過去拍手御礼novels2

□恋に肩を叩かれた
1ページ/1ページ





「まぁ……どうしたのコックさん、そのお花……」


私はその時新聞を読んでいたのよ。大真面目にね。


どうしてって、アラバスタのその後とか、一味の取り扱われ方なんかが詳しく載ってるんじゃないかと思って。

空にいる間得られなかった情報を知っておかなきゃならないでしょ?

なのに買い出しから戻ってきたその男ときたら、パラソルの下で並んで座る私たちのもとに一目散にやってきて、


「んナミすわんとロビンちゅわんへのプレゼントさっ!」


なんて言って新聞と私の顔の間にそれはもう可愛らしい花を両手に余るほど差し出した。


「ありがとう、とっても綺麗ね」


…………綺麗?


「そりゃもうお二人をイメージして選んだ花だからね!」


「………………」


その男に微笑みを向けるロビンの手には私とは違う、上品で綺麗な花が一輪握られていて、

私はもう一度手元の花に目をやった。


「ナミさんの花はリナリアっていう花だよ。おれの故郷に咲く花なんだ」


「私のはカトレアね」


「さっすがロビンちゃん!花にも詳しいなんて素敵だ!」


ロビンに笑みを向けられもくもくとハートの煙を吐き出すその男をチラリと見て、「ふーん……」と素っ気なく返事をした。


「じゃ、おれ荷物片付けたら紅茶でも淹れてくるから待っててね〜!」


「ええ。ありがとう、コックさん」


陽気なやり取りを聞き流して両手いっぱいに握らされたリナリアという花に目を細める。

小さな小さなピンク色の花弁がいくつもいくつも私を見つめていて、

確かにとても愛らしく、いかにも女の子…みたいな花なのに、私の口から出たのは呆れのため息だった。


「可愛らしい花ね」


私の花を見て目眩がするほど綺麗に微笑んだロビンと、

その指先を彩る花はよく似ている。


「……ロビンのその花、私も知ってるわ。カトレアの花言葉は“美しい人”……だったわね……」


「粋なことするのね、彼」


「いつもああよ。いちいち相手にしてらんないわ」


「あなたのは見たことのない花だけど……花言葉は何かしら?知ってる?」


「さぁ……どうせ、“君は愛らしい”とか、そんなところじゃない?」


嫌味っぽい口調になってしまったことにハッとしてロビンを見ると、

その瞳は変わらず優しい色で私の花を見つめていた。


「そうかしら?“君に夢中”とか、“隠しきれない恋”…とか、そんなところだと思うわよ?」


大袈裟な芝居のように胸に手をあてたロビンに一瞬瞳をパチクリさせ、くすりと笑った。


「まぁ、“恋の奴隷”あたりで納得してあげるわ」


気取って肩をすくめると、とても可笑しそうに笑うロビンを見て、

この花に私たちをイメージしたというあの男の気持ちがよくわかった。


「美しい人」「成熟した魅力」「優美な女性」「魔力」


美しさを象徴する、花の女王。

本当にため息が出るほど綺麗な人。


それに比べて私は……



「リナリア……と言ったわね。確か本棚に花言葉の本があったわ」

調べてくるわね。そう言って部屋へと向かう後ろ姿も優雅なもので、

花に喩えられるべき女性って、私みたいな女らしさの欠片もない子供じゃなくて、まさにロビンみたいな大人の女よね。

なんて思って手の中にある愛嬌たっぷりの子供だましをじっと見つめた。


「あれ?ロビンちゃんは?」


気づくと簡易テーブルにお茶の用意をしながらロビンの姿を探すその男に、

私は当て付けを込めて興味なさげにテーブルに花を置き、新聞に目線を戻した。


「部屋にいるけどすぐに戻ってくると思うわよ」

「そっか……あ、ねぇねぇナミさん、その花どう?ナミさんにぴったりだと思わねェ?」


何?嫌味のつもりで言ってるのかしら、この男。


「……そうねー、キュートで可憐で、愛嬌で生きてるみたいなところがそっくりだと思うわ。ロビンのカトレアと違って」

「だよねだよね〜っ!ナミさんと似てめちゃくちゃ可愛いよね〜!この花見つけたときおれ運命かと思っちまったもん!」

「………………」


私の嫌味にも気づかず紅茶とコーヒーをテーブルに置いた男は、

先ほどロビンに誉められたことがよほど嬉しいのか、でれっでれに鼻の下を伸ばしている。


「あ、ナミさんナミさん、今日の晩飯何がいい?たくさん買い出ししてきたから何でも作れるぜ?」

「……じゃあ、シチュー」

「了解ですっ!任せてナミさん!……あ、そういや、おれの留守中にあいつらナミさんの蜜柑の木に手出ししてねェだろうな……」

「平気よ、ここでずっと見てたから」

「そっかぁ!よかった!なんせあの蜜柑はナミさんの分身だもんな!あ、おれ晩飯の前に手入れしてこよっか?」

「……そうね、お願い」


恋の奴隷……か。確かにね。

確かにこの男は、私の思うがままだけど、

こいつが奴隷になるのは、私に恋をしているからじゃなくて、

レディに恋をしているからなのよ。


「……ナミさん?どうかした…?」


このプレイボーイが本気で恋をする相手は、例えばそう……


「……………」


