過去拍手御礼novels2

□卑怯な告白
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「好きです……一生あなたに着いていきます」



闇の中で真っ直ぐこちらに向かってきたブラウンの瞳を横目で見て、傾けかけの酒瓶をそのままに呟いた。



「…………キャラじゃねェ」


「うっさいわねわかってるわよそんなこと!!」


「わかってんなら殴んじゃねェ!!」


叩かれた衝撃で口元に溢れた酒を拭いながら、

こいつの敬語を聞いたのなんていつぶりだろうかと考えた。

人に言える立場じゃないが、“です”とか“ます”とか、つかえたんだな。


「やっぱり私が着いていくっていうより、私に着いてきなさいって感じの方がいいわよねー」

「……いや、そういう問題じゃねェだろ」

「じゃあ、こういうのはどう?」


おれの言葉を水のように流したナミは、手の甲に顎を乗せて首を斜めにした。



「私の男にしてあげてもいいわよ?」



酒瓶の口を歯に挟んだまま、強気なその顔を見やる。


…………悪くねェ。


どんな男でもつい乗ってしまいそうな挑発的な態度が、こいつらしい。


…………けど、



「だめだな」


「はぁー!?なんでよ!?」


不満げな表情で食ってかかるナミから、目を逸らす。


いいわけねェ。

いいわけねェだろ。

たとえどんな言葉で、どんな態度でも、

こいつに「好きです」と言われて、断れる野郎がいるわけねェ。


「告白」なんて、許さねェ。



「女らしさの欠片もねェ。第一断られたときのこと考えろ、赤っ恥だろうが」


不安を煽るようなおれの言葉に少しだけ眉を寄せて黙ったナミ。

チラリ、興味のないふりをしてその様子を伺う。

相談を受ける体を装っても、心の中では応援なんてできるわけもなく。

おー、やめろやめろ、告白なんてやめちまえ。

そんな言葉ばかりが頭の中をぐるぐる回る。

全部壊れてしまえばいいと思う。

こいつの勇気も、告白も、恋心も……



「……じゃあ聞くけど、女らしさって何よ?」


尖った唇が拗ねたように呟いた。


おまえをそこまで必死にさせる男は誰だ。

あいつか?いやあのアホか?まさかのあいつか?誰にせよ世界の終わりだ。こいつが想いを伝えることを決めた時点でおれに勝機はなくなった。


「……女ってのはもっと
こう、儚げで、……守ってやりたくなるやつのことだ」


ぶつぶつと独り言のように素っ気なく言うと、

ナミは適当に相槌を打ってからおれの腕に手を添えた。



「私じゃだめ…?」


「………………」


「私には、あんたが必要なのよ……」



せがむようにおれの腕を掻いた指先と、上目遣いの潤んだ瞳が胸の下をドクドクと高鳴らせる。

真剣で女らしいその表情を見れば本気だなんて明らかで、

誰かもわからない告白の相手に激しい嫉妬を巡らせた。



「………………」


「……やっぱだめかぁ……」


「…………弱気になるくらいならやめりゃあいいだろ」


だめなわけがない。

正直、かなりぐっときた。

でも、だけど、

そんな顔、そんな言葉、そんな想い、絶対に他の男にやりたくねェ。

どうにかして、壊したい。


……参ったな、おれはこんなに女々しくて小せェ男だったのか。



「だめなの…!どうしても言わなきゃいけないのよ!」


強い意思を滲ませた語気に動きを止める。

こいつが頑固なことも、止めて止まるやつじゃないことも、わかってる。

でも、他の男のものになるところなんて、…………黙って見ていられない。


「……なんでだよ」


「……そいつ、ほんとにバカで鈍感だから……私が言わなきゃ一生気づかないんだから…!」


変わりたいの、今のふたりから。


照れたように、愛おしむように細められた瞳が綺麗で、そしておれの胸を締め付けた。


「………………」


「……だ、だからさ、私から言ってあげないとだめなのよ。困っちゃうわよね、あはは……」


「………………」


