていった。


「船長と航海士がこんなとこで仕事放棄してたらクルーに顔向けできねェってのは、おれも同感ですよ」


「……っ、」


くすりと笑う気配を首もとに残すと、素肌の腰や背中をゆるゆると撫でながらサンジくんは顔を上げた。


「ルフィとはいつもあんなかわいいキスをしてるのかい?」


「……っ、関係ないっ!早くどいてよ!」


「ナミさんさ、本当はあんなんじゃ物足りないんじゃねェの?」


「…うるさいっ!!いい加減にしないと本気でなぐ……っ」


キッと睨み上げるとそのまま顎を固定されて唇を重ねられた。

この空間で最初に感じた煙草の匂いが今や直に鼻腔を占拠して、

だんだんと侵入してくる彼みたいに私の中を犯していく。

手で無理矢理顔を固定されているはずなのに、口内を這う舌は柔らかく優しくて、

大人のキスってこういうのを言うんだなんて悠長なことが頭に浮かぶ。

それでもそわそわと素肌を往復していた手で下着のホックを外されたと気がついたとき、

一気に血の気が引いて差し込まれていた舌に歯を立てた。



「っ、…………ナ、ナミさん今のはさすがに痛ェ…。殺す気ですか」


「自業自得よ。いっそ死んで」


「うわっ!辛辣!!……でも、」


「っ、ちょっと!!」


なんの躊躇もなく胸を這ってきた手に驚愕して身体をびくつかせると、

逃げることも遮ることも許さない力強さで私を壁に押し置いたサンジくんは、

耳元で甘ったるく囁いた。



「君になら、殺されたい」


「……っ、」



片手がくまなく膨らみに這って、もう片方の手が尻を撫ですくめた瞬間、

なんとか抵抗しようとズルズル身体を落としていくも、それすら許されず膝を伸ばされる。

まるで人形でも扱うみたいに造作なく、操られていく身体に背筋が凍った。



「どうだった?おれのキス……あいつのよりきもちいいだろう?」


「……うるさいっ、も、やめて!あんた、自分がしてることわかってんの!?調子乗らないで!!」


「………絶対ェよくしてあげるから、ちゃんと立ってよナミさん……」


「ふざけないで!どいて!!」


「……そう言いながら感じてるんでしょ?こっちも濡れてるんじゃねェの……?」


「っ、や、いやっ!!やめてよ!!」


「………だったらおれは、今からロビンちゃんのとこに行くけど……いいの……?」



口調も手つきも瞳も、艶っぽくて優しい色を滲ませながら、

偽りの仁愛を私に向けて、サンジくんは、笑う。



「や…だ、お願いっ!言わないでってば!!」



じわりと熱くなった目頭を拭う指先まで温厚で、

違和感ばかりが駆け巡る。

羞恥と屈辱と恐怖に歪む私の頬にキスをして耳をぺろりと舐めた口が、

飴玉みたいなその声色にはそぐわない言葉を吐き出した。



「だったらもっと、上手にお願いできるよね?」



尻の後ろに回ったサンジくんの手が下着の隙間から秘部を探りながら、私の下半身ごと猛る欲に引き寄せる。


自分の力ではどうにもできない身体に敗北を悟った私の頬にはぽたぽたと涙が伝った。



「最低……」


「泣かないで…?その目付きもそそるけど、おれは君を悲しませたいわけじゃねェんだ……」


「放して…っ、放してよ…!」


「それはできねェ。ナミさんがいけないんだよ?あんなとこ、おれに見せつけたりするから……」


「……あんたが、こんなことするやつだとは思わなかったわ」


「結果は同じさ……君は、いずれおれから離れられなくなる。それくらい大切にしてあげるよ……」


「……っ、こんなの、脅迫よ……」


「何言ってるの?ナミさん……」


「……やっ、」



熱く吐息を漏らしながら慈しむように丁寧なキスを施して、

サンジくんは、いつもと変わらぬ深く優しいその瞳に私を映す。



「おれに何度も、“お願い、お願い”って、頼んできたのは、君だよ…?」


「………………」



慈愛に満ちた穏やかな表情と、甘い囁き声の奥に、


そのとき私は、闇を見た。





「おれはただ……プリンセスの願いを叶えてさしあげたいだけなのに」








狂気は笑う









人は、天使になろうとすると獣になる。









END

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