過去拍手御礼novels2

□恋愛反抗期
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バラが刺の中に咲くように、恋は怒りの中に咲いて燃える。


……と言う、人がいる。


何かが違うと思った瞬間に、度肝を抜かれるような感情と巡り会う。

突然襲ってくる灼熱で、身体中はまるで火だるま。

放っておくといつの日か、消せないほどの大火事に。




ーー−



「……おまえ、いーかげんにしろよな!」


「は?…………え?」


あっという間に甲板を横切り去っていった何かに、私は間抜けな声を出して振り向いた。

約3メートルの道程で少しばかり中身の減ったそれを、ごくり、ルフィが飲み込む。

私はそこで、自分の手からグラスが消えていることにやっとのことで気がついた。


「なにすんのよルフィ!?」

「おまえがぼーっとしてっからだぞ!」

「はぁぁ!?返しなさいよ!私のお酒〜!」

「うるせェ!ナミおまえ!船長として言わせてもらうけどな!飲みすぎだッ!」

「いやおめェは食い過ぎだよ」


突っ込みを入れたウソップの奥で、ルフィはふんっと鼻を鳴らした。

…………なによ、いい度胸してんじゃない。


「……あんた、ルフィのくせに生意気ね。ちょっと顔貸しなさいよ」

「……知ィらね」


くるりとそっぽを向いたつれない背中に、私の眉間は皺になる。

いったい何が気に入らないのか、反抗的な態度をむき出しに、

あぐらをかいたその膝小僧が、貧乏揺すりで揺れている。

イライラ、イライラ、

最近、ルフィはいつもこうして私を困らせる。



「そう騒ぐな……酒の一杯くらいで」

「……え?」


立ち上がろうとした私の腕を、隣の男の大きな手がぐっと引いた。

促されるまま元の位置に座り直すと、手には飲みかけのグラスが握らされた。


「くれてやる」

「え?でもあんたが…」

「おれはもういい」


私に酒を譲ったトラ男くんはと言えば、片膝に腕をかけてその長さを持て余し、したたかに目を細めて今夜の半月なんかを眺めている。

その落ち着きぶりを見ていると、たかが酒の一杯くらいで揉めている自分が無性にバカらしくなってきて、

私はルフィへの怒りを忘れたかのように、すっかりおとなしくなってしまった。


「…………あんたいいやつね」

「礼なら喜んで受けてやるが?」


チラリ、目が合った瞬間に、

闇の中に光る藍の瞳が気まぐれに弧を張った。

そのひとつひとつに何か含みを持たせたような、視線、言葉、動作。

そこに何か意味があるのなら、掬ってみたいと思う好奇心。

ゆっくりと肩を竦めて喉を鳴らした彼に、見入ってしまっていたことにハッとして咄嗟にグラスの酒を口に運ぼうとした。


「………………って、え?」

「船長命令だって何回言やわかんだ!学習しねェやつだなーナミは!」

「おー、いいぞルフィ。その魔女に好き勝手飲ませたら樽単位で酒が減るからなァ」

「いやおめェが言うなよゾロ」


再び影も形も無くなったグラスに、軽くなった手をふるふると握りしめて拳をつくる。

キッと三角にした目を向けると、ルフィが完全に据わった目付きで睨み返してきた。

バチバチと、火花が散る。


「…………あんた……覚悟はできてんでしょうね……」

「おう!やるか!?」

「ひェェッ!やめろルフィ!ナミを怒らすな!ひ、必殺!ケチャップ星!」

「ギャーッ!ガードポイントッ!」

「アオ!歌います『男と女の一騎討ち』」

「あら、物騒ね。わくわくしちゃう」


ここまで挑発されて引き下がることなんて、女の私にはできやしない。

パンチひとつではすまされない。拳骨か、鉄拳だ。

戒めの術をあれこれと考えながらすっくと立ち上がろうと力を入れた腰に、誰かの長い腕が巻き付いた。


「くだらねェ…放っておけ」

