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□誓いの宵
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小夜の暗闇の中、ひとつの影が船に降り立った。


慌てて煙草を揉み消しネクタイを整えてから、用意していたティーセットを片手にキッチンを出る。


月夜の風が、少しの癒しと緊張感をもたらして肌に心地いい。


広い甲板を横切り階段を上って影が消えた部屋の前にたどり着くと、

強くも弱くもない力で3度、リズミカルにドアを叩く。

身体に染みついたお決まりの流れだ。



コンコンコン


「ナーミさん、おかえり。外寒かっただろ?温かい紅茶をお持ちしましたよ」


確かに部屋に入った姿を見たはずなのに、中からは返事がない。

そう言えば電気もついてねェな…と不思議に思いつつ「入るよ」と一言声をかけてドアを開けた。



「………………さ、サンジくん…」


「……なんだ、見間違いかと思っちまった。ずいぶん遅かったんだね?晩飯は食ってきたんだろ?すぐお茶の準備するから」


作業机に背を向けて佇むナミさんににこりと笑いかけ、電気に手を伸ばす。

ところが小さく息を吸った彼女がそれを制止した。


「電気っ…!!…つ、つけないで……」


「え……?」


「あ、……も、もう寝るつもりだから……ごめん、お茶、そこに置いといてもらえる?」


様子がおかしい、そんなことにはすぐに気がついた。

部屋が薄暗いために表情までは読み取れないが、

とにかく早く出ていってくれと言わんばかりの空気を送ってくる。



これは……


来るタイミングを間違えたか……?




「……そう?……じゃあここに置いておきますね」


「うん、……ありがと……」


しかし今日に限っては、ここで引き下がるわけにはいかない理由がおれにはあった。

明日になればまた、朝から各々島に出かけていくはずだ。

彼女だって例外じゃない。

恋人未満という今の覚束ない関係では、約束がなければ共に出かけることは許されない。

一人で街に降りてしまう前に、誰かと連れだって行ってしまう前に、

是が非でも、先約を。

なんせ明日という日は、世間的に言うと、おれにとって大切な1日だという。

いつも通りに過ごしたってなんてことのないその1日を、

おれにとって特別な日に変えることができるのは、彼女だけ。



チャンスは、今しかない。



「あ、あの、ナミさん、」


「っ、なっ、なに……?」


はやる気持ちをおさえきれず歩み寄って行くと

おれから逃げるように後ずさるナミさんの後ろで、

何かがガサリと音を立てた。


「……?なに隠してるの?」


「っ!な、なんでもないっ!!」


机の上に乗ったそれを手で隠すようにくるりと背を向けた彼女の背後に歩み寄る。

不躾だとは思いつつ上から覗きこむと、綺麗にラッピングされた箱の端が目について、

おれのテンションはリバースマウンテン並みに急上昇した。



「もしかして…………おれへのプレゼント……?」


「……っ!」


やっぱり……!!

ぴくりと揺れた華奢な肩にそれを確信して、ゆるゆると顔が綻ぶ。

覚えてくれていた上に、こっそりプレゼントまで用意してくれるだなんて。

なんていじらしいんだ。


「えへへ〜、ナミさんからのプレゼント〜!何かな何かなぁ?あーでもでもっ、言わないで!明日の楽しみにとっておくからさ!んまっ、おれはナミさからもらうもんなら何でも嬉しいんだけ…」


