過去拍手御礼novels2

□勇者の盃
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「終わりにしようぜ」



言われている意味がわからなかった。

そもそも何かが始まっていたわけでもないのに。


手の中の酒を持ち上げながら首を捻る。

主語も目的語も足りてない。


「なにを?」


「こうやってふたりで酒飲むの……今日で終わりにしようぜ」


ごくり。

唾と一緒に飲み込んだお酒が、急激に喉を冷ました。


あれ…………?


ちょっと待って、


聞き間違い………?



「…………なん、で……?」


本当はもっと上手な問い詰め方をしなければいけなかったのに、震えそうな声ではそう吐き出すのが精一杯で、

なに食わぬ顔をして芝生の草の先っぽを、そっと指でつまんでみた。


「……まァ、……なんとなくだ」


「………………」


チラリと斜め向かいに胡座をかく男の様子を伺うと、いつもと同じ仏頂面に、少し困ったような色を塗って私を見つめている。


「考えてみりゃ、別にふたりで飲む理由もねェしな……」


「………………」


動悸がするのは酔ってるから、目の前がくらくらするのはアルコールのせい、頭が真っ白なのは眠いから、




なのに身体はまるで酔いを醒ますように、一目散に熱を失っていった。


「……じゃあな、おまえも早く戻れよ」


一度私の頭に大きな手を置いて、ゾロは部屋へと戻っていった。

遠ざかる足音に、ぶつけたい疑問も文句も言葉も想いもたくさんあったはずなのに、

どれもこれも、私の喉を痛くする刺の塊にしかならなかった。



ーー−




「サンジくん…」


「はぁいナミすわん!お呼びですか?」


「付き合って」


光の速さで飛んできたサンジくんは、ちょうど私の目の前でぴたりとその動きを止めた。


「つ、つつつ付き合ってって…!!そ、それはまさかっ!愛の告白…!!?」


「ううん、お酒飲むの、付き合って」


あぁ、そっちの付き合ってか…と、しゅんとした様子のサンジくんは、煙草を指で挟んでにかりと笑った。


「……けど嬉しいぜ、ナミさんがおれを誘ってくれるなんて…アクアリウムにする?それともここ?」

「甲板がいいわ」

「甲板……?」


一瞬何か言いたそうにまばたきをしたサンジくんは、「じゃあ何かつまめるもんつくるね」とすぐに笑顔をつくってキッチンに入った。


戸惑うのも無理はない。

私のさし飲み相手は誰に言われることなくゾロと決まっていて、

ことあるごとにふたりで夜の甲板に居座っていたのだから。

楽しく乾杯して、ときには口喧嘩をしながら……

たまに飲みくらべをしたり、打ち明け話や昔の話を肴に……

落ち込んでいる夜は酔いに紛れて泣いてみたり、月の綺麗な夜は静かに月見酒をして……

酔い潰れて部屋に運んでもらうことも、何度もあった。


もうずっと昔から、そうしてきたのに………


昨夜あんなことを言っておいて、今日も普通に接してきたゾロの態度に、

一番戸惑っているのは私なのだ。

まるで、昔からの親友にある日突然「絶交しよう」と言われたみたいに、心の中が天変地異を起こしてしまった。

疑念と寂寥の渦の中で、持て余したこの夜を埋めてくれるものを探していた。






「……あの野郎また勝手に酒持ち出しやがって…」


「……いいじゃない、好きにさせてれば。私たちはあっちで飲みましょう?」


「そうですねナミさんっ」


いつもと同じ、いつもの場所に、いつものように胡座をかいて、いつもの酒を飲むゾロに、

ますます私の頭の中は混乱した。


なんでそこに、私がいちゃいけないの?

いつもみたいに隣にいることを、どうして今さら拒絶するの?