「っ、トラ男くん……だ、だって……!」

「酒ならおれが飲ませてやるよ……」

「え……?」


見せびらかすようにふらふらと片手で酒瓶を揺らしながら、トラ男くんが私の身体を引き寄せた。

角度を変えて迫ってきた悪い顔に、脈がびくりと跳ね上がる。

すれすれの唇が低く呟いた次の言葉に、私の全身は余すとこなく赤く染まった。



「口うつしでなァ……」


「……!!!」


ふわりと香ったアルコールに思考を奪われかけたとき、

がくりと大きく身体が揺れて咄嗟に芝生に手をついた。



「…………………」


「…………なにしやがる…………麦わら屋…」



見ると、目の前にはルフィの細い足首が立ちふさがって、

突き飛ばされたトラ男くんは、瓶から溢れた酒で服を濡らしている。


「ちょ、…………ちょっとなにすんのルフィ!?」

「……おれ、……悪くねェ」

「なっ、……トラ男くんに謝って!」

「いやだ!!」

「ちょっとあんたね……!」


私たちの会話に呆れて浅くため息をついた後、トラ男くんはアルコールまみれになったシャツを脱ぎ捨てた。

慌ててタオルを手渡す私の背中にぼそり、子供のような声が落ちてくる。


「………ナミのアホ」

「……ルフィ〜っ、あんたよっぽど私に殴られたいみたいね…」

「…………………」

「……ルフィ…?あんたもしかして、……酔ってるの……?」

「トラ男はおれの友だちだけど、……なんか……ムカつく」


呆気にとられて見上げた私と目が合うと、ルフィは厳しい顔のままそれだけ言って立ち去った。


「…………ちょ、ちょっと待ちなさいよ!謝んなさいってば…!」

「よせ…おれはもういい」

「でも……」


みたび腕をつかまれて、船首に向かっていくルフィの背中から引き剥がされる。

なぜだか楽しげに口をつり上げた彼が、私の指先をするりとなぞった。


「それより、あいつのおかげで服が汚れちまった……島についたらあんた、責任とっておれに付き合うんだな」

「なっ、…んで私が……」

「別におれはあいつの喧嘩、買ってやってもいいんだが……?」


二の句もつげない。完全にこちらに非があるからだ。

小さな声で「わかったわよ」と返すと、触れていた彼の手を解いて、騒然とするギャラリーの中を掻き分けた。


「……おい航海士、あんな野郎と遊んでる場合か?おまえのせいでうちの船長様はご機嫌ナナメだぜ?」


どいつもこいつも……どうして私のせいになるのよ。


「……知らないわよ!勝手にすればいいじゃ、ないっ!」

「ぐッ………!!?」

通りがけにポツリと嫌味を溢してくれたゾロの頭に行き場を無くしていた拳をめり込ませ、

苦悶しているのを置き去りに部屋へと戻った。

気づけば私も、ルフィと同じように眉間に皺を寄せていた。


ーー−


翌朝、宴後のまばらなダイニングで朝食をすませ外に出ると、

甲板で寝転ぶルフィと目が合った。


「………………」

「………………」


何か言いたげな抗議の視線を完全無視して、その前を通りすぎる。

私が昨日のことについて文句のひとつでも言ってくると思っていたのか、

背中からは、少し離れて私の後を追ってくる雪駄の足音が聞こえた。

操縦席につき、ログポースを海にかざす。

青を透かした球体に、むすっとした後ろの人物が映し出された。



「…………ナミ」

「………………」

「……おまえ、トラ男と島に降りんのか…?」

「誰のせいだと思ってんのよ」


次の島を目指す指針の揺れが、ルフィの心の乱れのように大きくなる。


「……おれのせいじゃねェ」

「……あんたね、最近やたらと喧嘩売ってくるけど…何が不満なの?」

「………………」

「みんな、あんたに着いてきてるじゃない。船は、あんたの行きたいところに進んでる…何の文句があるって言うの?」

