過去拍手御礼novels2

□噂によると
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噂によると、私の好きなあの人も、どうやら私のことが好きらしい。


近くにいるわけでもないのに貝が重なるようにぴたりと目が合うし、用事もないのにわざわざ話しにきてくれたりもする。

他の人と比べてよそよそしい感じもするけれど、その表情には優しさが滲んでいるようにも見える。


けれど所詮、噂は噂。


船員の多いこの船では、人間関係のあれやこれも複雑で、

ありもしない架空の妄想が、尾ひれをつけて大袈裟に語られることもあるだろう。

ましてやあの色男、かの1番隊隊長ともなると、浮いた話のひとつやふたつゴシップしたくなるのもわかる。


彼にとって同僚の弟の船の女である私は、格好のネタにされるというわけだ。



「…………って、言うけどよ、ナミ、」


「なによ、どこか間違ってる?私の言い分」


言葉を寄越す前にコップの中の酒を飲み干してから、エースはじめついた視線を私に向けた。


「マルコのやつは確実におまえに惚れてるぞ」


「……だから、根拠はなに?」


負けじと湿り気のある眼差しを向けると、胡座に頬杖をついて呆れたように肩を竦められた。


「おまえだけ他の女と扱いが違うじゃねェか。あんな優男なマルコ、おれ見たことねェ」

「そうだぜナミちゃん、サッチさんなんてな、この前見張り中にちょーっと居眠りしてただけで丸二日飯抜きだぜ?」

「そりゃおまえのリーゼントが悪い、サッチ」

「えええっ!?リーゼントの問題か!?」

「うん、うぜェもん、サッチのリーゼント」


とくとくとく、自分のコップにお酒をつぐ。

あり得ない。だってマルコはすごく大人で、仕事もできて腕も立って、とにかくモテる。

たかだか何度か顔を合わせただけのこんな子供を恋愛対象にするはずがないのだ。


「……けど、マルコがそう言ってたのを聞いたわけじゃないんでしょう?」

「聞かなくてもわかんだろ、そこは。つーか、わかってねェのはおまえだけだ!」

「わっ、わかんないわよ!だってあのマルコよ!?私なんて随分歳も離れてるし…相手ならいくらでもいるはずでしょ!?」

「じゃあなんでおまえはすげェ歳の離れたマルコに惚れてんだよ、他にも相手ならいくらでもいんのに」

「………………」


同じだろ。そう呟いたエースに、立派なリーゼントを揺らしながらサッチも頷いた。


「あーあ、マルコかわいそー」

「微塵も思ってねェだろエース、おっそろしいほどに棒読みだぞ」

「………………」


ついだお酒につけた唇が、尖ってくる。


だって、信じられないんだもの。

何もかも曖昧で、確信を持てる要素なんて一個もないじゃない。

なのに期待を煽るような噂ばかりが耳に入って、ますます彼のことが気になって……

もしも脈なしだったときに、このドキドキが自惚れに終わることが怖いのよ。


「……そんじゃ、こういうのはどうだ?」


「んー?…なにが?」


私の肩に腕を回してわざとらしく人差し指に髪を絡めたエースは、急に男の声をつくった。


「おれとおまえが噂になる。“エース隊長とその弟の船の女”……よっぽど面白ェだろ?」


「その噂、サッチのリーゼントより笑えないわよ」


大きな手を容赦なく払いのけ、一気にお酒を飲み干した。


「うおっ!ひでェ!サッチのリーゼントに負けた!」

「そこかッ!?エースおまえ!そこかッ!?しかしいっぺんに二人の男を撃沈させるなんて……さすがナミちゃん!もう小悪魔とかの域は越えてるぜ!」

「もうおれでいいだろナミ!マルコより歳も世間体もバッチリじゃねェか!」

「あんた遊びまくってるじゃない。女関係のトラブルメーカーとなんて死んでも噂されたくないわ」

「その辺は平気だ!おれは火だから万が一刺されたって痛くねェ!」

「私はあっちのナースたちの視線が痛いのよ。バカなこと言ってないでさっさと離れて」

「はっ!冷てェ!少しはマルコの前みてェに純情ぶれねェのか!?」

「ぶってないわよ純情なの!失礼ねっ!」

「そうかそうか、じゃあおれが確かめてやるよ、おまえが本当に純情な女か……」


じりりと捻り寄って首に鼻先を当ててきたエースに、

お酒をひっかけるか拳を食らわせるか、天秤にかけていたときだった。




「行儀が悪いぞい、エース」


「いででッ……!」


真っ赤な首飾りを首輪とばかりに後ろから引っ張ったマルコによって、エースの身体はすんなりと私から離れた。


「盛りてェならそういう飲み屋に行けよい。ナミに迷惑かけんじゃねェ」


うわ……!!

