novels3

□心の扉
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心の扉を何枚も何枚も隔てたその奥の、


一番深く暗いところにしまいこんだはずの記憶。


二度と開くことのないよう何重にも鍵をかけて封印したその塊を、


誰かの手が無遠慮に探りあて、私の中から引きずり出すの。








「心の扉」









side-Nami






痛い。



鋭く刺すように、だけど鈍くのしかかるように身体中を襲った激痛に顔を歪めた。



「どうしたの?顔色が悪いわ……」


「……ちょっと歩き疲れたみたい……悪いんだけどロビン、荷物は私が見てるから、残りの必要物質調達してきてくれる?」


よろりとベンチに座って笑顔を向けると連れは辺りを見渡して綺麗な動作で私の前にしゃがんだ。


「あまり動くとよくないわね。船医さんに出くわしたのはついさっきだから、まだ近くにいるはずだわ。すぐに連れてくるから少しここで待っててちょうだい、ナミ」


ここなら物騒な人たちもいないようだし、平気ね。


そう呟いて立ち上がったロビンは私が礼を言うと歩き出した。


爪先に視線を置いて息を吐く。

肺から口までの器官が氷で冷やされたように冷たい。冬でもないのに吐く息が白くなってしまうのではと思うほど、身体が寒い。


違う、違うわ。あれは違う。

壊してくれた、壊してくれた、ルフィが全部。

瓦礫の中から私を引っ張りあげてくれたのよ。



「わーっ!おっきい観覧車ー!!」

「こらこら、走るな」


元気な女の子の声にぴくりと肩が揺れる。

見上げた先で大きなゲートの中に駆けていく小さな背中が、

忌まわしいあの場所へと引きずりこまれる遠い昔の自分と重なった。


行っちゃだめ、行っちゃだめよ。

そこには暗闇しかないの。



“シャーハッハッハ!!”



「…………ッ!」


心の奥の固い扉の内で暴れ出した感情に、割れるような痛みを覚えて自分の身体を抱きしめた。






海賊なんて。


そんな嫌悪と憎しみを抱きつつあの男の下で歯を食い縛った数年間、

来る日も来る日も危険や恐怖と戦いながら擦りきれる指先でお金を数え続けた毎日。

あといくら、あといくら、希望だけを胸にあの門をくぐっていた。

もうなにも奪わせない。そう思いながら過ごした何年目かのある日。



『おれはおまえが幼いときから保護者代わりに面倒みてやってんだ…成長したおまえに“大人”を教えてやる責任ってのがあるんだぜ?』


『イイ女になったもんだなァ……あ?なんだその目は……そりゃあ反乱か?』


『おまえはその刺青に忠誠を誓ったはずだナミ、身も心もおれのもの、おれに“支配”される。これからもよろしく頼むぜ、なァ……有能なる航海士よ』


母を、村を、自由を、平穏を奪われ、

これ以上、奪われるものなんて残っていないと思ってた。


だけど、違った。

あいつは私の身体と心の全てを奪った。


海賊なんて。そんな嫌悪ですさんでいた私の心はその瞬間から、

海賊なんて、男なんて、魚人なんて、人間なんて、神様なんて、ひいては世界にまでも、憎しみを向けるようになった。


信じられるものは、お金と自分。


そしてもうひとつ、あのとき私を底無しの暗闇から太陽へと導いてくれた、仲間たち……


身を引き裂くような心の痛みと暗い闇は、あの船に乗った瞬間に、閉じ込めた。


心の奥の、誰にも手が届かない場所に……



なのに……



「っ、いた、…い」


かわいらしい音楽と夢に溢れた遊園地の外観が、あの場所を連想させる。

どう見てもそこは人々の笑顔で満たされているのに、

呼び覚まされた記憶が私の呼吸、熱、思考、自律神経の全てを奪う。


もう、解放されたのに。

私には、大事なものがたくさんあるの。

奪われたくない仲間もいる。夢もある。


だからもう、お願いだから、出てこないで。


心の奥で、じっとしていて……。







「天竜人だ……!」



人々のざわめきに思考を呼び戻された私は咄嗟に顔を上げた。
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