「違う」


「えぇ……?」


浮き足立つおれの声を遮ったナミさんは、その箱をぎゅっと握りしめた。


「違う……サンジくんの、プレゼントじゃ……ないわ……」


「え?え…?……違うの……?」


「っ、違うってば!……いいから出てって!もう寝るの!!」


明日誕生日の人間を目の前に、綺麗にラッピングされた包みを手にして、

「プレゼントじゃない」なんて、つじつまが合わない。

やっぱりなんだか様子が変だ。街で何かあったのかもしれない。


「……じゃあ誰への贈り物なんだい?」


「誰でもない!!もう捨てるから、関係ないのッ!!」


おれの身体を精一杯の力で押し退けたその手で、ナミさんはその箱をゴミ箱に投げ落とした。


「……え、な、なんで捨てちゃうの…!?」

「だからもういいの!!サンジくんには関係ないからっ!早くここから出てって!!」

「………………」


どうやらおれは、浮かれている場合ではないようだ。

何かがナミさんの心を脅かし、頑なにしている。


「……ちょ、なにしてんの!?」

「捨てるくらいなら、おれがもらってもいいだろう?」

「っ、……だめっ!」

「えー、なんで?もったいねェじゃん」

「だめだったら!!返して!!」


ゴミ箱から引き上げた箱の包みを丁寧に剥がしていると、ナミさんが取り返そうと躍起になって手を伸ばす。

その手の届かない頭上でシュルリとリボンを解いて箱を開けると、

中からはデザインも質も良いネクタイと、ネクタイピンが出てきた。



「……こんなセンスの良い代物、おれにしか似合わねェと思うんだけど……」

「………………」


自分がしていたネクタイを引き抜いて、新しいネクタイを首にかけたおれは、

閉口し下を向くナミさんの手をがしりと取った。


「結んでくれるかい?」

「…………」

「ナミさんに、つけてほしいんだ」

「……っ、」


しかしにこにこと笑みをつくってナミさんの顔を覗きこんだ瞬間、

おれの心臓は握り潰されたように不揃いな音を立てた。


暗闇でぼやけていたその瞳は真っ赤で、大粒の涙がいくつもいくつも、こぼれ落ちていたから。


「……っ!!?……な、やっ、やっぱりナミさん街でなんかあったのか!?誰かに何かひでェことされたんだろ!?どいつだ!?まさかクルーの誰かに…」


「……あんたのせいで、涙、止まんな……っ、」



………………おれ?



「…………え、な、なんで……おれ、何かした?あ、プ、プレゼントっ、勝手に開けちまったことは謝る!!けどそれは…」

「っ、違う!!違うの……サンジくんは、何も悪くない……私が……勝手にっ、」

「…………どういう意味……?」

「………………」

「…………ナミさん…」


ぽろぽろと止まることのない涙に俯き咽びながら、ナミさんは胸の中に抱えた思いを紡ぎ始めた。



「……きょ、今日、街で……そのネクタイを買った後……」


「うん……」


「サンジくんがっ、……お、女の人と、歩いてるの、見て……」


「………………」


「それだけなら、よくあること、なんだけど…………」


「………………」


今日の昼間のことを思い出し、さらに普段の行いのつけが回ってきたような耳の痛い話に

ようやくおれは事態を飲み込み始めた。



「す、すごく、きれいな人でっ、……すっごく、お似合いで……」


「………………」


「それでっ、そ、その人が、サンジくんの……………………」




サンジくんのネクタイを直してあげてるのを見て、渡す勇気が無くなってしまった。



その言葉を聞いた瞬間、おれの心臓は言い知れない締め付けに襲われて、

か弱く震える小さな身体を加減もわからず抱きしめた。



「ナミさんっ、……ごめんね…………おれ、」


「っ、やっ…!謝らないで!!放して!!」


「違うんだ…!聞いてくれ……!!」


「やぁっ!もういいのっ、ほっといて、一人にしてよ…!!」


必死でこの腕から逃れようとする彼女をおれは、明確な意思をもってもつれるようにベッドに縫い付けた。





「好きだ……!!!」


「っ、…………え、」


暗闇の中で丸く大きく見開かれた瞳を強く見つめる。

端から胸に余るこの想いはもう制御もきかなくなって、

ドクドクと脈を打つ細い手首をぎゅっと掴んだ。


「……本当は明日、君と出かけることができたら……伝えようと、思ってたんだけど……」


「………………」


「好きです、ナミさん……おれの、特別な人になってください……」


「…………っ、え……だっ、だって、」


涙の止まった彼女の戸惑う瞳に、優しく笑いかける。


「街で君が見たっていうレディはね、観光案内のスタッフさんだよ。……明日、ナミさんを連れていくためのデートスポットを案内してもらってたんだ。なんせ島がでけェ上に土地勘がねェもんで……」


