過去拍手御礼novels2

□愛情を、身に纏う
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サンジくんは、私の願いなら何だって叶えてくれる。


それがたとえどんなに理不尽で、無茶で、無謀でも、


笑顔で引き受けて、必ず望み通りのものを差し出してくれる。


「私のために」汗水たらしてくれているのだと思うと、


世の全てのレディのために存在しているはずの彼を、

独占しているような気持ちになる。


そんな秘密の幸せを感じていたいから、ちょっとしたお願いを、ときには無茶なお願いを、


決して断られないと知っていて、私はまた彼におねだりする。


最近ハマっているのは、これ。




「サンジくんいるー?」


「お呼びでしょうかプリンセス。あなたの騎士ならここに」


調理中のサンジくんが、ダイニングに顔を出した私を王子様スマイルで迎える。

フライパンと木ベラで両手が塞がっている彼のもとへ一直線に歩いていくと、

青いパーカーの裾をくいっと引っ張った。



「なんか外が寒くなってきちゃって……貸してくれない?」



子羊のようにいたいけな表情で首を傾げると、サンジくんの瞳はたちまちに垂れ下がる。


「もちろんですとも!おれの上着がナミさんのお役に立てるなら!」


世話しなく動かしていた手を止めて着ていたパーカーを脱いだサンジくんは、

私にそれを着せて「おれの服着てるナミさんもかわいいなァ」と、

煙草の先からふわふわとハートを飛ばした。


自分の小ささを強調するようにわざと袖に隠したままの手を振って、

「ありがと、借りるわね」と笑みをつくって踵を返す。

ダイニングを出る瞬間まで背中に感じる彼の視線に、私の心は満たされる。



もちろん、自分の部屋に行けば上着なんていくらでもある。

寒いなら外にいなければいいだけの話だし、他のやつからだって借りることはできる。


だけど、私はそうしない。

サンジくんの上着でなければ、まったくもって意味がないからだ。


いつものわがままなお願いにしてみれば、上着を貸してほしいだなんて実に簡単な頼みだろう。

そこにどんな意図があるのかも知らずに、サンジくんは二つ返事で自分の上着を私に着せてくれる。



甲板で海を眺める私の髪を、潮風が大きく揺らす。

ふわり、煙草の香りが鼻先を掠め、私の顔は自然と綻ぶ。

自分の身体を包むように胸の前で組んだ両腕に、顔を埋める。

そうすると、大きな彼の腕に、甘くて苦い彼の匂いに、優しい彼の温もりに、

まるで後ろから抱き締められているみたいに感じることができる。


そんな小さな幸せを感じるために、わざわざ借りに行ってるなんてこと、

サンジくんが知ったら怒るかな。

でも、やめられないの。

あなたを誰よりも近くに感じていたいから。


……許してね、プリンス。



もう一度彼のパーカーの袖に顔を埋めて、私は小さく頬を緩めた。




ーー−





「……ここにいたんだ、サンジくん」


「あァ、晩飯はどいつがいいかと思ってさ。……もしかしておれをお探しでしたか?」


「……うん、……まぁ……」


ある日の午後のこと、例のごとくサンジくんを探していた。

アクアリウムのパノラマ水槽を背景に、

ソファで足を組んで煙草をふかしながら優しく笑いかけてくれる彼が、

いつもよりもリラックスした状態なのに、すごく大人っぽく見える。

確かにキッチンにも甲板にも見当たらない彼を探してここにたどり着いたわけだけど、

わざわざ探してまで伝えなくてはならない大事な要件でもないだけに、

訪ねておいて途端に言い出しにくくなってしまった。


「……ん?どうしたのナミさん?遠慮せずになんなりとお申し付けください」


身を乗り出して穏やかに促してくれるサンジくんに、胸がきゅんと音を立てる。


……優しいな、サンジくんは。

いつでも私と同じ目線で向き合ってくれる。

そんなところが、とても好きだ。



「……あ、うん、あのね、……冬島の気候海域に入ったみたいで……ちょっと寒いのよね……」


水槽に落ちてきたウソップやルフィが釣ったであろう奇抜な魚をなんとなく目で追っていると、

静かに私を見つめたままサンジくんが口を開いた。


「………そうだね、少し冷える……あたたかい飲み物でもいれようか?」


「……う、ううん、そうじゃなくて……」


「……そうじゃなくて?なんだい?」



上着を貸して欲しいんだけど……

そう言ってサンジくんに視線を戻すと、

その瞳がなんだかいつもと違うように見えた。




「…………悪いけど、それはできねェ」


「…………え?」


サンジくんが私に向けた初めての拒否の言葉に、思わず耳を疑った。



「この上着は貸せません」


穏やかな笑みで私を見つめる彼にハッとして、傾けかけていた顔を咄嗟に逸らした。


「そ……そうよね……サンジくんだって寒いもんね……ご、ごめん、自分の服とってくる…」


もしかして、あまりに私が図々しいから、とうとう嫌になってしまったのだろうか。

