過去拍手御礼novels2

□side-Nami
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「あははっ!あんたってほんとぜーんぶ筋肉なのね!かたっ!気持ちよさのカケラもない!」


「うおっ!?叩くな!ちゃんと歩けこら!」


「なによぉ、ちゃんとエスコートしなさいよ〜、サンジくんならこういうときね、お姫様だっこしてくれるわよ〜?」


着流しの後ろと前にしがみついて口だけは達者に回す私を一瞥し、

ゾロはわざとらしく浅いため息をついた。


「……おまえ、帰らなくていいのかよ、その“プリンス”のところに」


「いいのいいの!まあだ飲み足りないものー……っと、その前に、ちょっと休憩……」


ふらつく足取りでゾロを路地裏に引っ張って尻餅をつくように酒樽の上に座ると、

言葉とは裏腹に脳も身体も一気にその機能を失いだし、放置された操り人形のように建物の壁にもたれかかった。


「……オイ、寝るんじゃねェ」


「んー……?ちょっとまって、きもちいいの、休んだらもう一軒、いきましょ……」


どうしてこんなに飲んでしまったのかわからない。

ゾロと飲むお酒は美味しくて、ついつい引くタイミングを見失う。

もうこれ以上アルコールを摂取する余裕なんてないくせに、

頭ではわかっていてもふわふわと心地好いこの時間から抜け出したくはない。


「ナミ…………」


「んーっ、やぁだー、まだ帰んないー!」


「うるせェ」


回らない頭でも、強制帰宅させられるパターンであるのがうすうすわかる。

それが嫌で両手をバタバタさせていると、

その手を壁に縫い付けられ、唇が温かい感触で塞がれたものだから、咄嗟に瞼を上げた。


「……んっ、……んんっ!!?」


「………暴れんな」


「ちょ……!なにすんの!?」


突然の出来事に一気に冷静さが戻ってくる。

目の前で淡々と私を見据える男は確か、仲間だ。私の恋人ではない。


「誘ってんだろ?じっとしてろよ……」


「なっ、なわけないでしょ…!」


「そんな状態でこんなとこに男連れ込んでんだ。言い訳すんな」


言葉を返そうとした唇に再びゾロのそれが重なって、私の頭は真っ白になった。

目の前に見えるごつごつした額、切れ長の視線、広い肩幅は、いつも私がキスをする相手とは全く違う。

彼はこんなふうに一気に舌を捩じ込んできたりもしなければ、アルコールの匂いなんてしない。


「や、……なんでっ、」


「帰りたくねェっつっただろ」


「だ、だって私、サンジくんがっ、」


「あ?なんだよ今さら…んなこたァ知ってる。おれは構わねェ」


ギロリと睨んで吐き捨てるようにそう言うと、ゾロはさらに体重をかけて私の耳を口に含んだ。


「やっ、ちょ、まって…!私は構うの!」


「おー、…バレなきゃいいんだろ?」


「っ、ちが、そういう問題じゃ……!」


「……おまえだって、期待してたはずだぜ……?」



こうなる事。



生暖かい舌が耳の縁をいやらしくなぞった瞬間、脳から発令された警告が身体を動かした。



“戻れなくなる”




「や、……いやぁぁッ!!!」


「……っ、」


渾身の力で向かいの壁に突き飛ばすと、ゾロは地面に手をついて浅く項垂れた。

自分がゾロとキスをしてしまったことが信じられなくて、気だるく呻くその男の様子を他人事のように視界に映す。

頭も身体も冷めていくのに心臓だけは熱くなる。

加えて、通りの賑やかさが余計にこの沈黙を重くした。



「………………」


「………………」


「…………か、帰る……」


「………………」


あんた酔ってるみたいだし。上擦る声でなんとかそう口にする。

なにもかも矛盾しているが、それ以外に発する言葉が見つからなかった。

ところが立ち上がろうとした私に向かってゾロは徐に右の手のひらを突き出した。


「……な、なに?」


「金」


「は?」


「金貸せ」


真っ直ぐ見上げてくる瞳を見ても、その真意が何一つわからない。

寄せた眉をそのままに「何に使うの?」と訊ねると、耳を疑う答えが返ってきた。



「女を買う」


「…………え?」


聞こえなかったのか?そう言って億劫そうに立ち上がったゾロは、服についた砂を叩いてから、再び私の目を見た。



「女を抱きに行く。金を貸してくれ」



なに、それ…………

私じゃなくても、誰でもいいの……?


