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□女神の爪先
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「あっ!おーいナ…」
「でねーっ!あまりにもうちの畑の蜜柑を盗もうとするから、言ってやったのよ、“今度やったら地獄の果てまで追いかけて、今まで盗んだ蜜柑の代金の5倍請求するわよ”って!そしたらその子、どうしたと思う?」
「それまでよりも頻繁に蜜柑を泥棒しにきたんじゃないかしら?」
「えっ…?なんでわかるの!?」
上げかけた手を、そっと下げる。
女部屋から出てきたナミはロビンとの会話に夢中で甲板なんて一切見ていない。
「……おいルフィ、おまえの話じゃねェのか?」
「んあ?なにがだ?」
棹を握ったままこちらを向いて器用に首を傾げたルフィの歯の間には、ホタテの貝殻が挟まっている。
そんなルフィに呆れるおれの目の前を、ちゃっかりホタテの身だけを持ったサンジが素早くナミたちの方へ向かった。
「そうね…あなたがその男の子に対して、“地獄の果てまで追いかける”と言った。それが大きなヒントだったわ」
「え!?それのどこがヒントなの!?普通そんなの嫌だから、“蜜柑泥棒をやめた”って答えるとこじゃない?」
「ふふっ、私がその男の子なら、そうしたという話よ」
「えっ?なんで?ねぇ、なんでロビン?」
「ナミ、髪を結っているゴムが切れそうよ、私のを貸してあげるわ」
「んもーうっ!すぐそうやって話そらすんだから!……あ、ありがと…」
「いいのよ、じっとしていて?」
ナミの髪をひとつにまとめだしたロビン。その様子に話が一段落したのを読んでもう一度声をかけようとした。
「おい、ナ…」
「ナミさん、ロビンちゃん、これつかってゆっくりして?今飲み物持ってくるから」
「あ、ありがとサンジくん」
「ありがとう、サンジ、気がきくのね」
「レディたちに立ち話させるわけにはいかねェよ〜、待っててね〜!スペシャルなドリンクお持ちするから〜!」
上げかけた手を、そっと下げる。
デジャヴか……?
限りなく近い過去の、デジャヴかこれは……?
さすが紳士を気取るだけあるサンジが二人分の簡易ベンチを部屋の前に広げ、
颯爽と甲板を横切ってキッチンに入っていくのを見届けて感心していると、
「で、なんで蜜柑泥棒を続ける理由になるの?」と話が再開してしまった。
「その男の子にとって、あなたに追いかけられることは罰ではなく報酬だからよ」
「……?ますますわかんないわ?条件付けの話なら、問題行動を防ぐには確かに報酬を与えるのは逆効果だけど、この場合、私がその子を追いかけるのは罰でしょ?」
「そうね、あなたからしてみればそうなのかもしれないけど……その心理は、同じような行動をしているルフィに聞いてみたらどうかしら?」
「………………」
「オイ、睨まれてんぞ、ルフィ」
したたかなナミの視線にぴくりと肩を震わせたルフィは、
話を聞いていたのかいないのか、ゆっくりとふたりの方を見やるとムッとした顔で言い切った。
「おれはナミと追いかけっこがしてェぞ!」
「ちょっとロビン!全然答えに行き着かない!」
「ふふ、今のが最も核心をついた答えだと思うけど?さすが船長ね」
「おう!まァな!」
なにそれ全然わかんなーい!と膨れるナミは、難しい話にはついていけるのに、
やけに鈍感なところがある。
髪をポニーテールに結ってもらったナミはロビンと一緒にベンチに座った。
「……ま、いっか、昔の話だし……ていうかじゃあ、ルフィにはなんて言えば蜜柑泥棒やめるのかしら?」
「そんなの簡単よ」
「なんて言うの?」
「“今度やったら一生口聞いてあげないわ”……これで一発よ」
ロビンの言葉に、ルフィはホタテの殻をごくりと飲み込んだ。
本日は船の蜜柑泥棒最期の日となりそうだ。
「ふーん……よくわかんないけど、そう言ってみるわ」
おれはわずかな隙をついてスライディングをかました。
「お、おーいナミー!」
やっと声かけられた……!
まったく気ィつかうぜちくしょう!
「どうしたのー?ウソップー?」
ベンチから身を乗り出すナミの機嫌はすこぶるいいように思う。
チャンスだ、男ウソップ、男を見せるのだ!
「次の島についたらよー、買いてェもんが…」
「あっ!そうだウソップ!」
んだよ!?
「な、なんだ?」
「次の島に着くまでにクリマタクトの様子見といてくれない?なんかサンダーボールの出が悪いような気がして…」
「お、おう、いいぞ、見てやるよ…」
正直、今以上に威力がよくなるのもどうかと思う。
だってよ、あれを食らうのは何も「敵」だけじゃねェんだぜ?
「よかった!ありがと!じゃ、そうね、夕食後に工場に持っていくわ」
今じゃねェのか。
「お、おうわかった!……それでだな…!」
「でねー、ロビン、どれにしようか迷ってるわけだけど…」
「えぇ、見せてみて」
「………………」
ナミはおれから視線を剥がし、小さな箱から色とりどりの小瓶を取り出した。
上げかけた手を、そっと下げる。
デジャヴとは、こうも連続するものなのか?
ロビンはナミに相槌を打ちながらそんなおれを見てくすくすと笑っている。
「彼女、あなたの用件のことはすっかり忘れてるみたいだけど、いいの?」そんな目でチラチラとおれを眺めては、面白がっている。
わかってんなら助けてくれ!!このドS!!
「こっちのピンクか、……それとも赤か……どっちがいいと思う?」
太陽を反射してキラリと光った二色の小瓶は、あれだ、ネイルとかいうやつだ。
「……ウソップさん、あなた、お金を借りるんじゃなかったんですか?」
「借りてたまるか3倍返しだ!貰うんだよッ!つーかブルックてめェもちょっとは援護しろ!」
「いやですよ!あんなに楽しそうにトークしてるお二人の話の腰なんて折れません!あ、私は腰折れたら大変なんですけど!骨だけに!」
「つーかおめェらもだッ!みんなの物質調達の金だろ!!」
「「シーーン」」
「シーンじゃねェよッ!ふざけんなッ!」
「さて、コーラでも調達してくるか」
「おれァ寝る」
「自由かおめェらッ!!!」
甲板でのやり取りなんて知る由もなく、
あれがいいこれがいいだのキャッキャッと語らう二人の傍に、ティーセットを手にしたサンジが到着した。
「ねぇサンジ、あなたはナミにどっちが似合うと思う?」
サンジは手際よくお茶の用意を進めながら、ロビンが差し出した二色を眺めて口を開いた。