かっこいいいいっ!!


「……おー、すまーん、“大事なナミちゃん”にちょっかいかけちまってー」

「……おめェ、反省する気があるならその棒読みをやめろよい。なァ…エース、大人を舐めてると痛い目みるぞい」


ほらな、優しいのはおまえにだけじゃん。そんなエースの目配せも、今の私の目には入らない。

斜め向かいに腰を下ろしたマルコは、私の隣で再び頬杖をついたエースとは比べ物にならないくらいに大人で、

向かいのサッチが間違っても出せないような色気を放っている。


「なーっ、マルコおまえ、やたらとおれに厳しいと思ったら、リーゼントが気に入らねェのか……?」

「…………サッチ、おめェまで酔ってんのかい?今さらなにを言ってんだい」

「うわッ!さらっと認めた!けどおれはやめねェぞ!リーゼントは男の夢だ!!」

「リーゼントよりアフロの方が強ェと思う」

「なにをォ!?だったらエース!おまえがアフロにしてみろよ!!」

「おれは別にアフロにしなくても強ェもん」


くだらない会話を聞き流しつつコップに口をつけると、

チラリ、マルコと目が合って、私の心臓はそれだけでドキドキしはじめた。


「……あー、…騒がしくてすまないねい…」


「う、ううん…」


「こいつらの相手なんて、無理にしなくてもいいんだよい。絡まれても、無視しときゃいい」


「…う、うん、大丈夫…」


困ったように笑う顔さえかっこよくて、顔も身体も一気に熱くなる。

いつもこうだ。

周りの声も、音も、全部が私から離れて行って、マルコの存在だけに意識が集中する。



「…………あのー、おふたりさーん…?」


サッチの声にはっとしてマルコから視線を剥がすと、エースが頬杖をついたまま大きくため息を吐いてこう言った。


「マルコ、こいつ、おれたちが飲ませすぎちまってもう限界だから、医務室まで運んでくれねェか?」

「はっ、……」


はぁぁっ!!?


「……そう言われると顔が赤いねい……」

「えっ、い、いやこれは…!」

「おれが運んでやってもいいけどよ、……まァなんせ、盛ってるからなにするかわかんねェし?」

「サッチさんも医務室じゃなくて自分の部屋に運んじゃう!」


大きく眉を寄せたマルコがおもむろに立ち上がって私に近づいてきた。


「ちょ、ちょ…!わ、私酔ってないから!!」

「カオ真っ赤っかにしてなに言ってんだよ」


エースのニヤケ顔に一発お見舞いする暇もなく軽々と抱き上げられて、

あまりの近さに心臓が爆発しそうになる。

「おめェらハメ外しすぎんなよい」という言葉を残し、へらへら手を振るふたりに見送られてマルコは船内へと歩きだした。




ーー−−



「……おめェは相当な酒豪だと聞いてたんだが……」


「っ、!!?」


小さな医務室のベッドの脇に座ったマルコがそんなことを言ったものだから、

ついでもらったばかりの水を思わず吹き出しそうになった。


…………いったい誰よ、ありのままを噂してるのは。


「やっぱり噂なんてのは信用できねェな」

「…………そ、そうね…」


やっぱりあの都合のいい噂も、信用してはいけないのだろうか。

チクリと胸に突き刺さったマルコの言葉に、私はコップの中の液体をぼんやり眺めた。


「…………なぁ、ナミ…」


「…………う、うん、なに…?」


大人っぽくて男らしいその声で名前を呼ばれて顔を上げると、マルコの長い指が私の髪の毛先を柔らかくつまんだ。


「…………なんでおめェは、おれの前だとそんなにおとなしいんだい?」

「え、……え?」

「エースたちといるときは、もっと元気いっぱいだろい」

「……い、いや、その……」


元気いっぱいって…!

そんなお子様に見えてたの私!?

恥ずかしさでますます顔を火照らせるとマルコの手が頭の上に置かれた。


「エースが言うには、おめェは普段、意地っ張りで強気で気まぐれで、男の言うことなんてこれっぽっちも聞かねェ強欲女らしいじゃねェか」

「な……!!」


エースか……!!