「ナミさん……あの、」

「……なに?」

「話したくねェなら別にいいんだけどさ、……マリモとなんかあったの……?」


お洒落なお酒が絵になる彼が、お洒落なおつまみを挟んで座ったマストのベンチで私に問いかけた。

いつもみたいに豪快に酒を煽るゾロを遠巻きに眺めて、私はムリヤリ綺麗な色のカクテルを喉に流し込んだ。


「私とは飲みたくないそうよ」

「…………は?」

「私と飲むお酒はまずいんだってさ」

「…………あいつがそう言ったの?」

「……まぁ、そこまで言われたわけじゃないけどね、一人がいいっていうのは事実みたいよ」

「………喧嘩してるわけでもねェのに?」

「えぇ、喧嘩してるわけでもないのに」


ふーん……と鼻で相槌を打ったサンジくんは、間に挟んでいたトレーをよけて私のすぐ隣にずってきた。


「じゃあさ、これからはおれをナミさんの飲み相手にしてよ。美味しいおつまみつきでお得だし、ご所望のお酒もすぐにつくってあげるよ?」

「……うーん、まぁ、そうね、バーテンダー姿のサンジくんも悪くないわ」

「やった!ありがとナミさん!」


陽気なサンジくんにぎゅっと肩を抱かれる。

ゾロとは、こんなに密着して飲んだことなんてない。

いつも斜め向かいに座って、手を伸ばせば触れられる位置にいて、それが心地好かった。


「……ちょっと、調子に乗るんじゃないわよ」

「夜だから、ちょっとは調子に乗ってもいいだろ?……だってこんなに近くにナミさんがいるんだ………」


意識しちまう……


色っぽい声が私の耳にかかって、肩を抱いていた指がするりと二の腕を這った。

手の中のカクテルに映った冷静な顔の私と目が合う。

お酒の入った男女のノリは、所詮、こんなものだ。


「物思いにふけってるナミさんもかわいいよ」

「……違うの。ちょっと酔ってるだけ…」

「じゃあもっと酔わせてあげる……」


引き寄せられた身体はサンジくんの胸にぶつかって、

思ったよりも広い肩から見上げると、綺麗なブロンドに覗く瞳は熱を灯して私だけを見つめていた。


「おれは、酒のせいでも構いませんよ……」


「………………」


囁きながら近づいてくる唇が触れそうになる寸前、


どこからか飛んできた空の瓶がサンジくん側のマストにぶつかって派手に砕け散り、


一瞬にして闇の静けさを切り裂いた。




「…………てめェッ…!なんのつもりだ!?」


「……悪ィ、手がすべった」


わざとらしく両手をぶらぶらさせた男に呆気にとられる。

「ナミさんに当たったらどうする」と噛みつくサンジくんを無視して歩み寄ってきたゾロは、

私からカクテルを奪って一気に飲み干すと、唖然とする私の腕を強く引いて立ち上がらせた。


「お、オイ……!聞いてんのか!?」

「ひとつ言っておくが……」

「あ!?なんだよ!?」

「こいつはこんな甘ったりィ酒なんて、めったに飲まねェぜ」





サンジくんの舌打ちを背に引きずるようにして連れられたアクアリウム。

痛いくらいに強く掴まれていたその手を振り払い、私はゾロと距離をとった。




「ちょっと、なんなの!?」

「…………あいつとはふたりで飲むな」

「は、はぁ…!?なんでそんなことあんたに指図されなきゃなんないの!?」


入り口の壁に腕をつくゾロの、大きな背中。

そもそも誰が言い出したことがきっかけでこうなったのか、忘れたとでも言うのだろうか。


「ロビンでいいだろ、飲み相手なら……」

「したくないのよ、読書の邪魔とか…!」

「だったらひとりで飲めよッ!」

「ひとりがいいなら最初からそうしてるわよ!」



拳を握る。

ゾロだって、ひとりがいいなら、最初からそう言ってくれればよかったのに。

こんなに突然つき放されて、私はどうすればいいのよ……



「………………」


「あんたが……あんなこと、言うからでしょ……」


「………………」


「……なんで急に……あんな態度とるのよ……」


「………………」


「……私、そんなに邪魔だった?……そんなにひとりがよかったの……?」


「………………」


「ねぇ、ゾロ………」



なんで……?


