過去拍手御礼novels2

□乙女の純潔
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純潔なんて、とうに捨てた。


雪のように真っ白だった清らかな心と身体は、もう遠い昔のこと。

いつまでも、箱入り娘のように何も知らない赤心は気取れない。

そんなにぬくぬくとしたピュアな世界を、私は生きてこなかった。



だから、なのかな。



「…………ししっ」


「……なにをそんなにニコニコしてるのよ?」


「…んん?ナミとこうしてんのが嬉しいんだっ、おれ!」


にかっ。と笑って、甘えたな仔犬みたいに鼻先を擦り合わせたルフィが、

私を包む腕に力を入れる。

二人分の重みを受けてギシリと軋んだベッドが身体の奥を少しだけ疼かせたけど、

ルフィはそんなことに気づきもせずに、パチリパチリと瞬きを繰り返す。


光の届かない海の真ん中の闇よりも深い、濃黒。

何も知らず、濁りもせず、

なのに全てのものを飲み込んでしまいそうなその色に、私は時々切なくなる。


「……ほら、お子様はもう寝なさい?」


子供みたいな笑みを崩さないルフィに眉を下げ、

その瞳の色によく似た柔らかい髪の毛を指に通す。

わかっていたことだけど、いくら恋人同士、初めてのお泊まりだからといって、

ルフィにそういう雰囲気を求めるのは、やっぱり何か違う気がする。


「……眠いのか?」


「え?」


「ナミは眠いのか?」


「……いや、そういうわけじゃないんだけどね。あんたいつもこの時間寝てるじゃない?」


「………………」


「…………ルフィ?」


難しい顔をしてしばし押し黙ったルフィに、神妙な空気が辺りを覆う。

私より先に寝てもいいのか、ルフィなりに気をつかってくれているのかな。

そう思って頬を少し緩めた時だった。


「ガキ扱いすんなよ」


「え……?」


独り言のように呟いたルフィが徐に頭をうつむかせ、私の首に顔を擦り付けた。

素肌の感触がくすぐったくて、途端に甘い吐息が出そうになる。

そのままぎゅっと押し付けられた決して器用とは言えない唇に、それだけで全身がぞくりとした。


「……寝るの、もったいねェ」


「……ルフィ……?」


「ナミも、ドキドキしてんな」


脈を打つ血管に皮膚の上から食らいつくと、ルフィはその勢いで私に覆いかぶさった。

華奢なように見えて広い肩、しなやかなのに硬い筋肉、柔らかいのに大きな手のひら、

それら全てが意外だった。でも、一番信じられなかったのは、

ルフィの吐息が熱を帯びて、欲望の兆しを垣間見せたことだった。


「っ、ルフィ、どうしたのよ…」


「……んー、どうしたっつったらおまえ……」


耳の下を唇に挟んだまま、ルフィは私の手を握って引っぱった。

押し当てられたそこの隆起を感じて、私の頭の中は右往左往しだした。


「なっ、う、嘘!おっき、……じゃなくて!」

「……なにドーヨーしてんだ?」

「あ、あんたね!なっ、……なんで勃ってんのよ!?」

「おれにもわかんねェよ。けど、ナミに触るといつも……ここがムズムズするんだ」

「………………」


ルフィも「男」だったんだ。

かわいいキスや、愛着の表現みたいな抱擁で満足する、てっきり何も知らないと男の子だと思ってた。

ルフィはなにか言葉にならない声を小さく漏らすと、自分のズボンと下着の中に無理矢理私の手を入れた。

熱のこもったそれを押し当てて擦りつけると、首筋に貼り付いている舌や歯の動きにも加減がなくなった。


「ナミぃ…………いいか?」


初めて聞いた、愛しい男の上擦った囁きに、久しく感じることのなかった胸の高鳴り。

少女のように甘く苦しくなる、私の心。

それなりに経験してきた行為のはずなのに、どうして……


「……あ、あんた、意味わかって言ってるの……?」


「失敬だなおまえー、おれをなんだと思ってんだ?」


「……も、もしかして……したこととかあるの……?」


「いんや、ねェ」


その答えに私が人知れずホッとしてしまったことを、いったいどこの誰が責められよう。

ルフィは私の皮膚と自分の唇が水っぽい音を鳴らす度、握らせたモノをぴくり、ぴくりと顕著に反らす。

それでも動かない私の手に焦れたのか、自ら腰を揺らしはじめた。


「ちょ、ルフィ、」

「っ、きもちいい。……おれもう待てねェ。ナミも脱いでくれよ」

「あ、あんた、やり方とかわかるの?」

「んん、ぼんやり」

「ぼんやりって……」

「けど、……」

「けど……?」