パラソルの影の下で真っ赤に咲くカトレアを見つめる。


美しい人…………


私には到底敵わない、大人の魅力、聡明さ、気品………


「……ナミさん?…もしかして体調悪い?熱でもあるの?それとも悲しいことでもあった…?」


心配してくれる視線を避けて、新聞に目を落とす。

私はコレを読んでたのよ、大真面目に。

なのに、こいつのせいで、全然頭に入ってこないじゃない。


「なんでもないわよ。いいからさっさと蜜柑の世話終わらせてきなさいよ」


かわいくない。かわいくない。

こんな言い方、したいわけじゃないのに。

笑ってありがとうって、素直にお礼言わなきゃいけないのに。


でも、


私ほんとは、


こんな可愛らしい花よりも、


ロビンのために選ばれたあの花が、



羨ましい……




「そんな素っ気ない君も………おれは好きだよ」


「……っ、」


私の短い髪をふわりと撫でて、その男は蜜柑の木へと歩いていく。


なによ、なによ、

その子供扱い。

やっぱりこの花みたいに、幼稚だって、そう思ってるんでしょ?

ロビンみたいな大人の女性に対して私は子供だって、この花は、そういう意味よね?

本当に好きな相手には、そんな軽々しく好きだなんて言わないわ。

なだめるための、ご機嫌とりのそんな言葉、聞きたいわけじゃないわよ。

かわいいね。ってあやされる視線より、

もっと、ロビンに向けるみたいな、大人の魅力にうっとりするような、対等な視線が欲しいのに……



「なんで、こんなに………イライラするのよ………」


これじゃあまるで、私がロビンに嫉妬してるみたいじゃない。

これじゃあまるで、私が、あいつのこと…………



「あら、もうお茶の準備ができたのね」


「ロビン…………」


さすが仕事が速いわね。そう言って湯気を立てる自分のコーヒーと私のミルクティに視線をあて、

ロビンは優雅にベンチに座った。


「そうそう、見つけたわよ、リナリアの花言葉」


テーブルに置かれた分厚い図鑑が細い手で開かれた瞬間、

私は激しい動悸に襲われた。

もし、本当に「君は愛らしい」なんて期待はずれの花言葉だったら、

私はちゃんと笑えるだろうか。



「コックさんもいろいろ苦労しているようね」


「……なによそれ、まさか本当に”奴隷になります“とかそういう感じ?」


心臓を速くさせながらそう言った私の方に図鑑の向きを変えながら、

ロビンは口元に手をあてくすくすと笑った。


「ごめんなさい、コックさんがあなたに必死になる理由がわかったわ」


「………必死……?」


「切実なのよ、彼は……ふふっ」


綺麗な指が示す欄を、おそるおそる覗きこむ。

テーブルに置かれた花と同じ写真が目についた。


「それにしてもコックさんって正直者なのね。あなたにはそんなにたくさんのリナリアを捧げておいて、私には“美しい人”のたった一輪。妬けちゃうわ」


心底可笑しいという声で歌うように笑うその声を頭の上に感じながら、文字を目で追う。



「…………リナリア、 ゴマノハグサ科 ……原産地、北の海沿岸 ……花期、1月から8月……花言葉……………」





「とっくにわかっているものだと思っていたから、つい“君に夢中”とか、”隠しきれない恋“とか言ってしまったのだけれど……思ったよりも、鈍感なのね、あなたって」



テーブルの上いっぱいに広がる可愛らしい花に目をやって、

その視線を蜜柑畑に向けると、

その男が私に気づいて優しく微笑みながら小さく手を振ってきた。



「…………っ、」


熱くなる頬を隠すように彼から視線をそらし、もう一度その花言葉に目をやる。



「ふふっ、いったいどっちが先かしら、あなたが、“彼の気持ち”に気づくのと、“自分の気持ち”に気づくのと……」



“この花見つけたときおれ運命かと思っちまったもん!”


“そんな素っ気ない君も……おれは好きだよ”



もう一度、蜜柑の木に目をやると、


にこにこと嬉しそうな表情を浮かべた彼が、


鮮やかに、かわいらしく実ったそのオレンジを、大事そうに見つめている。




「リナリアの、花言葉…………








“この恋に気づいて”…………」




“あの蜜柑はナミさんの分身だもんな!”



「……!!」



スーツを泥だらけにした彼が、愛しそうな瞳のまま蜜柑に口づけを落としたとき、私は、








恋に肩を叩かれた。









「ナミさんナミさん!蜜柑の手入れ終わりましたよ!」
「う、う、うん、あり、……ありがとう」
「あ、ナミさん、紅茶のおかわりいる?」
「だっ、大丈夫!」
「そう?じゃあおれ、ナミさんのために愛情込めて晩飯つくってくるからねっ!」
「っ、う、……うんっ」
「…?どうしたの?顔真っ赤だけど…」
「な、なんでもないっ!」
「なんでもないナミさんも、好きだーー!」
(も、もう顔見れない…!)
(ふふっ、なんてかわいらしいふたりなの)





END

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]