動揺をさとられないよう曖昧に笑ってその場を去ろうとすると、

背中を向けようとした私を、サンジくんが呼びとめた。


「ナミさんちょっと、……ここに座ってくれるかい?」


「………………」


なんとも言いがたい空気に、緊張で胃が収縮し始める。

まるでお説教される前の子どもみたいにびくびくしながら、促された彼の隣に腰を下ろした。

煙草の煙を吐き出す彼を横目で伺うと、とても落ち着き払っていて、

それが逆に私の不安を煽った。



「君が本当に必要なのは、おれの上着なの?」


「え?」


出し抜けに飛んできた質問に不意打ちを食らって固まると、

サンジくんはそんな私を見るともなく、長い指をつかって煙草をくわえ直した。



「……この前さ、ナミさんにパーカーを貸したことがあっただろ?」


「…………うん」


「そのときたまたま見ちまって……ナミさんが、おれのパーカーに顔を埋めて、幸せそうに笑ってるとこ……」


「…!!」


伏し目がちに煙を吐き出した彼に、心臓が焦り出す。

頭が真っ白になって言い訳もできずにいる私を横に、サンジくんは灰皿へと強めに煙草を押し付けた。


「君があんまりかわいいから、勘違いしそうになる……」


「………………」


「……もしかしてナミさんは、おれのことをそういう目で見てくれてるんじゃねェかって……」


「………………」


「……ナミさんから返ってきた服をさ、おれがそのまま着ることなんてなかったの……知ってるかい?」


「………………」


「君の香りが残ってて、……どうにかなっちまいそうだからだよ……」


「…………サンジくん…」


「“あァ、もしナミさんを抱きしめたら、こんなにいい香りがするんだな”とか……考えちまうから…………けどさ、」



もしかして、ナミさんもおれと同じ気持ち……?



切れ長な瞳が真っ直ぐに向かってきて、顔が燃えるように熱くなる。

いつも、なにもかも、お高い女を気取って余裕を振り撒いているくせに、

本当はいっぱいいっぱいで、取り繕って、我慢して、隠すことだけで精一杯で………

どうしようもなく恋をして、臆病者になってしまう私にも、

容易く気づいてしまう、彼。


だから好きで、


……だから、苦しい。



「……っ、あの、私……」


「……おれが、君の望みを叶えられなかったことがあったかい?」


「…………ううん、ないわ……」


「ナミさんが望むことなら、おれはどんなことでも叶えてやりてェと思ってるさ。それが、“本当の願い”ならね」


「………………」


「だから……おれを信じて、言ってごらん…?」


「………………」


「ゆーっくり三回、どんなに時間をかけて唱えたって、おれは君の前から消えたりしねェ。……絶対に」


どうしていつもこの人は、こんなに柔らかく私を包み込むのだろう。

私を見つめてくる瞳も、

向けられる声も、

心の中を引き出してくれる言葉も、


全てがとてもやさしくて、心地好い。



「………サンジくん…」


「はい、お呼びでしょうか、プリンセス」


恭しく胸に手をあててお伺いを立てた彼の、瞳を見つめる。



お願い、サンジくん、


お願い、サンジくん、


お願い、私を…………





「私を…………抱きしめて……?」



本当の願いを口にすると、瞬く流れ星よりも速く私の身体が宙に浮いた。



「……これでよろしいですか?プリンセス」


膝の上に横抱きにされたままふわりと身体を包まれた。

間近で微笑む彼の顔なんて見ていたら心臓が溶けてしまいそうだから、

彼の肩に掴まったまま、思わず俯く。



「……う、……うん……」


「嘘つけ。本当はもっと力いっぱい抱きしめられてェくせに」


「っ!!」



紳士で騎士で王子で悪魔。


息を飲む前に、息が止まるほどの強い力で抱かれたとき、

胸いっぱいに、本物の彼の香りが広がった。




「………ごめん、怒った?本当はおれが力いっぱい抱きしめたかっただけなんです」


「………………」


「だってさ、ナミさんがかわいすぎるから」


「っ、もうっ、うるさい!」


「ナミさん……」


「な、なによ……」


「………耳まで真っ赤」


「……!!」


顔を隠そうとした手が、強くきれいな指を持つその手に捕まった。

熱の止まらない私を覗き込んで微笑む彼の瞳には、

世界と同じくらいの深い色が浮かんでいた。




「先に申し上げておきますが、上着はともかく、“おれ”の返却はできません。プリンセス」


「なっ…!!」


「それでもよろしければ、どうぞおれをあなたのものにしてください」


「!!!」



くすくすと喉を鳴らしたプリンスは、

次に胸の中で真っ赤になる私に向けて、こう言った。




「好きだ…………ずっと君に伝えたかった」





やっぱり彼は、私の願いを叶えてくれる。







愛情を、身に纏う







私が袖を通すのはいつだって、



彼の愛。









END

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