過去拍手御礼novels2
□7日目の復讐
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「なァ頼む!おまえが船長起こしに行ってくれよ!」
両手を顔の前で擦り合わせたシャチは、仔犬のような瞳で私を見上げた。
「イヤよ。あいつが寝起き悪いの知ってるでしょ?」
「だから言ってんじゃん!今あの人の気を宥められるのはおまえしかいねーの!」
「……そんなに機嫌悪いの?ロー」
両手を合わせたまま顔面蒼白になったシャチは、「そりゃもうまるで近づくもん皆傷つける人切りナイフ…いや、あの鋭い視線がもはや凶器だ」などと呟いた。
「ねぇねぇシャチ」
「お?起こしに行く気になったか?」
違うわよ。そう言って奪い取ったキャスケット帽子で口元を隠しながら内緒話をするように手招いた。
「この1週間、あんたんとこの船長に変わったことなかった?」
「変わったことぉ?」
「えぇ、例えば……女を船に連れ込んだとか」
眉を寄せながら思案したシャチの言葉をじっと待つ。
まがりなりにもローの女である私に気をつかってはいないか、半信半疑で瞳を探る。
「……連れ込むもなにも、ほぼ一人で部屋にこもりっきりだぜ?……そういや急に不機嫌になったのも1週間前くらいだな…」
「ふーん……」
なんだ、意外と律儀に約束守ってるのね。
とっくに見切って別の女に乗り換えてるかと思ったわ。
「だからよー、ろくに飯も食ってくれなくて困ってんだよ。おまえが起こしてこいッ!今おれらが近づいたらこっぱみじんだッ!」
そして帽子を返せッ!と伸びてきた手をひらりとかわし、私の口元はご満悦にほくそ笑んだ。
「あんたたちがこっぱ微塵になるところも、ちょっと見てみたいかもー」
「ドSかおまえはァ!!」
「あんたたちがドMなのよ。ローの船に乗るなんて」
「お…!おおっ!その理論は否めねェ!!」
アハハ、ウフフ、と帽子を取り合い食堂の隅っこでじゃれていると、
周りが急に静まり返ったことに違和感を覚え、ふたり同時に入口を振り向いた。
「…………コーヒー」
「船長、コーヒーは食後です。まずは腹に何か入れてください」
ガラガラッ…と乱雑に椅子を引いて浅く座ったローを、ペンギンが冷静な面持ちで諭している。
今にも暴れ出さんばかりの狂暴なオーラに、クルーたちは息すら止めている。
「うるせェ……おれの言うことが聞けねェのか……」
ギロリ、睨まれさすがのペンギンも渋々「わかりました…」と頷いた。
「…………こりゃ相当オカンムリだ……」
帽子を取り返そうと私に手を伸ばした状態のままポツリと呟いたシャチの声が聞こえたかのように、
ローの視線がゆっくりと私たちを捉えた。
「………………」
「あ、あはは、……お、お邪魔してまー…す…」
……あ、ヤバイ、目が本気だわ。
尋常じゃない殺気を放ちながらゆらりと右手をこちらにかざしたローの動きに、シャチが隣で小さく悲鳴を上げた。
「能力がくる…!」「離れろ!バラされるぞ!」クルーたちが蜘蛛の子を散らしたように次々と駆け出す中、その中指は私の身体を導くように折り曲げられた。
「…………おれの代わりにシャチに抱かれようってか…?あ?」
耳元に感じる掠れた声とふわりと香ったローの匂いが私の心臓を速くする。
よほどご乱心なのか顔を埋めた肩に歯を立てるのは、まるでしつけのなっていない犬のようだ。
「……喋ってただけよ。妬きもちやかないで?ロー」
「この船に乗ったら真っ先におれのところへ来い。おれより先に他の男と口聞きやがったら浮気とみなす」
なんて無茶苦茶な…!
