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□女神の爪先
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「…………板がねェ」
「痛かねェ…?なんだ?どこか怪我でもしてたのかウソップ?」
なんで言わなかったんだ、診せてくれ!
声のした方を振り返ると、船の船医がまあるいその瞳をキッと尖らせておれを見上げていた。
「……いや痛かねェよ」
「痛くなくてもきちんと治療しておかなきゃだめだぞ!どこだ?診せてくれ!」
「いやそうじゃなくて、…………そういやそろそろ釘も切れるなァ…」
「首!?首か!?き、切れるって…!神経でも痛めたのか!?」
あぐらの膝に蹄を置いて見上げてくる船医の頭に、チョップした。
「違ェよ!どんだけ医者の耳だ!板と釘がねェから調達しなきゃなって話だ!」
「な、なんだ…!そっか、おれはてっきりこの前のスリラーバークでの傷を見落としてたのかと思ったぞ」
「たいしたことねェって言ったのにさんざん診てくれたじゃねェか。それになチョッパー、勇敢なる海の戦士に戦の負傷はつきものなのだよ!」
「そ、そうなのか…!じゃあゾロはすげー勇敢な男だな!だっていつも傷だらけなんだ!」
おれじゃねェのかよ!!
数メートル先で武器を磨いていた医者泣かせの男は、確かにスリラーバークの一件でもチョッパーを半べそにさせていた。
「……おれも、服を買いてェ……」
おれたちの会話が聞こえていたのかポツリと呟いたゾロに反応したのは、
甲板でホタテの殻を剥いていたコックだった。
「ふー、まいったぜ、てめェがファッションに興味示すなんざ、今日は槍でも降るんじゃねェのか?」
「あ?違ェよアホ、戦闘で服ごと裂かれちまうから、いい加減使い物になるもんが無くなってきたっつってんだ」
「無駄に敵の攻撃を受けてる証拠だろうがよ。おいチョッパー、負傷は勲章じゃねェ、ただのノロマだ」
「そうなのか…!ゾロはノロマだからたくさん怪我するのか!」
「違うわッ!エロいことしか考えてねェてめェと一緒にすんな!こっちは真剣勝負なんだよッ!」
「あ!?何寝ぼけたこと言ってやがる!戦闘中はエロいこと以外にもまま考えることはあるぞ!」
いやエロいことも考えてんのかよー、オイ。
「ふんっ、どうだかな、獣野郎からナミを救えなかったのは雑念のせいじゃねェのか?」
「だァァァッ!てめ、その話を持ち出すな!だが…!ナミさんの花嫁姿は確かに乙だった!!!」
「言い切ってんじゃねェ!やっぱそうじゃねェか!変態エロ眉毛!!」
「アン…?誰かおれのことを呼んだかァ?」
「うるせェ!エロを馬鹿にすんじゃねェ!エロは正義だ!女の身体は神がお授けなさったおれへの褒美だ文句あるか藻ッ!!」
「キモイ」
「なにをォォォ!?」
「サンジー、飯まだかー?腹へったー!」
船の縁で釣糸を垂らしながら気の抜けた声を出すルフィを、
サンジは殻とナイフの摩擦音をガリガリと強くして無視する。
そしてゾロはそんなサンジの動向を無視して自分の胡座に頬杖をついた。
そうして「とにかく服がねェのは問題だ」と呟くと、
「服よりも、身を斬られることの方が問題ですよ、ゾロさん。私は斬られる身などないんですけどね!ヨホホホ!」と、マストのベンチで紅茶をすすっていたブルックが冷静に突っ込みを入れた。
「なァなァサンジ、腹へったー!」
「うるせェッ!ホタテの殻でも食ってろ!」
「おっ!食えんのか!?いっただきまーす!」
「……で?結局戦闘の傷は勲章なのか?ノロマなのか?そ、それともエロか!?なァなァどっちだウソップ?」
…………もう突っ込みどころが満載すぎてさすがのおれも手に負えねェ。
「そういやァおれも、新兵器開発のためのモーターの部品が必要だなァ……」
メタルチックな工具を扱いながら呟いたフランキーに、つきかけたため息は感嘆へと変わった。
「「「新兵器〜!!?」」」
キラキラだ。ルフィとチョッパーとおれの瞳はもう、ナミが財宝の匂いを嗅ぎ付けたとき並みにキラキラだ。
「おうよ!聞いて驚け!ジェネラル級に強ェスーパーな新兵器の設計が、さしあたってのおれの計画!」
「どんな兵器だよーー!?ビーム出んのかァ!?」
「ミサイル出んのか!?こんちくしょう!!」
「うおおっ!フランキー!早くつくってくれェ!」
「チッチッチッ、完璧な兵器とは、練りに練った設計のもと、どんな部品も妥協してはならねェ……」
「「「おおお〜っ!!」」」
「細部までこだわったスペシャルなモデル、楽しみにしとけよおめェら!」
「「「イエーイっ!!」」」
「こんなおれを、兄貴と呼んでくれても、いいんだぜ?」
風に靡くリーゼントが、猛々しい天馬に見える瞬間だ。
「「「アニキぃぃー!!