余計な情報をマルコの耳に入れたのは!!

後でぶん殴ってやる。と拳に力を込めると、マルコの手がゆるゆると頭を撫でた。


「だが、おれにはおとなしくて聞き分けのいい、素直な女にしか見えねェよい。まるで借りてきた猫だ」

「………………」


それは、あなたが好きすぎて過剰に意識してるからです。

なんて言えず、頭を触られていることに赤面して俯く。

どこ行ったの!いつもの私!!


「どうしておれにはそんなによそよそしいんだい……?」

「………………」

「エースたちに見せてる顔も、見てみたいんだよい」


囁くようにそう言われ、きゅんっと胸が疼く。

真っ直ぐ見つめてくる瞳に、私は思いきって言葉を返した。


「マ、マルコだって……」

「ん…?」

「マルコだって、普段はすごく、厳しいって……お、女の子にも、素っ気ないってエースは、言ってたけど……」

「………………」

「私には……すごく優しいじゃない……」


それと同じだと思うわ。


消え入りそうな声でそう言うと、マルコは「余計なこと喋りやがってエースのやつ、後で一発殴ってやる」と拳に力を入れて、身体ごと私に向き直った。


「まァ……その噂は外れちゃいねェよい。確かにおれはおめェ以外には鬼みてェに厳しいからねい」

「……な、なんで私には優しくしてくれるの……?」

「なんでだと思う?」


ふっと微笑んだマルコに、風船みたいに期待が膨らんでいく。

手のひらでぎゅっとコップを包み込み、私は一度唇を噛みしめ勇気をふりしぼって声を出した。


「う、……噂、なんだけど……」

「あァ」

「あくまでただの噂だから、その、……真に受けてるわけじゃ、ないのよ?」

「どんな噂だい?」

「そ、その…………」

「………………」


ごくりと唾を飲み込んで、マルコの瞳を見つめた。



「……いっ、1番隊の隊長さんが、……わ、私のこと…………好きだって…………」


「………………」


「そ、それなら、つじつまが合うかなー…なんて、」


「………………」


「……あ、け、けど、そんな根も葉もない噂、信じてるわけじゃないの!だって、あ、あり得ないし…」


「ナミ」


はいっ。と思わず背筋を伸ばすと、頭にあった手が下りてきて、私の頬をするりと撫でた。


「……よくうちの船に出入りしてる、エースの弟の船の女にも、好きな男がいるっていう噂があってなァ……」


「………………」


「その男ってのは、どうやらおれらしいんだが……」


「………………」


ドキドキ、ドキドキ、マルコの真剣な瞳が突き刺さり、私の心臓は苦しいくらいに速くなる。

ほんとなの、ほんとなの。

お願い気づいて。

その噂は、ほんとなの。



「所詮は噂だと、信用しちゃいけねェと思ってたんだけどよい……」


「………………」


「噂ってのも、案外あなどれねェもんだしなァ……」


「………………」


綺麗に目を細めたマルコは、もはやいっぱいいっぱいになって瞬きだけを繰り返す私に、ベッドを鳴らして近づいた。


そしてリンゴみたいに真っ赤っかなほっぺたを、両手で優しく包み込むと、おでこを合わせて囁いた。




「おめェが聞いたっていう噂は、本当だよい」


「……っ、」


「この船の1番隊隊長がおめェを特別扱いするのは、……大切な、女だからだよい…」


「……マ、マルコっ、」



じわり、嬉しくて嬉しくて、瞳を濡らす私を見つめたまま、


マルコは噂の真相を、私に明かした。




「ナミ……好きだよい。おめェを、おれの女にしてェんだ」




「おめェの気持ちも聞かせてくれ」と優しく囁く憧れの人。


どんな瞬間でも私を釘付けにする彼に半泣きの顔を向け、


精一杯の想いを込めて、「私もずっと、ずっとマルコが好きだった」と返事をした。







噂によると







ふたりはとっくに両想い。







「おっ、エース、あのふたりやっとうまくいったみてェだぞ」
「つーか噂信じてなかったの本人たちだけだしな。周りから見たら明らかだろ」
「なにふてくされたカオしてんだァ?傷心ならサッチ様と飲み屋にでも行くかァ?」
「サッチのおごりな」
「んな!?」
(明日はこのふたりの噂で持ちきりだな)







END

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