シャチの帽子をくしゃりと脱がせて机に放ったローは、その強気な態度とは裏腹に私の身体にすがるようにしがみついた。
「後は任せたぞ、ナミ」
「え?」
ペンギンの声に振り返ると、クルーたちがキラキラした瞳で私を見ていた。
「船長の機嫌を直してくれ!」
「おまえならやれる!」
「アイアイ任せて!」
「おまえじゃねェよ!」
「スミマセン…」
「打たれ弱っ!」
この人の機嫌を悪くした張本人が私だとは露知らず、希望の眼差しを向けてくるクルーたちに心の中で謝罪する。
悪いけど、無理なのよ。そして向こう3日、ローの機嫌は悪化の一途を辿ると思うわ。
「…………うるせェなァ……首だけマストに吊るしてやろうか……」
「ろ、ロー、とりあえず部屋に行きましょう?」
物騒なことを口走っているローにそう言うと、私の身体を深く抱き抱えたままその足は船長室を目指した。
ーー−−
「……ねぇロー」
「……………………」
クルーたちから一心に期待を向けられ見送られた後、
部屋に着くなり私を抱えたまま椅子に座ったローは、喧嘩して拗ねた子供みたいに口をつぐんでしまった。
「ねぇロー……怒ってるの?」
私が、禁欲してなんて言ったから。
その言葉に、少しだけローが反応した。
「……違ェよアホ。ただ、……おれに禁欲言い渡しておいて自分はシャチと遊んでただろうが」
それが気にくわなかった。
そう呟いてぎゅうぎゅう締め付けてくる腕に窒息しそうになりながら満たされる。
欲と葛藤するというめったに見られないローの姿が新鮮で、
加えて何度も哀しげにため息をついて我慢している様子がかわいくて、
私の悪戯心に火がついた。
「ロー……こっち向いて」
「………………」
7日ぶりに見つめあったローは切なく眉を寄せ、ゆらゆらと瞳を揺らして何かを訴えかけるように私を見た。
すっとした頬に手を添えて薄く閉じられている唇にキスをする。
少し目を見開いたローに、もう一度、角度を変えて唇を重ねる。
するとされるがままだったローが私の後頭部をがしりと捕まえ、追いかけるようにキスをしてきた。
「んっ、……ろ、だめ、」
「あ……はぁっ、……おまえも溜まってんだろ…?」
「けど、約束したでしょ……?」
「………………」
舌を絡めた瞬間パチリと目が合うと、ローは名残惜しい動作で私から顔を背けた。
「偉いのね。ちゃんと我慢して」
「っ、るせェ!おまえが『付き合ってるのは身体目的』だなんだ抜かすから、こっちは…!」
「そうね、あと3日我慢してくれたら、信じるわ」
「………………」
おあずけをくらって耳も尻尾も項垂れてしょげている犬みたいに、ローは私の肩にがっくりと頭を乗せた。
かわいすぎて笑いそうになるのをこらえ、その頭を撫でてやる。
「……てめェ……あと3日の間に他の男と浮気しやがったらただじゃおかねェぞ……」
「それはこっちの台詞だわ。女はね、男と違っていくらでも我慢できる生き物なのよ?」
「はっ、あまりおれを見くびるな。一度やると決めたことは最後まで貫き通す。あと3日なんざ他愛もねェな」
「へぇ……そう、他愛もないのね……?」
プライドの高いあんたに、教えてあげる。
あんたが私のために苦しめば苦しむだけ、私への愛を証明してくれるってこと。
「……っ、ぅ…ッ!」
うなじから鎖骨へ指を這わせながら甘噛みした耳に吐息をかけると、顕著にもローの腰がぴくついた。
「……んー?どうしたの?ロー……」
「っ、……耳元で、喋んなッ」
わざとかわいらしくリップ音を立てて耳の周囲を食む私へ拒絶の言葉をかけながらも、
その腕の締め付けは強くなっていく。
甘えるように頬や鼻先を擦り付けながら首筋を舌でくすぐると、ローは大きく息を吐いて私の腰を自分へと押さえ込む。
服の上からでもわかるほどひどく張りつめさせたそこが、私の舌の動きに連動して硬化を増したり揺れたりする。
息に熱がこもる、手が狂おしげに背中を這う、早く解放してくれと腰が揺れる。
それでもローは私の愛撫にひたすら耐える。見るからに、辛そうな顔をして、切ない声を押し殺して。
抱きたい、けど抱けない。
私という存在に翻弄して苦しむ姿は激しい充足感と征服欲を満たしてくれる。
「……ねぇロー、私の舌、きもちいい?」
「……っ、はっ、」
「もっとイイとこ、舐めてあげよっか…」
「う、るせぇ、黙れ……」
「私も……濡れてきちゃった……ほら、」
「っ、……ナミッ、てめェ……」
卑怯者が……
導いたそこを下着の上から指全体で強く撫でながら、ローは怒りと艶のある瞳で私を睨んだ。
あぁ、私って、シャチの言うようにサドかもしれない。
愛する人に苦しみを与えて喜びを感じるなんて。
「……ねぇ、…入りたい?ここに……」
「…はぁっ、……ナミっ、」
「甘い声で、名前呼んでほしいんでしょ…?」
「くっ、……はぁ、」
「たくさん腰振って……ナカできもちよくなりたいのよね…?」
「っ、」
喉の奥の奥で息をつまらせて強引に唇に噛みついたローは、自分の身体に縫い付けるように強く私を抱き締めた。
「んっ、はぁ、……どう?もう我慢、できないんじゃない…?」
「………………」
「……理性なんて捨てて、きもちよくなっちゃえば…?」
あんた、どうする?