」」」
「ン〜〜!!スゥパーー!!」
「ヨホッ!アニキ!」
ジャジャーンとブルックがギターで囃し立てる。
どうなんだ、だいぶ年下にアニキって。
そんなことを突っ込むよりも、おれは兄貴の新兵器開発宣言にノリノリだった。
「じゃあよ!どっちにしろまずは物質調達だろ?おれも木材や工具が足りねェし、ゾロも服がねェって言うし、次の島で小遣い出してくれるようにナミに頼もうぜ!」
「おれもおれも、包帯がもうねェ!」
「あー、おれも、新しい包丁が欲しいなァ」
「私、ずっと暗い海をさ迷っていたので光が眩しくて…サングラスが欲しいです!あ、目はないんですけど!」
「じゃあおれァ肉!」
「「「肉かよ!!」」」
きれいに突っ込み終わると、磨きあげた刀を鞘にしまいながらゾロがほろっと呟いた。
「だがよ、クルー全員に気前よく金なんて渡すか?あの魔女が」
「てめェナミさんを魔女呼ばわりすんな!魔法つかいちゃんと呼びやがれ!」
「平気だろー、なんせ今この船にはスリラーバークのお宝が山ほど積んであんだぜ?稀に見る景気の良さだ」
欲しいものをあれこれ思い浮かべながらへらへらそう言うと、
予期せぬ答えが返ってきた。
「“お宝は一欠片残らず私のものよ”……って言ってたぜ?その、……魔法つかいチャンがよ」
そ……
そーいや言ってた……。
「だァァッ!やっぱその呼び方やめろ!寒気がする!」
「あ?だったらてめェのその眉毛の巻きもやめろ!目が回る!」
「ムキィーーッ!!腹立つ!!オイオイやけに突っかかってくんな!?なんだ欲求不満か!?」
「なんでそういう考えに行き着くんだよ!エロ眉毛!」
「眉毛をエロで形容すんな寝腐れ腹巻き!」
しっかしあれだなァ、
この二人の喧嘩の原因の出所は必ずナミだな。
こんなに見事に馬の合わねェ同い年って他にいねェよな。
ある意味「おまえとは馬が合わない」っていう点で馬が合ってるよな。
「ま、まァでもよ、必要なもんなら買ってくれんだろ?へそくりだってあんだろうし、みんなで頼めばなんとかなるって!」
「ホントかウソップ!?」
「おうよ!たかが女一人に泣き寝入りなんてしてられっか!男ウソップ、相手が悪魔だろうが目的は果たしてやるさ!」
「おおっ!すげェ〜!」
「悪魔じゃねェ!小悪魔ちゃんだッ!」
「ぐはッ……!」
頭にホタテの貝が直撃してふらりとのけぞる。
そのこだわりはなんなんだ!
どんだけナミ崇拝だッ!
「よし!じゃあウソップ、おれ、薬草天日干ししてくる!小遣いのこと任せたな〜!」
「お、おうっ!ウソップ様に任せとけ!」
船首の方へ歩いていくチョッパーの後ろ姿を見送っていると、
女部屋の扉が開かれた。