過去拍手御礼novels2
□君はごちそう
1ページ/1ページ
なんたって彼女は煮ても焼いても食えない人だ。
海の一流コックであるこのおれが言うのだから、まず間違いない。
どんな甘い罠にだってかかってくれないつれなさと、
天性の魅力でもって悪戯に男どもをはべらせる魔性ぶりは、未だかつて類を見ない。
“サンジくんがナミさんを押しに押している”
……とまぁ、世間の噂じゃそういうことになってるらしいが、見当違いも甚だしい。
おれが彼女を押しているように見えるのは、彼女がおれの心の赤いところを、
“引きに引いている”
……からなのに。
「あんたでしょ。ルフィに変なこと吹き込んだの」
シャリッ。
堅い確信でもってそう言うと、彼女は小気味のいい音を立てておれの剥いた林檎を頬張った。
「え?……変なこと、かい…?」
はて、毎夜男子部屋で繰り広げられている諸々のピートークからして、覚えがありすぎる。
現在思春期真っ只中のお子様連中はそういった話題に敏感に興味を示し、からかいがいがあるというもの。
一本抜いた煙草の箱をテーブルに放って首を捻る。
アッチの話か、それともコッチの話か……
「キスさせてくれって言われたわよ」
「…………何百枚にオロされてェんだ、あんのエロガキ」
キーン…というジッポの甲高い悲鳴と共に、おぼろげなアクアリウムが赤い炎に照らされた。
……くそっ、油断も隙もありゃしねェ。
この人に手ェ出していいなんて、誰が言った?
「変だと思ったのよ。恋愛の“れ”の字も知らないあいつが急にそんなことに興味示すだなんて…やっぱり犯人はあんただったのね?」
「いやァ、…まさかそんなに直球でナミさんにチョッカイかけるとは……」
「もちろんさせてあげたわよ?気絶するほど刺激的な思いをね」
「………………」
それで今日は船が静かなのかと妙に納得し、ルフィには玉砕という言葉の意味から叩き込んでやることを心に決めた。
「まったく…ルフィに何をどう吹き込んだらそういうことになるのよ」
やや呆れぎみにナミさんが呟いた。
彼女の頭の中では、ルフィという純粋無垢で汚れを知らないかわいい天使を、
おれという不埒な好色悪魔が妄りがましい不道徳な道へと引きずり込んでいる……という構図ができている。
だがそれは、ただただ一重に大きな間違いだ。
何をどう吹き込まなくたって、目の前にこれほど匂い立つ花があるともなれば、年頃の男は無反応でなんていられない。
ルフィだって男だ。
いくら吐き出そうとも際限なく沸き上がる欲望を向ける先が彼女であるということに、首をかしげる必要などはない。
その淡く熟れた唇に、誘うような胸の張りに、惜しげもなく晒される四肢に、
いったいどれほどの男が如何わしい妄想を抱き、邪淫な色の目を向けているのか、彼女は知らない。
見てみたい、触れてみたい、抱いてみたい。
その白い肌をおれの全てで汚したら、どんなに気持ちよくなれるのだろう……
……そうやって、男なら誰もが一度は頭の中で自分を好き勝手に犯しているとも気づかずに、
ルフィだから、ルフィなら、ルフィに限って、……などと油断している姿はまるで無知な子どものようで、滑稽だ。
人を翻弄するのは人一倍うまいくせに、隙だらけ。
世の男連中は、君が思う以上に欲深く貪欲で、いろんな意味で君に夢中。
……なァんてことは、なんとなく癪だから、教えてなんて差し上げないけど。
「………なにも?おれはただ、“キスってのはきもちのいいもんだ”って、教えてやっただけさ」
シャッ、リ……
軽快な咀嚼音に、終止符が打たれた。
ジロリ、睨みをきかせたところでつぶらな瞳に、ニコリと人の良い笑みでお応えした。
「……ねぇ、この大海賊ご時世にそこかしこで浮き名を流す百戦錬磨の色欲魔神さん、」
「そ、それって誉め言葉かな?」
「プレイボーイは結構だけど、ルフィをあんたと同じ土俵に上げないでいただけるかしら?」
「どうしてだい?」
「ルフィはね、あんたや私たちとは違うの。あいつは冒険と肉と海のことだけ見てればいーの。汚れた世界なんて知らなくていいのよ」
ふてくされたような顔で頬袋に林檎をつめこむナミさんに、苦笑が漏れる。
おれはルフィに、ナミさんを誘えだなんて一言も言っていない。
ルフィ自身が望んだことだ。
そういう対象に見られているということに、どうして気がつかない?