身体を起こして上も下も脱ぎ捨てたルフィの豪快さに唖然としながら固まっていると、

重ねるだけの口づけの後、その顔が目の前で太陽みたいに微笑んだ。



「けどおれ、ナミとひとつになりてェ」



あまりに無垢な、輝く瞳。

海の煌めきと、澄んだ空の色と、世界の綺麗なものだけを詰め込んだような、純度の高さ。


私はいつだって、そこから目を逸らす。


直視するには、痛すぎる。


それと正反対の自分が、汚れていると感じてしまうから……。


「……ルフィ…」

「ん、ナミっ、はやく。…脱がねェならおれが脱がすぞ」

「………………」


丁寧とは言えない手つきで服を剥がしていくルフィにされるがまま、

視界の中で向かいの壁が大きく揺れる。

上から下までなにもかもを取り去ると、

ルフィはごくりと喉を鳴らして穴が空くほど私を見つめた。


「……電気、つけるぞ…」

「やっ、……」

「……もっとよく見てェんだ」

「やだっ、ルフィ…」

「っ、ナミ、大丈夫だからよ。……つけるぞ…」


光の下に晒されてしまったら、

私の中の、あさましいものを見られてしまう。

それが嫌で、サイドテーブルを探ろうとしたルフィの腕に絡みついた。


「やだっ!待ってルフィ…!!」

「っ!!ナミ……!!」


素肌が触れ合ったことで何かを刺激してしまったのか、

ランプに伸びようとしていた手は私の肩をベッドに沈めた。

初めて受ける、貪るような舌と唇、

初めて聞く、感極まった熱の吐息、

初めて与えられる、彼からの愛撫は、

自分本意で、順番もなにもあったものじゃない。

でも、そうして獣のように絡み付く視線だって、やっぱりどこまでも真っ直ぐで……


「……ルフィ、」


「ナミっ、もういいか?どこに挿れたらいいんだ?」


どうしてそんなに、なにもかもが純真なのか。

どうしたら、まっさらなまま、生きていけるのか。


私は、知りもしなかった…………




「やっ、ルフィ……」


「っ、悪ィ…!痛ェのか?」


あてがったそこから少し後ずさって、ルフィは不安そうに眉をひそめた。

身体の痛みなんて、とっくに忘れた。

きっとどんなに乱暴にされたって、私は何も感じない。

だけど、私の中にルフィを受け入れてしまったら……


「ち、がう………ごめ、ん……」


「ナミ…………?」


「だめ、なの……っ、ごめん……」



…………私の中の醜いもので、ルフィまで汚れてしまう。



「……どうした?おれとするのイヤか?」


「…………ちがう…でも、……できない……」


「……なんでだ?」


「なんでもよ……ごめん……」


じゃれあっていたさっきみたいに鼻先を擦り合わせたルフィは、

私の目尻にかかった滴を指の先で掬って、

その純粋な瞳の中に、私を映して笑ってくれた。


「できるぞ……」


「………………」


「だってよ、おまえ、……こんなに濡れてる……」


「っ、ルフィっ」


「おれも、……入りたくて、こんなに勃ってる」


「っ、」


「怖くねェよ」


「………………」


「ナミのイヤなものなんて、おれが全部ぶっ飛ばしてやるからよ、……怖がんな」


「………………」



闇より黒く、光より鮮やかな瞳がすうっと横に線を張る。

眩しくて、少し痛くて、

だけど心の芯まで痺れるくらいに愛しくて、

私は同じように、すうっと目を細めた。





「言ったじゃねェか。ナミとつながりてェ……それだけだ」


「っ、ルフィ……」



頑なだった心は解け、私は彼を受け入れた。



「ナミっ、…………くっ、」


「……んっ、あっ…!」


「っ、はっ、……すげェ……」


「ルフィっ、……ん、」


「……なァ、ナミっ、」


「あっ、……なに…?」



あまねく星の下、


ちっぽけな私を、あなたはいとも簡単に見つけ出し、手を引いた。


その瞬間から、つながれたその場所が、


ずっと、強く、訴える。





“この手を放すな”





「どこまで深くつながれるのかな、…………おれたち……」





純潔なんて、とうに捨てた。


雪のように真っ白だった清らかな心と身体は、もう遠い昔のこと。


この身体で、この手で触れてしまったら、


純粋で、綺麗なものに傷がつく。そう、思ってた……





………………けど、






乙女の純潔






それ以外のなんと呼ぼう。


あなたを想って甘く泣く、熱と痛みのこの胸を。






END

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