過去拍手御礼novels2

□悪者
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「朝から気になってたこと聞いていい?」


「ラブコックの様子がおかしかったのは昨日おまえらが島で宿とったせいだぜ?」


あの野郎おれにまで八つ当たりしやがる。

そうぼやきながらナミの前に置かれた酒瓶に手を伸ばすと、あとちょっとのところで奪われた。


「違うわよ。そのことについて言うなら、サンジくんはいつも変」


「…………一理ある」


自分のグラスになみなみと液体を入れた後、ドンッと元の場所に酒を戻して、ナミはおれの空のグラスを知らんぷりした。


……なんだ?今日は機嫌が悪い日か?



「そうじゃなくて、……あんた、鏡とか見ないわけ…?」


「あ……?鏡ィ……?」


「そうよ。鏡。自分の姿とか確認しないの?」


じとりと睨まれつつ、若干おそるおそる引き寄せた酒をグラスに注ぐ。

ナミは既に一杯目を空にしていた。


「……んなもん……しばらく見てねェが……」


「あっそ。だったら気づくはずもないわよねー?そっかそっか、色男のゾロさんは、自分の姿なんて確認しなくても女が寄ってくるから、そんなの必要ないかー」


「……あァ?なんの話だ…」


「それよ」


ビシッとおれを指差して、ナミはまた縁きりに酒を注いだ。


“それ”……?


「…………どれだ?」


「左耳の下4センチ、直径1センチの赤い丸」


つらつらと棒読みして二杯目を飲み干したナミを見て、自分の右手でその場所に触れる。



「…………ただの虫刺され、」


「昨日ホテル街でキレーなお姉さんとイチャイチャしてるの見たわよ」


「……………………」


嘘おっしゃい。そう言って三杯目を注ぐナミから視線を逸らす。

くそ、あの女いつの間に痕なんて……


「誰と何しようが勝手だけど、せめて船の中では気にしなさいよね。チョッパーだっているんだし…」


「…………おまえだって、」


「………………なによ?」


「……ついてるぜ、コレと同じの」


「うそ……!?」


コップの中の三杯目をチャポンと揺らして、ナミは自分の首に手を当てた。

その間に酒瓶を自分の方へ引き寄せる。


……なにを慌ててやがる。


「……まァ、嘘だがなー」


「…………………」


「偉そうなこと抜かしやがって……自分だってヤってることは変わんねェだろ」


顔を上げてジロリと据わった目付きでおれを睨んだ後、ナミは残りの酒を一気に煽った。


「変わるわよ!私はあいつに痕なんてつけさせないもの!」


「おれだってつけたくてつけられてんじゃねェ」


「でも実際ついてんじゃない!あーやだやだ!これだから節操のない男は!」


「あァ!?それとこれとは話が違うだろ!」


「違わないわよ!島に降りる度に女とっかえひっかえして!おまけにそんな痕までつけて船に帰ってくるんだものねー!」


「……島どころか船でもイチャついてやがるどっかのカップルにだけは言われたくねェ」


辛い酒に濡れた唇が、おれの心の靄を外へと滑らせる。

一瞬で目も耳も真っ赤にしたナミは、おれの手から乱暴に酒を奪い取って四杯目を注いだ。


傷つけ合うことでしか、自分の気持ちを吐き出せない。

……今のおれたちは。


「得体の知れない女といかがわしい場所で人目も憚らずキスする男よりマシでしょ!?」


「そのいかがわしい場所に居合わせたのはどこのどいつだ。仲間と平気でそーいうことができる女の方が、どうかと思うがな」


もはや義務的な動きで四杯目を空にしたナミから酒瓶を取り返し、コップにも注がずそのまま胃に流しこんだ。

仲間の女を頭の中で犯しまくってる男の方が、どうかと思う。

自嘲ぎみに呟いた。辛い液体が喉に絡み付いてきて、口には出せなかったけど。


「きもち……わる……」


「…………っ、あ……?」


口に含んだ液体の塊をごくりと喉にくぐらせた後、震えた声のした方に視線を向けた。

まさか、イッキ飲みして酔ったのか?

