過去拍手御礼novels2

□支配されたい願望
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「キスしようと思ってよ」




と、口にしたその表情が例の「春島の風です」みたいな爽やかな笑顔だったなら、

あやうく聞き間違いですませてしまうところだった。


それくらい、今の言葉は目の前の男とは縁遠い代物に違いなかった。


まさか、ルフィの口から「キス」なんて単語が飛び出すなんて。


へぇ、そんな甘い言葉知ってたの。

なんて頭の隅に失敬なことを巡らせつつ、脳は身体を動かす指令を出してはくれなくて、

鼻先にある余裕すら感じられるその顔を唖然と見つめた。


「……………きす?」


「おう。キス」


「きすって…………あのキス?」


「キスはキスだ。キス以外になにがあんだ?おまえ、変なやつだなー」


ルフィの口から5回もその単語を聞くなんて。

無駄に回数を数えてしまったりする私の頭はそれでも疑り深く、

「ルフィに迫られている」という今この現状を、さらさら信じてくれそうになかった。


「……ば、バカっ、冗談やめて!」


「いでッ……!」


考える猶予も与えず再びぐっと近づいてきた顔に思わず拳をめり込ませた。

このまま漆黒の瞳を見ていたら、私が私でなくなってしまう。



そうよ、これはあれなのよ。


つまりはそう、えぇっと…………


…………そうそう!



「どうせサンジくんに変なことでも吹き込まれたんでしょ!まったく……!」


そういうことにしておこう。うん。案外ほんとにそうかもしれない。

咄嗟のこじつけに軽く納得して、鼻を押さえて私を見上げるルフィとは目も合わせずに蜜柑の木の陰をずかずかと後にする。

あと一度でも捕まってしまったら、今度は逃げられない。そう思って早足で部屋に駆け込んだ。

追ってこないところを見ると、やはり冷やかしだったと安堵して、息をつく。

私があいつに捕まることなんて、きっとこの先もう二度と………




…………ない。



無理矢理そう納得させ、頭の先まで布団をかぶった。





ーー−−




「………………で?」


事の顛末を聞き終えたゾロに真顔で先を促され、私は言葉に詰まってしまった。

そもそも「おまえ、最近ルフィを避けてねェか?」と聞いてきたのは、この男の方ではなかったか。


「………ねぇゾロ…」


「……んだよ」


「女に興味なんてないわよね?ルフィに限って」


それさえ肯定してくれれば、あの真剣な瞳も甘い空気も忘れられる。

私の仮定は見事的中だっということで、サンジくんを制裁したらばおしまいだ。


「……おまえ、ルフィのこといくつだと思ってんだ?」


「……え?…えっと、私より1コ下だから……17?」


「17のオトコなんざ、一番興味ある年頃じゃねェのかよ?」


少なくともおれはそうだったぜ。なんてニヤリと笑ったゾロを怪訝に見つめる。

その遠く後ろをカモメがゆらゆらと飛んでいるけれど、そんな光景みたく穏やかな気持ちにはなれなかった。



「………あ、あんたルフィと女の話とかするわけ?」


「いや、別に」


ほらね!やっぱりそうじゃない!

一般論が当てはまらないから、ルフィなんでしょ!


