過去拍手御礼novels2

□アニマルセラピー
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ただもふもふしているだけじゃだめなんだ。


それならそのへんのぬいぐるみと変わらねェ。


もふもふしていて動いて喋る。さらにはおれに従順ならばなお言うことなし。


だが最も重要なのはそう、「温もり」だ。


つまりは抱き心地の好い、生きた動物。これに限る。




「ペンギぃン、たいへーん……きゃぷてんが、ぱんだになっちゃうぅ……」


「………………」


一体どんな夢を見てるんだ、こいつは。



一定のリズムで上下する白熊の腹にもたれかかり、

久しぶりに訪れた熟睡の波の間に心地好く溺れていた。


もふもふの毛に包まれた絶妙な柔らかさの肉が、ほどよくこの身体と意識を沈めてくれる。


おれの好きな、温かさ。


いくらもふもふしていたって、それだけじゃだめなんだ。

やはりおれの枕になるくらい従順で、抱きしめるとこう、ふわっふわなクッションみたいで、

しもべのように言うことを聞く、愛嬌有り余る、生きた動物……

これに限る…………




「………………んっ、」



なんだ……?身体が重い……。


おれの昼寝の邪魔をする不届き者の正体をつきとめようと、

ほとんど無意識にうっすらと瞼を上げる。

朦朧とする意識の中で、誰かの柔らかな唇がおれの唇に触れた。



「………………」


「………………」


ぱちり、くりっとした大きな瞳が間近でおれの顔を眺めていた。

次の瞬間にはちゅ、ちゅ、と触れるだけのキスが2度、3度、唇に降ってくる。


「…………くくっ、」


なんだ、こいつ。おれに抱かれたいのか?