にこりと妖艶に微笑んでみせると、ローは欲望に揺れる深い瞳をゆっくりと閉じ、片腕で私の身体を押し退けた。
「…………しねェ」
「………………」
「おまえがおれを、信じるまで……何日でも、何週間でも、何ヵ月でも、何年でも耐えてやる…………それくらいの覚悟はある」
「………………」
「たとえ今、おまえの意向を無視して捩じ伏せてめちゃくちゃに吐き出したところで、おれの身体は感じることなんざできねェんだよ……」
「………………」
「わかるか……?」
おれが、本当に求めているものがなんなのか。
そう言って見つめてきた瞳が、私の心をぎゅっと鷲掴みにした。
「…………信じるわ」
「………………」
「あんたのこと信じるから……もういいわよ、我慢しなくて……」
抱かれてもいい。ううん、抱かれたい。
私は自分が思っていたよりも、ずっとずっと愛されていた。
ローの苦しげな表情と言葉がそれを教えてくれる。
「………そうか。つまり、解禁ってことだよなァ…?」
「えぇ、疑って悪かったわ、ロー」
いまだに呼吸の整わないその胸に頬を寄せると、ローはベッドに私を運んで馬乗りになった。
これから始まる久しぶりの甘い時間を想像し身体を火照らせていると、
見上げた男の顔は予想に反して危ない笑みを浮かべていた。
「てめェよくもこの7日間、おれを無下にしてきたなァ……」
「……え?」
照明の逆光を受けたローが人を喰う前の獣の目で私を見下ろす。
そしてどこからやってきたのかその人差し指ではくるくると円を描きながら手錠らしきモノが回っていた。
「苦しかったぜ…?毎晩毎晩、麦わら屋の船までおまえを犯しに行ってやろうかと考えて、夜も眠れなかった……」
「はっ……ちょっ……!」
「だがそれも今日で終わり……煮るなり焼くなり好きにさせてもらう。なァ……覚悟しろよ……?」
「っ!!」
ベッドの柵に手錠で繋がれ驚愕する私の顔を、ぺろりと飢えた舌が這う。
「さァ……どんなプレイから始めるか……」
「……なっ、に、は、放しなさいよ!既に拘束プレイしてんじゃない!!」
「ほら、さっそく一回目いくぜ?どこに欲しいか言ってみろ。顔か?胸か?腹か?口か?それとも……」
「わーッ!!やっぱさっきの無っ……んぅっ!!?」
「“無し”なんて言おうもんならおまえの舌が無くなるぞ」
チロリと出した自分の赤い舌を歯で噛んでみせたローに震え上がってコクコク頷くと、
私の口を塞いでいた手がすっと離れた。
「ここから先は甘い声しか許さねェ」
「あ、あんた……!騙したわね…!!」
「何言ってやがる。おれの想いがどれほどのものか、おまえの望み通り、骨の髄まで感じさせてやると言ってんだろうが………」
「やっ、……ちが、」
「狂っちまえよ。おれの愛に……」
「……っ!!」
両手が脇腹を大きく撫でながら服をめくりあげ、
唇すれすれに近づいた陽気な口が危なく笑ったその瞬間、
私の悪戯心なんて足下にも及ばぬような、
本物の加虐的愛情の持ち主が誰なのか、知った。
「心も身体も犯してやる……このおれをもう二度と、拒めなくなるくらいになァ……」
7日目の復讐
「ベポ、部屋に二人分の飯を持ってこい」
「アイアイキャプテン!」
「船長の機嫌がなおったぞ!」
「さすがナミ!おまえしかいねェと思ったんだ!」
(も、もう立てない……)
(信じられねェなんて言えねェくらい、おれをおまえに刻みつけてやる)
END