過去拍手御礼novels2

□好きな子イジメ
1ページ/1ページ





気に入ったものは、ずっと手の内に入れておきたいものだろう?


手放して、それを誰かに盗られるなんて、不愉快以外のなにものでもない。


おれは、自分のモノを他人に触られるのが死ぬほど嫌いだ。


そのものの全てが、おれだけに向いていればいい。


そのものの全てが、おれだけのものであればいい。


もし他の誰かのものになるくらいならいっそ、



…………壊してやる。



おれから離れることは、許さない。


いつでも、どこでも、おれのものだと、実感したい。


そのためには、どんな手段が有効だと思う?



それは…………






「ちょっとロー!話聞いてる!?」


「うぜェ。読書中のおれに話しかけるな」


広げた本のバックで、カツリというヒールの音と一緒に白のワンピースの裾がひらりと揺れた。


「何悠々と読書に勤しんでるのよ!もう約束の時間とっくに過ぎてるんだけど!」


「………あ?約束……?」


いかにも訝しげに眉を片方上げてやれば、ナミはその表情に一抹の不安を滲ませる。

そんな変化にも興味のないふりをして椅子ごと向きを変えたおれの背に、弱々しい声が落ちてくる。


「……まさか、忘れたの……?」


「……だから、なんの話だ」


途端、騒がしさを失った昼過ぎの食堂に、

悲壮と共に息を吸う、か弱い音がひとつ鳴った。


「……今日は、一緒に街に降りてくれるって……約束したじゃない……」


「………そうだったか?」


なんでもないようにそう言って立ち上がり、キュッと唇を噛んだナミの横すれすれを通りすぎる。

長い睫毛に守られた瞳が一瞬だけ滴で光ったのも、見えないふりをした。


「……っ、ちょっとロー…!」


「……いちいち声を上げるな。うるせェ」


「私の約束と医学書っ、どっちが大事なわけ!?」


見下ろすように振り返ると、何かを懇願するような瞳が必死におれを見上げていた。


「………答えるまでもねェな」


「……っ、」


すがりつく細い手を振り払って歩き出すと、唖然と立ち尽くしたまま、ナミはそれ以上追っては来なかった。

食堂の隅にべったり座ってコーラ片手にその様子を伺っていたシャチの隣に座る。

壁に浅くもたれたシャチが、好奇心旺盛な瞳でおれを見上げた。


「放置プレイっすか?相変わらずつれない男っすね」

「おれが聖者みてェに慈悲深かったら、逆に怖ェだろうが」


確かに。と頷くと、シャチは食堂の真ん中で立ちすくむナミをチラリと見た。


「……しっかしいくら好きとはいえ、船長の冷たさによく耐えられるよなー。おれが女だったら1日で根を上げます」

「あいつはマゾだからな。これくらいで丁度いいんだよ」

「あー、けどなんかわかります。普段強気なナミが船長にいたぶられる姿って、そそりますよねー」

「あァ……?人のもんで勝手にそそられてんじゃねェ。てめェ……潰されてェのか」


ギロリ、横目で睨むとぴりっと肩を張ったシャチが「な、何をデスカ」と冷や汗を流した。


「け、けど、そのうちマジで泣きますよ?ナミのやつ。いいんすか?」

「わかってねェなァ……」


弱々しいヒールの音が近づいてくる気配に、にやつく口元を本で隠しながら囁いた。


「あいつの泣き顔ほど、そそるもんはねェんだよ」


「やっぱあんた生粋のドSですわ」という納得したような、呆れたようなシャチの声が聞こえた気がした。


「…………ロー……」


「………………」


「……本当に行かないの?」


「………………」


「………………」


整えられた爪先には春島によく映えるピンクのネイル、

裾の広がったワンピースにはそれより濃い色をした控えめなコサージュ、

いつもより大人っぽい化粧をしたその顔は、今や迷子の幼子のように歪んでいる。


「読み終わるまで待ってるから…」反応のないおれにそう言い残すと、

ナミは食堂の片隅の席を陣取った。

ちらちらこちらを伺うナミを見たシャチが、

「健気でかわいいっすねー。おれあぁいうのたまんないっす。抱きしめてやりてェ」と懲りずに呟いたものだから、きつめに肘を喰らわせておく。


あれもこれも、他の野郎のためにあるものじゃない。


あいつの全てが、おれだけのものだ。



ーー−−



「…………ロー…」


「……まだいたのか」


たっぷり時間をかけて読み終えた医学書をシャチに預ける。

ナミに対する素っ気ないおれの口調に、シャチは気の抜けたため息をついた。


「……これから街に降りる?」


「………………」


「…………ねぇ、」


「………………」


ナミには目もくれず、食堂を出る。

そのまま街に降りることを期待しているのか、ナミはそんなおれの後ろを小走りでトコトコと着いてくる。

甲板では、傾きはじめた太陽がオレンジ色に染まりながら、おれたちを出迎えた。

その中できもちよさそうに眠る何も知らない白熊のもとへ、真っ直ぐに歩いていく。

船の縁にもたれて出納帳と睨み合っているペンギンの前を、

ポケットに手を入れたまま通りすぎたところで、

ナミはおれが陸に降りないことを悟ってゆっくりと足を止めた。


「…………ん?どうしたナミ、そんなところに突っ立って……」


「…………ペンギン…」


様子のおかしいナミに気づいたペンギンが、優しく声をかけるのが背中に聞こえた。

船首の方で横たわるベポの腹に腕であぐらをかき、

ふたりの様子を正面から薄目で眺める。

膝をかかえて何かを訴えるナミの髪を、困ったように眉を下げたペンギンが、

