過去拍手御礼novels2

□裏切り
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「あっ!ずりィぞコタツ!」


「この吹雪の中、半袖半ズボンで雪合戦してたやつがよく言うわよ」


「そういやおまえなんでここにいんだ?」


「見ての通り、“コタツで蜜柑”してんのよ。あんたも食べる?」


「食うーっ!」


真っ黒なのに、どうしてそんなにきらきらしてるの?


この瞳について、昔ナミにそう訊かれたことがある。


それは、映しているものがきらきらしているからなんだ。


目の前のナミを見て、そう思ったのを覚えている。


おれは、住み慣れた男部屋を小走りで横断し、迷わずナミの隣にもぐりこんだ。


「……なんでここよ。そっち空いてるじゃない」

「いいじゃねェか。寒ィんだ。くっついた方があったけェだろ?」


言う人間によっては身の危険を感じさせるそんな台詞も、

おれの口を通すとナミはいとも簡単に聞き入れる。

どうやら、どう言っても「いやらしい」響きに聞こえないらしい。

それをナミは不思議だと思っているみたいだけれど、

そんなナミを不思議に思っているのは実はおれの方。

……いやらしい考えがなかったら、わざわざくっついたりしねェのに。


「まぁいいけど……はい、一個だけね」

「ん。サンキュ」

「……なによその口は」

「食わせてくれ。手ェ洗ってねェ」

「……もう、しょうがないわね」


食べるつもりで皮を剥いていたらしい蜜柑を、一個ずつ「あーん」の形の口に入れる指先。

私、こんなに大きな男の子の母親だったっけ?みたいにぼやっとしたその顔が憎たらしくて、

指ごとかぶりついてやりたくなる。

おれと顔を突き合わせると、ナミは必ず不思議な穏やかさに包まれたようなやさしい瞳になる。

おれはそれが大好きだけど、なんだかいつも、モヤモヤした。


「うまかった!」

「当然」

「…んー。なんか眠ィよなコタツって。……ナミ、足借りるぞ?」

「ちょ、ちょっと!なにしてんのよ!?」


もぞもぞ帽子の紐を頭から抜き、

「だから借りるって言ったじゃねェかよ」と柔らかい膝に頭を乗せる。

居心地の良い場所を見つけると、ナミを見上げてゆっくりと瞬きをした。

あどけない仕草に見えたのか、怒ることも忘れて思わずおれの頬に伸びてくる手のひら。

例えばこれがおれ以外の異性だったなら、文句のひとつでも浴びせられ、三発ほど殴られておしまいだろう。


……でも、おれは違う。

ナミにとって、おれは特別だ。

恋人のあいつ以外に、おれだけがこの距離を許される。

ナミの中に存在するひだまりみたいな母性が、なんのためらいもなくそれを受け入れる。


……この愛は、無償だ。



「ナミー。晩メシになったら起こしてくれよな」

「さぁ、どうしようかしらね」

「どうしようもこうしようもねェぞ。船長命令だ」

「はいはい、キャプテン」


満足げに笑ってごろりと横を向いたおれは、

頬を触っていたナミの手に自分の手を重ね、そのまま口元に寄り添わせた。

指先に感じるおれの息に、くすぐったいとくすくす笑う。

ぎゅっと手を握ると、その手を握り返してくれるナミに、おれの心はまどろんだ。

片手を塞がれたことで食べられなくなった蜜柑を苦笑しながら見つめるナミに、

さっき食べたそれよりも、甘くてやさしい気持ちになれた。



ーー−−



「……あ?おまえここでなにしてんだ?」


どれくらい眠っていただろうか。

聞き覚えのあるその声で目が覚めた。


「コタツで蜜柑よ。寒いの、女部屋」


へェ…とさほど興味無さげに相槌をうったゾロは、部屋の中央まで歩いたところでピタリとその足を止めた。

ナミ以外に人がいるとは思わなかったのか、膝枕で目を閉じているおれに当てた視線が、

おばけでも見るかのように訝っているのが、雰囲気だけで感じ取れる。


「………………」

「この気温じゃ見張り台も寒そうね。毛布取りに来たの?」

「……まァそうだが……つーか、なんだよそれ……」

「あ、これ?あんたも食べる?特別にタダにしてあげる」

「いや、そっちじゃねェよ」


そうは言いながらもトコトコとナミの横まで歩いてきてしゃがむと、

手に取った蜜柑の皮を豪快に剥き口に入れながら、

ゾロは「そいつ」と、ナミの膝の上で丸くなるおれを指した。