「……ねェねェナーミさんっ」
「……なによ。ニヤニヤして」
「ナミさんってさ、どんなキスするの?」
身を乗り出し好奇心の目で覗きこむと、彼女の血が少しざわついたようだった。
「………林檎じゃなくてあんたに突き刺してもいいのよ?このフォーク」
「おれの予想ではね、ナミさんのキスは完全受け身でたどたどしいんだよなァ〜、それがまたたまんねェんだけどっ」
「ば、……バッカじゃないの!?勝手に言ってなさいよ、くだらないっ!」
あくまで悪気のない顔をしているおれに、彼女は予想通り不満げに口をへの字にする。
そんな顔もかわいくて、もっとからかってみたくなる。
もっと、もっと、……
「ちなみにおれはね、…………」
すっげェうまいよ?キス。
「……ッ!!」
囁く息が、まるで赤い絵の具のように彼女の耳を染めた。
「……ためしてみる?」
「っ、みないっ!!みるわけないでしょ!何考えてんのよ!」
「なァんだ、ナミさんにきもちいいキスの仕方を教えて差し上げようと思ったのになァ」
へらりと笑って眉を下げると、彼女の赤くなった顔が見栄を主張するようにムッとなった。
そうだ、そうだよ。
罠にかけるだけの恋愛は、飽きただろう?
たまにはおれに、堕ちてみるのも悪くはないさ。
「随分腕に覚えがあるみたいだけど、だから何?自分の恋愛経験でもひけらかしてるつもり?」
「経験なんて自慢にならねェよ。ひとりの人をどれほど深く愛するかが大切だろう?それにおれは、ナミさんみてェな汚れを知らねぇレディを自分の色に染めてみてェ」
「……あんた、私が何も知らないとでも?バカにしないでよ」
「え…?実はすげェうまかったりするの?キス」
「……そ、それなりよ……って何言わせんのよっ!!」
「えぇ?!ほんとに〜?おれには真っ白な天使にしか見えねェけどなァ」
「ほ、ほんとよ!なによ、キスくらいっ、」
「じゃあさ、証明してみてよ?おれが相手になるからさ」
そう言って見つめると、フォークを持つ彼女の手に力が入った。
「……あんたねぇ……刺されたいの……?」
「大丈夫。そんな行儀悪ィことしねェから、ナミさんは」
「……下心、見え見えなのよ……」
「おれはナミさんの言葉が本当か確かめたいだけですよ。あァそれとも、…………」
自信ねェんだ?
明らかな挑発に、彼女の瞳に好戦の色が灯る。
自信がないなんて、言わせない。
だって君は、“魔性の女”なんだから。
「…………上等じゃない。腰抜かしても知らないわよ」
「君が相手なら、おれは骨まで抜かれてもかまわねェ」
ぐしゃりと煙草を灰皿に押し付け華奢な身体を強く引く。
柔らかな重みを受けて、ソファがギシリと音を奏でた。
膝の上にまたがった彼女に「いつでもどうぞ?」と微笑むと、その瞳が挙動不審におれの唇を捉えた。
「……目、瞑りなさいよ」
「はァいっ」
仰せの通り、瞼を下ろす。
間近には、彼女の呼吸。
たっぷり間を空けた後、肩口にそっと手が添えられた。
微かに鼻先が触れた後、ゆっくりと、唇に重なる柔らかさ。
1秒を刻む度、彼女の小さな震えが伝わった。
戸惑いがちに何度か合わさったそこを、受け入れるように薄く開くと、
小さな舌が少しずつ入ってくる。
絡めるように探った後、差し出したおれの舌を唇で捉えて懸命に愛撫する仕草に、
全身が彼女を欲しいと疼く感覚に見舞われた。
「んっ、……ん…!」
「は、……ナミさんかわいい……」
「ちょ、……なにして、……っ!」
服の中から背中全体を大きく撫でた両手で下着のホックを外し、そのまま前まで素肌を辿る。
不意をつかれた彼女の唇を塞いで激しくキスをする。
上顎の内側をペロリと舐めると甘い声が耳をついた。
「……やべェ……もっと、しよ…?」
「やっ、ちが、……サンジくんっ、」
「もう止まんねェから……ほら、抵抗しないで」
「っ!!やめ、そうじゃなくてっ、」
「そうじゃなくて?」
「……ど、どうだったのよ?」
私のキス……
潤んだ瞳に睨まれてますます熱さを増した身体が、衝動的に彼女をソファへ押し倒す。
「……んー、わかんねェ」
「……ちょっ、わかんないってあんたね……!」
だってさナミさん、
好きな子からだったら、どんなキスでもきもちいいに決まってる。
「……とにかく、ナミさんのキスですげェ興奮した」
「っ、バカ!だいたいその手は何っ、そんなことまで許して……あっ!」
「あれェ?もしかしてコッチの方は本当に初めて?……おれが教えてあげよっか?」
「…………っ、ちが、」
なんたって彼女は小悪魔チャンだから、
騙すことはあっても、騙されることなんて絶対ない。
煮ても焼いても食えない人。
本当のその味を、誰も知らない。
「違うの?じゃあさ……」
「あっ、……まっ、て………」
食えない人だと思うほど、
どんな味がするのか知りたくなるだろう?
熱で溶けた甘い身体を、
どんな料理に変えようか。
「おれの舌で、隅から隅までじーっくり、確かめさせていただきます……」
君を、誰よりも美味しくしてあげる。
君はごちそう
「…あっ、も、わかったでしょ、サンジ、くんっ、」
「んー…?わかんねェからもう一回」
「ちょ、もう無理、……あぁっ……!」
(やべェ…美味すぎて食い足りねェ)
END