顎に滴った酒を手の甲で拭ったナミは、前髪で瞳に陰りをつくったまま泣き出しそうな声で言った。


「…………知りもしない女に触ってるなんて……あんた、きもち、わるい……」


「………………」


「あんたみたいなバカな男に遊ばれて、…………哀れな、女…」


長い睫毛が震えている。嘘を吐く唇をギュッと噛み締めて、懇願するような痛々しさで、ナミが真っ直ぐおれを見た。

人に言える、立場かよ。遊びの相手で遊ぶより、本気の相手で偽る方が、よほどよほど、罪は重い。



「じゃあ…………おまえみてェな女に騙されてやってるあいつも…………哀れだな…」


顔が蒼い。本当に、きもちがわるいのかもしれない。

人の顔色を伺って、なんでもすぐに隠そうとする。そういうやつだ、ナミって女は。


「…………なに、……言って…………」


「くだらねェ。嫌なら嫌だとハッキリ言やいいだろ」


「………………」


「おれが……他の女を抱くだけで、嫉妬に狂ってどうにかなりそうだって……そういう意味だろうが……」


「……っ、なっ、何言ってんのよ!!違うわよ!!そんなこと思うわけっ、」


「わかんだよ。おれも…………そうだからな…………」


見開かれた瞳が石を投げた水面みたいに大袈裟に揺れた。

素直になることを許されない唇は、それでもその揺れを沈めようと薄く開く。



「言ってる意味が、わかんないわよ……わ、私が、なんだっていうのよ…」


「おれがそう思ってるように…………おまえもおれに、触れてェんだろ…」


「…っ、そんなわけっ、だいたい私にはルフィが……!」


「愛してるって言えんのかよ」


「………っ、」


石を投げる。波紋が広がる。心が乱れる。

睨むほど真っ直ぐに見つめると、その瞳がなにを映しているのかなんて、言葉にしなくても導き出せる。




「おれの目を見て、“ルフィを愛してる”と……言えんのかよ……」



「っ、」



罪、罪、罪、……


その響きをいくつ重ねてきただろうおれたちは。


盗みをはたらくより、人を殺めるより、重たく感じる罪はただ、


想い合うということだ。



「……あいつも……気づいてる……」


「………………」


「“ナミは嘘が下手だから”って……おれに言ってきやがった……」


「……っ、」


「もう……やめようぜ。見えすいた茶番劇はよ……」


「………………」


いつまでも空回りして、コップの中の嵐みたいに。

馴れ合いの論争を繰り広げる狂言は、もう御免だ。


ナミが、ひどく傷ついた顔をした。

その顔のままおれから酒瓶をずるずると奪い取る。

喉に絡み付くほど辛いその液体を直接口に運ぼうとするその手、

そこから酒を奪って、戸惑うその口に、自分の唇を重ねた。

何に塞き止められることもなく、一粒の涙がその頬を走った。

そんなに悲しそうな顔をするのなら、




「………いいぜ。おまえは、何も言うな……」


「……っ、ぞ、ろ……」


「節操のねェおれが、酔ったおまえにつけこんだ……それだけだろ……」


「……な、に……」


「ビビりなおまえが仲間のおれを、拒否なんてできるかよ……」


「………………」


「“あいつの女と知りながら、おれが無理矢理奪った”…………それで何一つ、嘘はねェ……」


「そん、なっ、」



脆い身体を力強く抱きしめると、罪の意識で息が止まりそうだった。

血も涙もないと言われてきたおれが、唯一のタブーに触れたその瞬間。

目眩がするほど重い大罪の代わりに手にしたものは、かけがえのないたったひとつ。





「おれは、どんなことをしてでも…………おまえが欲しい……」



「……っ、」



合意になんて、させはしない。


細い腕がおれの身体を抱きしめ返してくる前に、


血濡れたこの手で真っ白な手首を縛るように握りしめ、


無理矢理に、押し倒した。





外道、人でなし、目に余る不逞の輩……



…………上等だ。


喜んで、なってやるよ。





おまえを、手に入れることができるのなら…………






悪者






世界中を、敵にしてでも。










END

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