丁寧な手つきで鋤いている。



……それ以上触れてみろ。てめェのその腕切り落とすぞ。



殺気に気がついたペンギンが、西陽に目を細めながらおれを見た。

薄く笑った口元で何かを囁くと、その手はさらに、俯くナミの頬に優しく触れた。




……………てめェ死にてェか。



鋭く睨んだ直後、ペンギンは至極可笑しそうに口元を緩ませながら、

帽子で顔を半分隠し、ナミの頬から手を引いた。

なんとも面白くないふたりの様子に黙って目を閉じると、

しばらく経って、いつものようにおれに近づいてくる足音が聞こえた。


…………そうだ、おまえは、


おれの後だけを、追ってくればいい……



「…………ロー…」


「………………」


何も答えず、目も開けず、じっとベポに寄りかかるおれに、

また一歩、その足が近づく。

仲間を探すようなカモメの鳴き声が、何故かとても切なく響いた。



「……まだ時間あるし
……夕飯だけでも外で食べない……?」


「………………」


「……せ、せっかく来たし……私まだ船に戻らなくても平気だから……」


「………………」


「…………だ、だから……っ、」


「………………」


くるりと横に寝返って顔を背けたおれに、

ナミが小さく喉を詰まらせた。

それでも瞼を上げずに黙っていると、とうとう嗚咽まじりの声が聞こえてきた。


「っ、ろぉっ、……なん、でよ……」


「………………」


「ローは、私のこと、……っ、好きじゃないの……?」


「………………」


「ひどいっ、なんで、いつもこんなに、冷たくするのよ……」


「………………」


「答えてよっ、……ロー……」


「………………」


鼻をすする音と、しゃくりをあげるナミの声が鼓膜を包む。


……やはりおれは、相当イカれているんだろうな。


こいつが、おれのことで心を乱して感情を露にする。


その瞬間に、狂うような快感が心を満たす。



「……もうっ、いい、……ペンギンに、着いてきてもらうからっ、」


「ナミ」



今日初めてその名を呼んだおれに、

踵を返そうとしていたナミが、ゆっくりと立ち止まり、振り返る。

片目を開けて人差し指を一本曲げてこちらに促すと、

目を丸くしたナミが、戸惑いながらふらふらと近寄ってきた。

手の届く範囲に入ったところで細い腕を掴み引っ張ると、

バランスを失ったその身体がいとも簡単におれの上に倒れこむ。


「……覚えておけ。おれの前で他の男の名を口にしたら絞め殺す」


「なっ、……だって、」


「言うことが聞けねェならその舌抜いてやる」


「……そんな、勝手っ、…」


「いじけやがって、バカ」


「……っ、だって、ローっ、」


「もう化粧の意味ねェな」


「………………」


顔を隠そうとしているのか、ナミはおれの肩に額をつける。

粗く髪を鋤くと、柑橘系の甘酸っぱい匂いが鼻先をくすぐった。



「…………夜の方が、雰囲気出るだろ……」


「………………へ?」


耳に息がかかるように口を近づけ囁くと、

ぽろぽろと溢れていた涙がぴたりと止み、その代わりに白かった頬が朱に染まっていく。


「おまえ、いつかおれと夜景でも見に行きてェとか面倒くせェこと言ってただろうが……」


「………………」


「飯はホテルの最上階だ。それでも不満なら、ペンギンとそのへんの飲み屋にでも行け」


「……………な、」


「…まァそのときは、舌抜くくらいじゃすまねェがな」


「っ、ロー……っ」


顔をぐしゃぐしゃにしたナミがふるふると首を振ると、その瞳から再びキラキラと滴が散った。


「やっぱりおまえ…」


「……っ、ぅっ、……」


「泣き顔が、一番そそる……」


「……!なっ、」


「そのカオ見てると、もっと痛めつけてやりたくなる」


「…なっ、ば、ばかぁっ、なんでそんな、いじわる……!」



気に入ったものは、ずっと手の内に入れておきたいものだろう?

手放して、それを誰かに盗られるなんて、不愉快以外のなにものでもない。

おれは、自分のモノを他人に触られるのが死ぬほど嫌いだ。

いつでも、どこでも、おれのものだと、実感したい。

そのためには、どんな手段が有効だと思う?


それは、おれの存在に翻弄される姿を見ることだ。


どこまで意地悪をしたら、反抗してくるのだろうか。

どこまで苦しめたら、おれから離れていくのだろうか。

どこまでおれの背中を追ってくるのか、試してやりたい。

好きだと訴えながら近寄ってくる足音を、ずっと聴いていたいから。


見つめてくる瞳が涙で濡れるその度に、


おれはその存在を、隅から隅まで独占できる。



「……どうしておれが、おまえにばかり意地悪するのか、だと……?」


「っ、」



悪戯に目を細めて、その唇にほんの小さなキスを落とすだけで、ほら、


こいつの全てはもう、おれのもの。



おれだけの、もの………






好きな子イジメ






愛するほどに、泣かせたい。





「ひ、ひとりで入るからローはまだ夜景でも見てて…!」
「何言ってやがる。身体を洗ってやると言ってんだ。……親切に」
「あんたと一緒にお風呂入ったら確実にのぼせ、」
「うるせェ。今ここで真っ裸になってベッドに繋がれてひたすら視姦されるのとどっちがいい?」
「!!!」
(その反応…やめられねェ)
(いっ、いじわる…!)





END

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]