「ふふ。かわいいでしょ?こうしてると仔犬みたいじゃない?」

「仔犬って……まァ見えなくもねェけどよ」

「子供がいたらこんな感じなのかしら。あ、でもルフィみたいにやんちゃだったらたいへ、……」


記憶にしみついた匂いが近づき、ふいにナミの声が途切れた。

目を開けなくても、わかる。

頭上から聞こえた微かな水音が、おれの身体中の水分を渇かした。


「つくるか?」


「…………え、」


「コドモ」


「…っ!」


ニヤリと愉しげに呟いたゾロに、ナミの声は再び塞がれた。

ゾロの膝が床を擦る音と、衣服のこすれる音がする。

ぴくり、握っていたナミの手に力が入った。

吐息、水音、吐息、沈黙、衣擦れ……

気が遠くなるほど、長い時間に思えた。

今すぐ起き上がってゾロを殴り飛ばそうかという考えが、5回くらい頭をよぎった。

でも、目を開けてその光景を目の当たりにする勇気が到底ないのも事実だった。


「バカ…!ルフィが起きるでしょ!」

「あ?……起きねェよ」

「誰かきちゃう…」

「誰もこねェ」

「…も、もう!やめてってば!」

「そう言いながら興奮してんじゃねェか。ほら、勃ってるぜ?」


囁かれた言葉に、ナミが全身をぴくっと揺らした。

その手のひらから熱気が伝わり、健全なおれの下半身も反応する。

ゾロは今、ナミのどんなとこを見て、触って、舐めているのか。

それを思うとドキドキして、気が狂いそうになって、そして腹の底がじくじく疼いた。

すごく腹立たしいのに、もっとその先を覗いてみたい。

そんな変な感情が、心の奥で悲鳴を上げた。

しかしそんなおれの存在が、ナミの理性を引っ張り戻したようだった。


「だめ。……今は我慢して」


一拍の間を置いたゾロは、ゆっくりとナミから離れた。


「そうか。そんじゃあ後でたっぷりな」

「……なっ、」

「寒ィなら上まで閉めとけよ」

「………………」


ジジジッとナミのパーカーのファスナーをいっぱいまで上げると、

ゾロは自分のベッドから毛布を持って扉に向かった。


「…………おまえさ、」

「な、なによ……」


いまだ火照ってそわそわしているナミを振り返り、ゾロは一瞬真剣な雰囲気を漂わせた。

ナミがなに?と促すと、閉じた瞼ごしに、ゾロの視線と一瞬だけ目が合ったような気がした。


「…………いや、なんでもねェ」


「……はい?」


「ごちそうさん」そう言ったゾロに、ナミはますます身体を熱くした。



「……なんなのよ。変なやつ」


……なんか、負けてる気がするのよね。こういうところ。

ゾロが去っていった後の扉を眺めながらぶつぶつぼやくナミの意識をおれに向けるように、

その手を、ぎゅうっと握った。

はっとしておれを見たナミと、寝起きの掠れた声で呻いてゆっくりと瞼を上げたおれと、目が合った。


「……ごめん、起こしちゃった?まだ晩ごはんの時間じゃないわよ」

「……んん、そっか…」


くわっと欠伸をして、

ナミの手を解放した手でミニスカートの太ももをひと撫でしてみた。

聞こえてくるのは制止の声ではなく、愛情を滲ませた微笑み。

枕にしがみつく寝起きの子供みたいだわ。

まったく悠長に、そんなことを考えているであろうナミ。


……警戒心、ゼロ。


いくぶん冷めた思考のまま、その手を足の間にゆっくりと侵入させた。


「……ちょっとルフィ?」


内ももを撫でさするおれに、さすがに訝しげな声が降りてきた。

それでも不快感というよりは、不可思議といったような惚けた声だ。


「……悪ィ。つい」


「…ついっ、て………」


ぐるりとナミの腹の方を向いて、細い腰にしがみつく。

そのまま柔らかい身体をずるずると這い上り、隙間がなくなるくらいぎゅっと腕に抱く。

一瞬躊躇したものの、ナミはすぐにおれの背中に手を置いた。


「ナミぃ……」

「……どうしたのよルフィ……怖い夢でも見たの?」

「ナミ、」

「……ええ。ここにいるわよ。心配いらないわ?」


ナミは、エースが死んでから、ときどきこうしてやさしくおれを包み込む。

その手のひらに、母親の温もりを孕ませて。


……けど、違うんだ、ナミ。




「ナミ、…………キスしていいか……?」


「…………え?」



ナミの全ては、氷のようにストップした。

顔を突き合わせても、その瞳はいつもみたいな穏やかなものではなく、驚きに大きく見開かれている。