「野獣のあんたとルフィを一緒にしないでよ!このエロマリモ!」


「あァ?」


「やっぱりあれは何かの間違いよ。そうよ、そうに決まってるわ。ルフィがあんたたちみたく不純なわけないも…」


「この前の島であいつが女とホテル入ってくの見たぜ」


話に見切りをつけて後方甲板を後にしようとしていた足が、ぴたりと止まる。


…………そ、そんな、まさか、



「…………嘘でしょ!?」


「おー、ウソウソ」


「……………………」


高く上げた足のかかとをマリモヘッドにふり下ろす。

私をおちょくろうだなんて、いい度胸してんじゃない。



「………〜〜ッ!!」


「あんたね…!!今度からウソップって呼ぶわよ!!?」


「……そこは普通に嘘つきでいいだろうが…」


「嘘つきの代名詞で呼んであげるって言ってんの!!」


甲板にあぐらをかいて悶絶したゾロは、怒り心頭で仁王立ちする私を見上げて悪い顔をした。



「けどまァ、あいつだってそんくらいあっておかしくねェってことだ」


「……そんな、……ルフィはそんなこと……」


「男に夢もってんじゃねェよ。生娘じゃあるまいし」


小バカにしたような言い方に、顔から腕にかけてカァっと熱くなった私は、

足の横で拳を握ってゾロを睨み付けた。


「っ、バカっ!エロマリモ!!」


「…………あ?」


顔を真っ赤にした私を見上げたその眉が訝しげに眉間に寄る。

このデリカシーの欠片もない脳まで筋肉人間!

わ、私は別に、男に夢なんて、もってな、



「もしかしておまえ…………処女か?」


「……っ!!!」


「…………へェ…」


値踏みするかのごとくニヤニヤしながら細められた視線に、息まで熱くなるくらい身体が沸騰する。

悪かったわね!生娘で!!