あまりの衝撃に息が苦しくなった。

目眩がするほどショックを受けている自分に気づき、いよいよ私の頭の中はパニックに陥った。


「だ、……だめっ!」


「………3倍返しだろ?わかってる」


違う……!!そういうことじゃない!!


「そ、そんな不純な使い道に貸すわけないでしょ!」


しばし押し黙ったゾロは私に向けていた手を自分の懐に入れてぽつりと呟いた。


「まァ…………足りねェこともねェか……」


自分の金なら文句ねェだろ。軽々と言い放って戸惑う私に目もくれず足の向きを変えた男に、

喉の奥でいくつも言葉が渦巻いた。



嘘でしょ?本当に行っちゃうの?女を抱きに?私を置いて?あんなキスを他の女にもするって言うの?嘘でしょ、嘘でしょ、嘘でしょ……




そんなの…………





「っ、待って……ッ!!」


もつれる足で地面を蹴って大きな背中にしがみつく。

服を掴んだ指の先は冷たくて、凍えるように震えていた。


「……放せ。女のついてくる場所じゃねェ」


前を向いたまま冷たくそう言ったゾロに、息をのむ。

こんな人、私は知らない。



「…………い、行かないで……」


「………………」


「っ、行かないで…!!」


今にもきらびやかなあの光の中へ溶けてしまいそうな背中に必死にすがりつくと、

振り返りもせずに、ゾロは呟いた。



「だったら……おまえが相手してくれんのか………?」


「っ、」


矛盾している。なにもかも。


サンジくんの存在を無視して私にキスをしたゾロも、

それを拒んでおいて引き止める私も。


別に、いいじゃない。

サンジくんならともかく、

ゾロが誰と何をしようが、私には関係ないはずよ。

私に迫ったのだって、ちょっとした気の迷いとか、つい、勢いみたいなもので。

私がサンジくんと付き合ってることだって、ゾロは深く考えてないし、

酒の入った男女にはよくあるノリでしょ?

男を引き止めるなんて、私らしくないわ。

よく考えて。私には、サンジくんがいる。

取り乱さないで、今すぐその手を放すのよ。


さぁ、早く。





…………でも。




「泣くほど嫌かよ…………おれに、抱かれるのが………」



気づけば頬には生暖かい滴が伝っていた。


「………や、だ…」


「……だったらさっさと放せ」


「いやぁッ!他の女になんて触らないで…ッ!!」


子供みたいに遠慮なく抱きついても、逞しい身体はぴくりともしなかった。

それどころか振り向いたゾロに抱えられた私の身体は瞬く間に酒樽の上に逆戻りした。




「それがおまえの本音だな?」


「……っ、」


「……あいつがいるのにおれが他の女に盗られるのも嫌ってか?強欲な女だな……」


「っ、だ…って、」


私を囲うように壁についていた手が、いまだ震えている私の左手を強く引く。

導かれた先はゾロの懐の中だった。


「おれが金なんて持ってるわけねェだろ」


「!!!」


「クルーの小遣い管理してんの誰だよ」


空っぽのそこにまんまと担がれたことを知り、ニタリと愉悦に浸る目の前の男を唖然と見つめた。


「他の女で処理なんてしねェ」


「………………」


「おれは、おまえにしか欲情しねェんだよ」


「っ、」


射抜くような熱い視線に、私の全ては高まっていく。

大きな手が頬からするりと下って首筋と鎖骨を撫でると、甘い息が口から漏れた。



「なァ……帰りたくねェんだろ?あいつのとこに……」


「………………」


「おれから離れたくねェ……そう思ってるんじゃねェのか……?」


「…っ、あっ、ゾロ……」


囁く唇が焦らすように吐息のかかる位置で止まって、太い指が服の襟を行ったり来たりする。

その度に激しい誘惑が私を襲い、疼く身体が目の前の男を求める。

濡れていく私の瞳を強く見据えたまま、ゾロはふわり、優しく笑った。



「おまえ、愛され足りねェって顔してるぜ…………」


「………………」


「すげェ色っぽい女の目で、おれを見てる……」


「………………」


「あいつの愛でも足りねェなら、おれはその倍くれてやるよ……」


「………………」


「たとえおまえに男がいようが関係ねェ。おれの選択肢は端っから……」




おまえ一人だ。




その背中を引き止めた瞬間から、もう後戻りなんてできないことはわかっていた。



あなたはただひとつ、私が欲しいと言う。



私はただひとつ、愛を手放したくないと言う。



全く無秩序に、ひたすらに誠実な矛盾。






貪欲









「帰すかよ。ずっとおれに抱かれてろ」






END

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