過去拍手御礼novels2

□好きで、好きで、嫌になる。
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ずっと前から、私の夢に居座っている人がいる。


夢の中のその人は、現実と同じで忙しい。

もぐもぐ食べる、突然寝る、礼儀正しい、身軽、笑顔が眩しい……


彼が出てくる夢に、哀しんだり、喜んだり、ドキドキしたりと、私もまた忙しい。

実際には数度しか会ったことはないし、言葉を交わしたのだって数えきれるほどだけど、

度々夢の中で私を翻弄する彼に、気づけば、私は…………



ーー−


「ナミ」


たった今の今まで夢に見ていた面影をそのままに、闇の中、じっと私を見下ろす人。


「…………ん?……えーす……?」

「おう。そうだ、おれだ」

「………………」

「…………ナミ?」

「…………あ、夢ね」

「……だめだ、寝ぼけてやがる」

「あー…違ェんだ。さっきまでべらぼうに飲んでてな…酔ってんだ、こいつは」

「……ん〜っ、ちょっ、とぉ……」


硬いのに温かい頭の下のものが、私を起こすようにゆさゆさ揺れた。

それだけで頭がガンガンして、文句のひとつでも言ってやろうかと口を開いたが、出てきたのは言葉にならない呻き声だった。

今さらながら、寝る直前まで酒を酌み交わしていた人物の存在を思い出す。

そういえばここは甲板で、いつもの剣士と調子よくへべれけになったはいいが、そこから先の記憶がない。


「……へェ。こんなに飲ませてどうするつもりだったんだ?剣士くん」

「……茶化すな。どうもこうもねェよ、こいつはいつもこんなもんだ……それより、起こすか?ルフィのやつ」

「いやいいんだ。明日の朝みんなに挨拶するさ。気ィつかわせて悪ィな」

「……そうか、別にいいけどよ……おい、おまえもいい加減起きろ」

「ん〜〜……」

「……ったく仕方ねェなァ…」


行き交う言葉を理解しようと頭の中で反芻してみたが、無意味に終わった。

ゾロは、硬い膝にしがみついて転がっている私の身体の下に手を入れた。


「あー……オイオイ!」

「あ?……なんだ?」

「そいつはおれが運ぶぜ。女部屋でいいんだろ?」

「…………あ?」

「いや、その、剣士くんも飲んでんだから、……あ、危ねェしよ…」

「……だがおれは、そんなに酔っちゃいねェが……」

「まァまァいいから!あ、おれは甲板でもどこでも寝られるんでおかまいなく。世話になります」

「………………」

「………………」


一瞬だけ訪れた沈黙が、私の意識を再び夢の中へ引きずり込もうとした。

しかしふわりと身体を包んだ温かい匂いが、脳を起こすように誘う。

…………確かこれは、太陽の…


「……そうかよ。じゃあ、頼むぜ」

「あァ、おやすみ剣士くん」

「…………おう」


サクリ、サクリとひとり分の足音が遠ざかる中、私の身体を横抱きに抱える人物をぼんやりと眺めてみた。

耳に届く声も、肩に伝わる温もりも、目に入るそばかすの散った顔もやけにリアルで、

その人はどうやら夢に居座っている人の、本物バージョンらしかった。


「……ナーミー?」

「………………ん、」

「おーい。起きてるかー?」

「…………エース」

「おう!夢じゃねェぞ?」

「…………なんで」

「なんで…?……あァ、たまたま通りかかったんでよ」

こんな得体の知れない海を、こんな真夜中に航海するなんて、とんだ危険人物だ。

船に上がった途端、敵だと勘違いしたゾロに斬られそうになったこと、

今夜はこの船に泊まっていくことなどを説明するエースの顔をじっと見て、私の頬は自然と緩んだ。


……夢にまで見た、本物のエースだ。



「………エース」

「……おう。……っておまえ、おれの話聞いてねェな?」

「エース…っ!」

「どわッ!!?」


酔った勢いに任せ、エースの言葉を無視して逞しいその首にしがみつく。

自分の思いのままに行動する気の大きな私に、エースはくくっと可笑しそうに笑った。


「…………会いたかったわ……」

「………………」


今だけでいい。お酒のせいにして、夢にまで見るこの人に甘えたい。

愛しさのまま、広い胸板に頬をすりつける。

エースが、私の頬に手を添えた。

ゆっくりと上を向かされて、次の瞬間には、真っ黒な瞳が目の前に。


………………キスを、された。



「………………」

「………………」

「…………さァて、そろそろ部屋に戻るか」

「………………す、き」

「………………」


立ち上がろうとするのを阻止したくて、エースの腕をぎゅっと握った。

一度溢れた言葉を塞き止める術なんて、私は知らない。


「好きよ……」

「…………おう」

「……好きっ、……好きなの、私は、あんたが……エース…」