「っ、もういいっ…!!バカマリモッ!!」


だいたい私はこの男となんの話をしてたんだっけ。

そうだ、ルフィの言動の真意を確かめようとしてたんだわ。

そんなことを考えながらイライラとその場を後にしようとした私の腕は、力強いゾロの手に掴まれた。


「まてよ」


「っ!!」


気づけば視界は反転して、真っ青な空を背景にしたゾロの顔が目の前にあった。


「おまえはどうなんだよ」


「っ、なにすんの!?どいてよ!!」


「ルフィの行動の前に、おまえはどうなんだよ」


「…………なに、言って…」


硬い甲板に押さえつけられた背中が痛い。

私を見下ろしたまま、わけのわからないことを平然と投げ掛けてくる男を睨む。

こいつ、やっぱり頭おかしい。


「……まァいい。わかんねェなら教えてやるよ」


「なっ、」


ぐっと迫ってきた影に心臓が騒ぎ始める。

あっという間に触れそうなくらいすれすれになった唇にハッとして、思い切り顔を背けた。


「おい、……こっち向けよ」


「嫌よっ!あんたっ、なんのつもり!?」


「嫌ァ?……だが、こんなもんだぜ?男なんて本能のままだろ」


「そんなこと……!」


「ルフィだってそうだろ?」


「………あんた、さっきから何言って…」


眉を寄せて横目でゾロを見上げると、

拘束はしているものの、私に無理強いするような気配は見えなかった。


「やりたきゃやる、やりたくなきゃやらねェ。冒険だろうが、……キスだろうがな…」


「………………」


「おまえも知ってんだろ?あいつこそ、本能のままだぜ?」


「………………」


「“キョーミ津々”なんだろ?…………おまえによ」


「…………っ!」


ニヤリと口の端をつり上げたゾロの下で、私は顔を真っ赤にした。

だって、まさか、ルフィが、なんで、



なんで、






なんで私、こんなにルフィを意識してるの……





「くくっ、………よかったな」


「っ!!あっ、あんたちょっと!なに笑ってんのよ!!」


「いや、まァ…………うちの魔女にも意外と純情なとこあんだなァと思ってよ…」


微かに肩を揺らすゾロに、ますます顔に熱が集まる。

もう一度でも言おうものなら、本気で股間を蹴りあげてやる。


「だっ、だいたいね…!そんなことわかんないじゃない!それに“よかった”って何よ!?私はっ、そんなんじゃ……」


「それもこれも、今にわかるぜ」


楽しそうな顔をしたゾロの唇がそう呟くと、その大きな身体越しに渦中の人物の声がした。



「おい……ッ!ゾロ……!!」


ゾロの服の襟をつかむ手が視界に入ったかと思うと、その身体はあっという間に私の上から退いた。



「……いってェなァ……なにすんだルフィ」


「なにすんだはこっちだぞ!なにしてんだおまえ…!!」


荒々しくゾロから手を放したルフィが、大きく目を見張っていた。

その男っぽい表情に、私の心臓のリズムが速くなる。


「あ?別に、なんだっていいだろ。邪魔すん…」


「よくねェ!!」


はっきりとそう言い切って拳を握ったルフィを、ゾロが醒めた目で見上げる。


「……なにが“よくねェ”んだ?」


「……ナミに触んな…!!ゾロでもだめだッ!!」


ニヤリと口元を歪めたゾロと、目があった。

今にわかる。というさっきの言葉が蘇る。

必死な表情で息を吐くルフィに、ドクドクと舞い上がる。


今にわかる。



ルフィの気持ちも、



私の気持ちも……




「……おまえだってナミに似たようなことしたらしいじゃねェか」


「っ、それはっ、……」


一瞬たじろいだルフィに、ゾロは挑発するような視線を向けた。



「だったらおれもいいはずだぜ。なァ?」


「だめだッ!!」


「あ?やってることはおれもおまえも同じだろ」


「違ェ!!!」


「なにが違ェんだ?」そう言ってあぐらに頬杖をついたゾロに、

ルフィは一拍の間を空けて迷いなく叫んだ。





「ナミは……おれだけのナミだッ!!!」




「!!」




さわさわと麦わら帽子を揺らした春の風に、私は心を持っていかれてしまったらしい。

目の前に佇むその人から、急に目が放せなくなってしまった。



「………おい!聞いてんのかゾロ!?」


ルフィに詰め寄られたゾロは俯いて口元を片手で覆い、

「おまえら面白ェな」そんな感じで肩を揺らしている。


ちょっと!なにツボに入ってんのよ!!



「………へいへいわかったよ」


「………………」


のっしりと立ち上がって階段に向かう途中、

すれ違い様にルフィの肩に手を置いたゾロは、いつもと同じ悪い顔をした。



「船長命令とあっちゃ仕方ねェもんなァ」


じゃーな。ひらひらと呑気に手を振って去っていったゾロに唖然として固まっていると、

徐に振り返ったルフィと目が合った。



「…………ナミおまえ、したのか?」


「…………え?」


「ゾロと、キスしてなかったか?」


真顔で問われ、思わず大きく首を横に振る。


「しっ、してない!!してないわよ!!誰があんなやつと…!!」


「……そっか!なァんだよかった!」


顔いっぱいに笑みをつくったルフィが私に歩み寄ってくる。

目を合わせられなくて細い足首を眺めていたら、目の前で止まったルフィがしゃがんで下から覗きこんできた。


「………な、なによ…?」


「んん?……キスしようと思ってよ」


「っ、なっ、だ、だからなんでよ……!」


私の足の横に手をついてじりじり捻り寄ってくるルフィから、顔を逸らす。

7回目のその単語は、ルフィの盛大な告白を聞いた今、

1回目のそれとは全く違って聞こえた。



「なんでって…………なんでだ?」


「あんたね……サンジくんに変なこと吹き込まれたからじゃないの?」


「おまえ、前もそれ言ってたなー。他のやつは関係ねェよ。おれがしてェから、するんだろ?」


「なっ、…………」



まるで決定事項であるかのように、堂々と言い張る態度。

いつも通り無鉄砲なルフィの前髪が、まさに目と鼻の先で揺れる。



「おれだけだからな」


「な、なにが……?」


大きな瞳をゆっくりと細めて男の顔をつくったルフィは、

今にも触れそうな唇で、船長の有権力を行使して、

なんとも横暴な台詞を私に投げた。





「おまえを独り占めしていいのは、おれだけだ」





柔らかく熱を帯びた唇が私のそれと重なった瞬間に、思ったの。



あぁ私……


本当は、無理矢理にでも奪われたかった。


正しいか、正しくないかなんてどうでもいい。


ただ、あんたがその手に掴む、キラキラしたもののひとつになりたいだけ。


どこにも逃げるなと縛られて、


この心臓の、奥の奥まで握られて、


嫌だと言っても許してくれず、


誰にも渡さないと熱い胸に引きずり込まれて、



…………捕まりたいの。






支配されたい願望






あんたみたいな、強い男になら。









END

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