……ったく仕方ねェなァ。


「ナミ…………」


「………………」


そんなにおれに構ってほしかったのか、そうかそうかと口元を緩ませながら、甲板にべったりとついていた腕を持ち上げる。

しかし、日差しを遮るように覆いかぶさるその身体に回そうとした腕は、何を包み込むこともなく自分の身体に落ちてきた。


「………………あ?」


「ペンギーン、なにしてんの?」


見るとつい今の今までおれを押し倒すように迫っていたはずのそいつが、

甲板の隅で武器を磨いているペンギンに駆け寄っているところだった。


「武器の手入れだ。むやみに触るんじゃないぞ、おまえが怪我をしたらおれが船長に怒られる」

「もーう、自分の心配より私の心配しなさいよー」

「そうだな、か弱いおまえに怪我なんてさせられない」

「か弱くてかわいいって言ってくれる?」

「注文が多いな。だがまァ…確かに、か弱くてかわいいおまえが怪我でもしたら大変だ」

「そうよね、じゃあ見てるだけにする」

「ははっ、そうしてくれると助かる」


………………。



「…………オイ、」


刀を支えに立ち上がり、ふたりのもとに歩み寄る。

ただならぬおれの殺気に「どうしました?船長…」と短剣を手にした防寒帽がいち早く顔を上げる。

ところが呼ばれた当人はおれの低い声にも無反応、どこ吹く風でペンギンの手元を興味深げに眺めている。


「……てめェシカトしてんじゃねェ」


「……え?私…?」


おまえに決まってんだろ。

心当たりありません。みたいなキョトン顔でおれを見たナミを、

隣で胡座をかくペンギンが、「船長に何をしたんだ」という渋い表情でチラリと見た。


「てめェ、なんださっきのは」

「さっきの?」

「人の寝込み襲っといて不始末に他の男とじゃれてんじゃねェ」

「ちょっと、人聞き悪いこと言わないで」

「うるせェ、責任とれ」


甘えてきたかと思えば軽々身を翻しやがって。

こっちはおまえのせいでその気になりかけたんだ。

眉間に皺を寄せたおれの顔を見上げ、ナミは目を丸くしたままこてっと首を傾げた。


「……そんなに深い意味はなかったの、ごめんね?ロー」


起こしちゃって。


これでもかと上目遣いで大きな黒目をおれにあてたナミに、つい、


「まァ、許す」なんて言ってしまいそうになった口を、引き締めた。


「……てんめェ…愛嬌振り撒けば許してもらえるなんて思うな……!」

「うわ…!怖ッ!ペンギン助けてッ!」

「あきらめろ。おまえが船長から逃げ切れる可能性は0だ」

「ちょ…!見捨てないでよ!」


何が「ごめんね」だ。

振り回されるこっちの身にもなってみろ。


「オイ!逃げんなこっち来い!」

「いやよ!怖い!こっち来ないで!」

「ここは大人しく船長の言うことを聞いておけ…」

「いやよ!ロー怒ると部屋のベッドに無理矢理手錠で繋ぐんだから!」

「ほ、ほんとにそんなことしてるんですか船長…」

「こいつが言うこと聞かねェからだ!」


ペンギンの身体を盾にしながらぐるぐると逃げ回るナミに手を伸ばす。

逃げ足の速いそいつだがおれの腕の長さが寸分勝ったようで、細い肩を強く掴むと抗う身体を強引に引き寄せた。


「やッ……!!」


ガブリッ。


「……っ!?」


手のひらを襲った鋭い痛みに耐えかねて反射的に手を離したおれから、

ナミは一目散に船首の方へダッシュした。




…………獣か。




「………しつけの仕方を間違えたのでは?」


「………いや違ェ。しつけが“足りねェ”だけだ、あいつは…」


にしても……と、帽子に手をあてたペンギンの口元は、笑いをこらえきれず歪んでいた。


「……我らが船長が……まさか女に思い切り噛みつかれる日が来るなんて……」


「………………」


ギロリ、睨むとペンギンはひとつ咳払いをした。


「ぎゃーーッ!こっち来んなナミ!おれは今のやり取り最初っから見てたんだッ!」

「そんなこと言わずにかくまいなさいよ!」

「やだよ!おまえあんなことして…!船長カンカンだぞ!?巻きぞいになるのは御免だッ!」

「超絶かわいい子紹介してあげるから!」

「おし!おれの後ろに隠れてろ!」

「単純かッ!」


ナミを背中に隠したシャチを横目で睨むと、「やっぱどうぞ」といとも簡単に生け贄を差し出した。


「ちょっとぉ!信じらんない!裏切り3秒!?ウソップよりあきらめ速いわよ!?」

「おまえが悪ィ!虎に噛みついた猫をかくまうほどの余裕、うちにはねェ!かわいこチャンは自分で探す!」

「よくわかってんじゃねェかシャチ……そこを動くなよ……」


はいっ!と息を飲んだシャチと、そのシャチに背中を押されているナミを見据え、

おれはペンギンの首根っこを掴んだ。


「……だから言ったんだ。船長から逃げるのなんて無謀だって……」


ペンギンの語尾はふわりと揺れた風にかき消された。


アニマルシャンブルズ。


「来い」

「っ、やだ、やだやだっ!放して…!」


船首の方で顔を見合せため息をつく部下ふたりを見るともなく、

悪さをする小動物の首根っこを引きずり元いたもふもふな場所に背中を預け、

今度は逃げられないようその身体を両腕の鎖で自分に繋いだ。


「おまえはしばらくここで反省するんだな」


「………………」


むぅと頬を膨らませたナミの額に、自分の額をくっつける。


「ほら、手始めにさっきの続きをしてみろ」


「……だからっ、あれはただの気分で、そういう気はないんだってば」


「あ?やり逃げか?誘ってきといてその気がねェとは言わせねェぞ」


「その気ないもん」


目を細めてぷいっとそっぽを向いたナミの尖った口が、

今にも不機嫌な声で「にゃあ」と鳴き出しそうだ。



「…………おまえ、自分のことを猫だと思ってねェか……?」


ふらっと気まぐれに擦り寄っては、こちらがその気になるとひらりと手のひらを返すつれない態度。

甘い声といたいけな瞳を駆使してわがまま放題。


誰かが言ってた。

猫と女は呼ばないときにやってくる。

つまりはあれだ、裏を返せば「呼んだときにはやってこない」


「………………それ、普通逆じゃない…?」


猫に言うもんでしょ?「自分のことを人間だと思ってる」って。

そう言って不思議そうに首を傾げたナミは、

結局のところ自分のことをどう思っているのかわからなかった。


「…………やっぱり首輪でもつけとくか……」


「……そんな物騒なこと、しみじみ言わないで…………っ、」


目の前で動く唇に、気づけば自分から唇を重ねていた。

片手を細い腰に回し、もう片方の手で頭を押さえて無理矢理舌を捩じ込むと、

胸板に置かれていたナミの指が抵抗を示すように強ばった。


「……オイ、もっと口開けろ……」

「やだ、ここ甲板……」

「さっき甲板で盛ってたのはどこのどいつだ」

「違うって言ってんでしょ!」

「おれは野外でも構わねェ」

「盛ってんのはあんたじゃない!」

「おれの飼ってるメス猫がエロいんで、ついな」


瞳を細めて首の下を指先でなぞると、ナミは口の端をつり上げ挑発するような視線を向けてきた。




「そんなに私と“にゃんにゃん”したいわけ?」



なんだその響き。


何故かわからないがいろいろと掻き立てられるものがある。


「……オイ、その“にゃんにゃん”ってのはなんだ?あ?言ってみやがれ」

「……ちょっと、何やらしいこと考えてんの?」

「いいから言え、ほら、何をどうすることだ?具体的に言ってみろ」

「……ちょ、……な、なんかあたってるんだけど……」

「あててんだよ。早く言え」

「なっ!」


撫ですくめた腰を既に反応している下半身に引き寄せると、

ナミは余裕だった顔をたちまち赤くした。

引き結ばれた唇に親指を押し当てて、低く囁く。


「口で言えねェならやってみろ。ほら、貸してやる、おれのカラダ」


「っ、もうっ、わかったわよ!今すぐしてあげるわ!」



言うなりおれの手をぎゅっと握ったナミは、キッとおれを睨んだまま、

まだ歯形の残る刺繍だらけの手のひらを、小さな舌でぺろりと舐めた。



「………………」


予想外の目の前の光景に呆気にとられていると、

少し伏し目がちになったナミは、ひとしきり舌を這わせたそこを唇で挟んだまま、覚束ない口調でぽろっと溢した。




「……まだ、痛い?……ごめんねロー……」



まァ………許す。


不覚にもそう思ってしまったことは不本意だが、


かなり歯形が残っているはずのそこも、甘噛みだとさえ思えてしまう。



「あいあいっ、……きゃぷてん、だめだってばー…………それは笹だよ……」


「……ベポ、なんの夢見てるの?」


「…………さァな」



頭の方から聞こえた白熊の寝言に、ふたりで小さく吹き出した。



甲板の隅にはせっせと船の仕事をこなすペンギンやシャチがいて、


背中には、もふもふの喋って動くそいつがいて、


腹には猫のようなこいつが乗っている。


猫の方はもふもふでもないし、首を縦に振ったためしのない生意気娘。


言うことなんて一切聞かず、決しておれに従順とは言えないが………





それでもおれは、癒される。



それでもおれを、満たしてくれる。




あァこれが、




おれの好きな、温かさ。








アニマルセラピー








「別のところにも“にゃんにゃん”しろ」
「ぎゃ!変態ッ!」
「……なぁペンギン、街にかわいこチャンでも探しに行くか」
「………………そうだな」





END

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