昨日の夜から何度も何度も胸の中で呟いた言葉をもう一度ぶつけると、

ゾロは壁についた手でぎゅっと拳をつくった。




「おれが、男で……おまえが、女だからだ……」



「…………意味、わかんな……」



「…………わかんねェなら教えてやる……」



溢れそうな涙を我慢しながら立ち竦む私に、険しい剣幕で振り向いたゾロが捻り寄る。

影ができるほど近く壁に追い詰めた私の身体を、その腕が力強く抱いた。


「ちょ、な、なに……!?」

「………………」


沈黙したまま肩に顔を置いたゾロは私の手を強引に引っ張って、自分の足の間に押し当てる。

戸惑っている間にも触れたそこはみるみる大きくなって、

はっきりと形を示したそれに、私の身体は強ばった。


「……っ、やッ…!!」


咄嗟に押し退けると呆気なく私から離れて再び背を向けたゾロに、心臓が早鐘のように鳴り出した。



「……わかっただろ。おれは、酔ったおまえをいつ襲っちまうかわからねェ……」


「………………」


「……こうしてる今も、そういうことしか頭にねェんだ……」


「………………」


「女にはわからねェだろうが、男は、そうなんだよ……あいつもな……だから男と酒なんて飲むなっつってんだ……」


「………………」


「おれがおまえを遠ざけたのは、…………」



“おれからおまえを守るためだ”



その言葉に、私は顔と身体が火を噴くように熱くなった。



「……なっ、なにそれ……っ!!」

「あ?だから、」

「いっ、…意気地なし……!!」

「………………あァ?」


ピキッと音が鳴るほどこめかみに筋をつくって振り返ったゾロを、真っ直ぐ睨み返す。

頬も目も真っ赤にして、私は半ばやけくそで声を上げた。


「そういうの!意気地なしって言うのよバカッ!!」

「なッ…………なんだと!?」

「勝手な正義感掲げて守ったつもりになってんじゃないわよ!そのおかげでこっちはサンジくんに流されそうになったじゃない!!」

「あァ!!?てめッ、やっぱりあいつにほだされかかってたのか!!」

「誰のせいよッ!そもそもあんたが理由も言わずに私を拒絶したからでしょ!!」

「言えるかアホッ!だいたいてめェが警戒心もなしにおれの前でふらふらすっからだろうが!隙だらけなんだよこの酔っぱらい女ッ!!」

「うるさいわねッ!図体でかいくせに意気地なしのあんたに言われたくないわよ!男ならね…!少しは根性見せなさいよッ!!」

「………………言ったなてめェ……」

「っ、」


地の底を行くような低い声に今までの威勢を一気にかき消されて肩をびくつかせると、

ゾロはそんな私の腕を千切れんばかりに引っ張って、いとも簡単に備え付けのソファに沈ませた。


「おれがっ、どんな気持ちで潰れたおまえを部屋まで運んでやってたと思ってる!?」


「……っ!」


「へらへら笑って触ってくるおまえを何度犯してやろうと思ったか知らねェだろ!?あァ!?」


「やっ……」


跨ぐように逃げ道を塞いで、手首を羽交い締めにしながら、

ゾロは見たこともないような厳しい顔を私に向けた。

苦しげにも見えるその表情から目を離せずに、心臓が皮膚をはち切りそうなほど速く動く。


「人の気も知らねェでえらそうなこと言ってんじゃねェぞ…!」


「…………」


「……そんなに意気地がねェっつーならな、見せてやるよ……今すぐに……」


「っ、」


ソファがギシリと鳴って、何をされるのかとぎゅっと目を瞑ると、

強ばった私の身体が、大きなものに包まれた。






「…………おまえに、惚れてる…………」


「……っ」


「意気地も、なにも、なくなっちまうくらい…………おれはおまえに惚れてんだよ……ッ!!」



乱暴な口調で紡いだ後、逞しい腕は私の身体をさらにきつく締めつけた。

無茶苦茶な力なのに、すがるように微かに震えた指先と、

大きな胸板から伝わる激しい心音に、じわりと目が霞んだ。




「…………ねぇ、」


「……………………」


「……あんた、私とふたりで飲む理由がないって、そう言ったわね……」


「……………………」



私の肩から顔も上げず黙りこくったその背中に、そっと手を置く。


意気地無し……なんて言ってごめんねゾロ。


私なんかより、あんたの方がよっぽど根性あったみたい。




「理由がなくても私は…………あんたと、一緒にいたいの…………」


「っ、……」


「私も、あんたのことが、………………好きよ…」


「!!!」




ね、飲み直しましょう?一緒に。




そう言い終わる前に、酔っているときよりも顔を赤くしたゾロが、私の唇をキスで塞いだ。








勇者の盃








運命は、臆病者の味方をしない。








END

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