「あァ………おれもだよ」


やさしく細められた切れ長の瞳が、私の中からもどかしさと悔しさをえぐり出す。

たった2つしか違わない彼が、すごく遠いところにいる気がして、突如として、泣きたくなった。


「……ち、ちがうもん……」

「…………なにがだ?」

「うそ、つきっ、」

「………………」

「………そういう、ことじゃないわよ…っ、」

「………………」

「私の気持ちなんて、あんたには、わかんない…!」


しがみつくのをやめて、手の甲で目を塞ぐ。

瞼を閉じても、開いても、

燦々と燃えるその炎は、消えてなんてくれないのに。


「…ちょっとまて。好きって言ったり嫌いって言ったり……どっちだ?」

「……っ、嫌いよっ!あんたなんて、だいっ嫌いっ!」

「……へェ、そうか。まァいいぜ?おれはそれでも好きだしな、……おまえのこと」

「っ、なに、よ……」


夢の中の彼は、現実でも私を翻弄する。

くせっ毛で、愛嬌があって、天然なのにしっかり者で、正直で、ちょっと意地悪で背の高い彼に、

私は、哀しんだり、喜んだり、ドキドキしたり…………


「……どうしたナミ。なに怒ってるんだ?」

「…なによっ、どうせあんたにとって私は、ただの、弟の、仲間で……」

「………………」

「どんな女の子にも、やさしくてっ、……みんな好きなくせに…」

「………………」

「…わ、私が言ってるのは、そういう好きじゃ、」

「ひとりだけ……」

「……え?」

「ひとりだけいる……嫌いな女……」

「………………」


瞼の上で震えていた私の手を痛いくらいに握り払って目を合わせたエースは、真剣な顔で呟いた。



「おれは、おまえが嫌いだよ」


「………………」


「無防備に男の前で酔っぱらって、ふらふらして、」


「………………」


「どんな目で見られてるかも気づかねェで、おれの前で、仲良いところ見せびらかして……」


「………………」


「もし、他の男のものにでもなろうもんなら………そんなおまえなんて、……おれは、嫌いだからな」


「………………な、」


「まだわからねェか?」


「………………」



それって、どういう……


惚けた顔で瞬きすると、エースは大きな瞳の焦点を、最多距離で私に当てた。




「惚れてなきゃ、……剣士くんに妬いたりしねェさ」


「……っ、」


私の熱だけではない体温を彼の身体から感じて、

夢うつつだった頭の中は、朝告げ鶏が鳴ったかのように途端に冴えた。


「そっ、……そういう思わせぶりなことばっかり言ってると、ホントに嫌われるんだからっ…!」

「言ったじゃねェか。嫌われてたって、おれは好きだって」

「……さっ、さっき!私のこと、嫌いって言ったくせに…!」


顔を真っ赤にして吠える私に、エースは子どもを宥めすかすように肩をすくめる。


「おォ、ホントだよなァ。自分でも、ひとりの女をよくもまァここまで嫌いになれるもんだと、不思議だよ」

「っ、」

「周りの男みィんな惹きつけてイライラさせるし、好きだとか、嫌いだとか言って翻弄するしよ、おまけに夢にまで出てきて惑わすし、なんつー女だ」

「……そ、それは、こっちの……」




ずっと、夢の中に居座っている人がいる。

現実でも私を翻弄する彼に、

哀しんだり、喜んだり、ドキドキしたり、私はとても忙しい。


腹が立つほど、その人のことが気にかかり、

苦しくなるほど、その人のことでいっぱいで、

嫌になるほど、その人のことを想ってる。



「久々に来てみりゃあ、呑気に他の男と仲良くしやがって……」


「………だって…」


「おれが今までどんな気持ちだったか知ってて…そんなことしてんのか?」


「…………ち、が…」


「……憎たらしいやつ」


「……っ、エース……」


「あーあ、とんだ小悪魔に入れこんじまったなァ、おれも」


「………………」


「……もう、うんざりだ……」


「………………」



浅くため息をついた彼が、今にも泣き出しそうな私にチラリと視線を寄越した。


咄嗟に顔を隠した手が引き剥がされ、きつく握られる。


熱くなった私の手のひらに大きな唇を押し当てて、彼は、


ほとほと困り果てたというように、くしゃりと笑った。




「おまえのことが好きすぎて、………うんざりする」






好きで、好きで、嫌になる。







「おいルフィ起きろ」
「……ぐがーっ」
「……兄貴が来てるぜ?」
「えっ!?エースが!?」
「あァ、おまえに会いにな」
「ホントか!?エースーーっ!!」
(……まァ、他の目的もあるみてェだがな)





END

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