「………………」

「言いたいことがあるならハッキリ言いなさいって言ってんの」

「………………」

「……もう、あんたらしくないじゃない…」


ログポースごしのルフィが、真っ直ぐ私に近づいた。

3つの像が、球体に入りきらないほど歪んだところで後ろから腕を掴まれる。

振り向くと、めいいっぱいいじけた顔をしたルフィが、尖ったその唇をゆっくりと開いた。



「……トラ男が…………ナミのこと好きだから」


「………………」


「おれだって……ナミが好きなのに」



2回瞬きをする間に、私の顔中に血が巡った。


「…っ、は、」

「だってよ…!つまんねェんだもんよ!おまえ、あいつのことばーっか見てっしよ!ちっともおれに構わねェじゃねェか!……なんだよ、ナミのケチ…!!」

「なっ、…ケチとか、そういう問題じゃ……!」

「ナミはおれのこと好きじゃねェのかよ!」

「……っ!」

「おれは……すっげェ好きだぞ!……なのに…ッ!!」


ぎゅっと握られて、ドクドクと脈を刻む腕。

まるで、他の子から自分のオモチャを守るようにすがりつく、手のひら。


「…………ルフィ、……それって……」


「…………な、なんだよっ…」


「…もしかしてあんた、トラ男くんにっ、…………」


「っ、」



ヤキモチ妬いてるの?


そう言おうとした口は、焼けつくような熱さの唇に、塞がれた。


「………………」


「…………全部、おまえのせいだ……」


「………………」


「おまえのせいで…………おれっ、」


「………………」


「ずっと、ここんとこが、………チクチクする…」



手の甲に押し当てられた、強靭な身体を支えるその中心が、痺れるような速さで鳴っていた。



「ねぇルフィ……」


「…………ん、」


「……その、チクチクするの……なんでかわかる?」


「わかんねェんだ……考えても考えても、もっと痛くなるだけで…」


「もとにもどしてくれよ…」そう言ってくしゃくしゃに眉を寄せ、とっても困ったような顔をしたルフィが可笑しくって、愛しくて、

私は、ニカリと意地悪な笑みをつくってみせた。



「もどしてあーげないッ!」


「えぇぇッ…!!?」


立ち上がってひらりとその手から逃れると、

私の後を、ペダペタと追いかけてくる足音。


「さっ、島も見えてきたことだし?私はトラ男くんと出かける準備でもしよっかなー?」

「あーーッ!!ずりィぞ!!行くなっつってんだろ!!船長命令だッ!!」

「自分の病の名前もわからないような男の言うことを聞いてあげるほど、ナミちゃんは安くないのよ」

「病気なのかおれ!!?」

「えぇそうね。チョッパーにみせたって無駄、一生治らないわよ?」


ふふっと肩を揺らすと、目ざとくそれに気づいたルフィが躍起になって私を追う。



「お、おまえナミ!何笑ってんだ!おれは怒ってんだぞ!!?」


さて、彼の刺の中に咲いているのは、いったい何の花でしょう。

何かが違うと思った瞬間に 、度肝を抜かれるような感情と巡り会う。


……あんたもいつか、気がつくはず。



「……なんで私が笑ってるのか……知りたい?」


「な、なんでだ…!?おれはカンカンなんだぞ!!なのになんでナミは…!!」


「あんたが怒ってるのが、嬉しいからよ!」


「…!!!」


チロリと舌を見せると、ルフィはこれでもかというほど不機嫌な顔をした。





恋愛反抗期






誰にでも、やってくる。




「ナミ!あっちのうまそうな店に行こう!」
「勝手に行けばー?私はトラ男くんと買い物するから」
「……だ、そうだが?さっさと行け、麦わら屋」
「……ムッ」
(ふふ、かわいい)




END

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