こいつはおれを、どこまで信用していたんだと、なんだか可笑しくなってきた。

男が女に寄り添う理由など、たったひとつしかないというのに……

それを、知らないわけじゃないだろうに。

ナミの中で、おれという存在はどうしても、その対象の外にいる。

塗り替えられないそれが痛くて、その対象の中にいる他のやつらが羨ましかった。

いつまで経っても信じられないというような顔をしているナミに、

顔の角度を変えて近づいた。

パサリ、足に当たった帽子が無機質な音を立てる。

その音にはっとしたナミが身を引いたのを、やさしく引き寄せる。

「なんで」と呟いた唇に怒りや哀しみや嫌悪はなく、ただただ疑問が浮かんでいる。


「……おまえらのせいだぞ。おれもしたくなった」

「あんた、……まさか起きてたの?」

「ゾロがいいならおれもいいだろ?」

「……ち、違う。そういう問題じゃないわ」

「じゃあなんだよ」

「……あのねルフィ、恋人がいる人とはそういうことしちゃだめなのよ」

「“ゾロが好きだから”って言わねェんだな」

「……な、」


はっとしたようにたじろいだナミと、唇すれすれで見つめあう。

崩したくて、崩せなかった、いろんなものや関係が、

大シケの海のように、グラグラと波を立てた。

おれはただ、いつものように、思ったことを口にしている。

なのに、ナミにとってはそれが天変地異だった。


「知ってる。……ナミの“いちばん”は、おれだって」

「………………」

「けどそれは、ゾロの好きとは違ェんだ……そうだろ…?」

「………………」

「どうしたら、……そっちの好きになってくれるんだ?」

「……る、ルフィ、あんた…何言って……」

「……してェんだ」

「……え?」


きらきらしてると言ってくれたこの瞳で、ナミを見つめる。

そこにどんなに醜く汚い色が混ざっていても、ナミはこの瞳を綺麗だと言うのだろう。


「おれも、してェんだ。ゾロがナミにしてるみてェなこと」

「…………なに、」

「見たり、触ったり……なァだめか?」


ジジジッ……ファスナーを下ろすと、ナミはやっとその考えに行き着いたのか、激しく動揺した。


「なっ、何言って、ルフィ、何言ってるのよ…どうしてっ、」

「どうしてって、おれもゾロと同じ男だぞ」

「……でもっ、」

「なァ、…挿れるって、どんな感じだ?おれ、おまえに触るといつも熱くなって。もうっ、したくてしたくてたまんねェんだ、……おまえと、」

「っ!う、嘘でしょ……冗談やめてっ、」

「冗談でこんなこと言わねェよ。おまえ、おれのことなんだと思ってる?女にはキョーミねェとか本気で思ってたのか?“純粋”だとかよ…」

「………………」

「………期待はずれか?おれだけは、違うって。そういう目で仲間を見るはずねェって……」

「……っ、」


ナミが、ひどく傷ついたような顔をした。

図星をつかれたことに対する戦きと、ルフィに限ってそんなこと。……そういう顔。


「……知らなかったか……?」


「………………」


「おれ、おまえのこと女として見てんだぞ……」


「……………ル、」



でも、重ねた唇は、拒まれなかった。

拒まれないことを、おれは知っていた。



「………………」


「………………」


「…………これってよ…」


「………………」


「………裏切り、なのか……?」


「っ、ルフィ……」



おれが、ゾロを裏切ったのか。


ナミに、ゾロを裏切らせたのか。


それとも、おれがナミを、裏切ったのか。


きっと、事実としてはそうだけど、でも、どこか違うんだ。


純粋な子供でも、聖人君主でもなくたって、


ナミにとっておれは、本当の意味で“特別”だから。


恋人のあいつ以外に、おれだけがこの距離を許される。


たとえゾロを手放すことになったって、ナミは絶対におれを……


…………手放さない。


その瞳に映っている理想や憧れとはかけ離れた、どんなに俗で歪んだおれだって、


ナミの中に存在するひだまりみたいな母性が、否が応でもそれを受け入れる。



……この愛は、無償だ。





裏切り






己の心に従うために。






END

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