「……やっばりあれかしら、ここはベタに“私を惚れさせた責任とって”とか?」


「…………そりゃベタなのか?」


「じゃあ“仲間より深い関係になりたい”……とか?」


「………………」


「……じゃ、じゃあゾロはどんな告白がいいわけ?」



反応の悪いおれに痺れを切らせたのか、じとりと睨んできたナミ。


「……おれは…………」


おれだったら…………


ぱちり、先を促すようにブラウンの瞳が瞬きをした後、口にした。


「……最初のやつ……あれが一番好きだ……」


「最初…?……あぁ、“私の男にしてあげてもいい”ってやつ?」


「違ェよアホ」


「あれ……?じゃあ“あなたに着いていきます”?」


「……それのひとつ前だ」


ひとつ前……その言葉を思い返して、ナミは「ふーん……」と鼻で頷いた。


もう、決意は固まってんだろうな。

さっきまでおれに向かってきていた夢みたいな告白の言葉も、

本番の一回には、敵わない。



「……で?……どいつだ?」


「……なにが?」


「おまえがこっぱずかしい台詞を言う相手の男。相談乗ってやったんだ。それくらい教えろよ」


だめだ、口調が荒れる。

不機嫌も嫉妬心も隠せねェ。

気持ちを伝える前に、こいつが他の男のものになっちまう。

そんなのいやだ。いやだいやだいやだ…

その男より、おれの方が何百倍もおまえを好きに決まってんのに。



「……あんたが選んだその言葉で告白したら、うまくいく?」


「あ?」


「……だからその、最初の……シンプルなやつ……」


目を泳がせて俯いたナミが、いつになく不安そうに見えて、

心の中で願っている醜い気持ちと真逆のことを、つい口走ってしまう。


「……あぁ、……確実にうまくいく……」


「……ほんと?」


「おう、……おれだったら……絶対ェ断らねェ…」


「そっか、…………もし断られたら借金上乗せだからね!」


「…………おー、いいぜ」



おれだったら断らねェ。


……という含みを持たせた言葉を砂漠の砂みたいにさらさらと軽く受け流したナミに、心の中で本日一番のため息をついた。

人のこと鈍感って言える立場かよ、こいつは……



「じゃあ……教えてあげる。私の告白の相手……」


「………………」


悟られないようにごくりと喉を鳴らして瓶を芝生に置くと、

速すぎてどうにかなりそうな心臓が一気に冷たくなる。

どんな名前が出てきても取り乱さないように、脳に痛みが走るくらい、奥歯を噛む。

そんなおれの顔をゆっくりと見上げたナミは、意を決したように口を開いた。





「…………あんた」


「………………」


「バカで鈍感なあんたに、………告白するの」


「………………な、」



…………だれだって……?



今の言葉が信じられず口を半開きにして食い入るように見つめた先で、

困ったように眉を下げたナミが照れ笑いしておれの手を握った。


少し汗ばんで遠慮がちに絡められた指先に、

今にも破裂しそうなくらい心臓が鳴ったとき、

その心臓をあわや止めるかと思われるような告白が、飛び出した。






「好きなの…………あんたの隣、私にちょうだい…?」



「!!!」




ありきたりな言葉のはずなのに、


おれの心をがっしり掴んで放さない、おまえのズルい恋愛文句。


全てをおれ好みにしたうえで、白々しいにも程がある。



こんなに好きにさせといて、


答えはただひとつ、「イエス」だと、


わかっているくせに……








卑怯な告白







おれだったら、断らない。


どんなおまえでも。






「……それで?返事は?」
「……くれてやるよ、おれの隣」
「……そう。なんだ残念、借金上乗せできなかったかー」
「照れてねェでもっかい言え、さっきの言葉」
「……っ、恥ずかしいからもう言わない…」
(かわいいやつ)
(き、緊張した…)





END

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