「……か、観光、案内の…」


「ナミさんのことを話したら、『勝負の日にだらしなくしてたら、愛しの彼女にフラれちゃいますよ』ってネクタイを直してくれたんだ……」


「……あ、……う、うそ……」


顔の横に腕をつき、ゆらゆらと揺れる綺麗な瞳の端を拭う。



「……おれはねナミさん、たとえどんなレディに頼まれようが、君以外のものになるつもりはない……」


「っ、」


「ごめん……悲しませたのはわかってんのに……そんなかわいいこと言われちまったらおれ、もう……」


「…………っ、サンジく……」


最後の理性を総動員して拒否する猶予を与えるようにゆっくりと近づいたが、

やがて二人の唇は重なった。





「…………出会ったときから、君だと決めてた……」


「………………」


「おれが、生涯守り、愛し抜くべき女性は……ナミさん一人だと……」


「……サンジくんっ」



一筋、二筋、透明な滴に濡れていく彼女が愛しくて……

たまらなく、愛しくて…。

何も考えられずにその身体をきつく抱き、キスをする。

覆いかぶさる背中を小さな手がぎゅっと掴んだとき、胸の高揚感は抑えきれなくなっていた。



「……っ、ナミさん悪ィ、おれ、ずっと我慢してたから……」


「……サンジ、くん……」


「君と……繋がりたくてしょうがねェ……」


「……っ、」


気もそぞろに呟いて目の前の柔らかな肌にそっと触れると、

腕の中で華奢な身体が小さく震えていることに気がついた。




「…………怖い……?」


「…………サンジくん…」


「おれが……怖いかい……?」


熱く息を吐きながら問いかける。

嫌われたくはなかった。傷つけたくも……

だけどもう、自分の中には理性の一片も残っていないように思われた。



「…………こわ、い…」


「………………っ、」


眉を寄せて切なく見上げてくる彼女に奥歯を噛み締める。

放さなければ、そう思っても身体は動いてくれなくて。

欲望と自制心の狭間で途方に暮れるおれに、ナミさんはさらに言葉を続けた。



「怖いのっ、……なにも、かも……」


「………………」


「すごく、うれしくてっ、……涙が、あふれて……」


「………………」


「なのに、サンジくんを、想うと……いつも、苦しくて……胸がっ、痛くなって、」


「………………」


「他の人に……とられちゃうかもって思うと、……不安で、もうっ、だめで…………」


「………………」


「自分では、どうすることもっ、……でき、なくて……」


「………………」


「今、こうしてもらってるのも、もうっ、わけが、わかんなくって、夢みたいで…………しあわせで、切なくて…………胸が、いっぱいで……っ、」


「………………」


「こんなの、…………こんな気持ち……はじめてで……っ」




すごく、怖いの……




「っ、」



するり、首にかかっていたネクタイを引き落とし、いまだ小刻みに震える彼女の身体を抱きしめる。



「サンジくん……」


「……ねぇ、やっぱりナミさんからのプレゼントは、明日の楽しみにとっておくから……」


「………………」


「もし明日、……このネクタイを、君がおれに贈ってくれるなら……」


「………………」


「代わりに、おれからは………」







包み込むような優しいキスをして微笑みかけると、


彼女の瞳からまた一粒、滴が落ちた。








この愛を贈ることに、一生をかけると誓います。









おれの心は永遠に、君のもの。








「サンジくん、サンジくん、朝よ」
「ん〜っ、……おはよー、ナミしゃん……」
「もう、起きてコックさん」
「えへへ、もうちょっと、このまま……」
「………………」
「んー、……ナミさん…………」
「お誕生日おめでとう、サンジくん」
「……!あ、ありがとうっ……!!」
「さ、今日は出かけるんでしょ?ネクタイつけてあげるから、シャキッとしなさい!」
「は、はぁいっ!!ナミすわんっ!!」






Happybirthday,Sanji♪

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