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□心に愛を詰め込んで
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「恋」にはね、


突風みたいに突然襲ってくるものと、


砂山を崩す満ち潮のように、気づけばふと足下を包んでいるもの。



そのふたつがあるの。









「心に愛を詰め込んで」










side-Nami






「痛かった?」


「たいしたことねェよ、こんな傷」


「やせ我慢しちゃって」


「酒飲みゃ治る」



どういう原理かわからない。

酒飲めば治るとか、肉食えば治るとか……


男の思考回路って一本道なのかと思うときがある。


そういうところは道に迷わなそうで羨ましいわ。


「まさかそんな重症だなんて思わなかったのよねー、悪いことしたわ」


「……申し訳なく思ってるやつの面じゃねェぞ」


あはは、ごめんごめんとけらけら笑う私に、ゾロは呆れたようにため息をついた。

それでも追い返すことなく黙って私を隣にいさせてくれる、不器用な優しさ。

見張り台で見る夜空は、いつもきれいだ。


この、温かくて強い人たちに

守られていると感じることができる。



「ほんとは痛かったんでしょ?私にその傷殴られたとき」


「……うるせェ。おまえのパンチなんざ痒くもねェ」


「ふーん……でもさ、」


「なんだ?」


「アーロンにやられたときは……さすがに痛かったでしょ?」


まだ包帯がとれたばかりのそこには、見るも痛々しい傷が刻まれている。

チラリと私を見てしばらく押し黙ったゾロは、波の音の次にポツリと呟いた。



「おまえに比べたら……かすり傷みてェなもんだろ」


「………………」


「それに、そのうち癒える……おれも、」


おまえも……



そう言ってコップの酒を飲み干したゾロに悟られないよう自分の腕に顔を埋める。


ねぇ、なんなのこいつ、なに真顔で恥ずかしいこと言ってんのよ。

柄じゃないこと自覚してる?

なにいっちょまえにレディの痛みをわかったつもりでいるわけ。

やっぱりこいつら全員揃ってバカなのね。

バカよ、ほんとバカ、

バカ正直すぎて…………



「…………当たり前じゃない、この船に乗ってたら嫌でも治るわよ、バカ」



嬉しくて、胸がぽかぽかする。



「……バカは余計だ、バカは」


ぶっきらぼうなゾロに、緩む口元を見せないよう腕から目だけを覗かせた。


「ねぇ、」


「あ…?」


「……ありがと、ゾロっ!」


「………………」



マズイ。

緩む口元を見られなかったのはいいけれど、

思わず目まで細めてしまった。

ニヤニヤしてんのバレバレじゃない!

黙って私を見つめるゾロの視線から逃れるため顔を隠そうとしたが、

膝を抱いていた腕が何かに思い切り引っ張られたためにそれは叶わなかった。



「……!?ちょ、な、」



「好きだ…………」



「………………え?」



…………スキダ?


…………すきだ?




………………好きだ?





「ナミ……おまえに、惚れてる……」



見上げた先のゾロの口から向かってきた言葉に、

私の思考回路は行き止まりにぶち当たって一時停止をおこした。



「…………な、なに、冗談言って……」


「………………」


少し眉を寄せいつもより男っぽい眼差しで見つめてくる瞳を見れば

冗談ではないことなんて明らかで、

青天の霹靂が急に現実味を帯びてきて心臓が一気に加速した。



「……う、うそっ、ちょっと、まって……」


「…………別に、急かしてるわけじゃねェ」


「…………ご、ごめん、全然……気づかなかった……」


「……だろうな。……鈍感だから、おまえ」


鈍感ってなによ。

なんて言い返す余裕もない私はただ、

掴まれている腕の熱さを妙に意識してしまい、咄嗟にゾロから目を逸らした。



「あ、……その、……い、いつから……」


「……自覚したのは……おまえが船奪って消えたとき……」


「……そ、それってさ、」


「…………おう」


「わ、私じゃなくて、メリーが好きなんじゃ……」


「…………ふざけてんなら怒るぞ」


「……ごめん、今のは嘘……」


だって信じられない……!


あのゾロが……!


食い気と眠気と血の気で生きてるような、あのゾロが……!


私を…………



「………………」


「………………」


おそるおそる、その顔を見上げると、

ゾロはいまだ真剣な眼差しで私を見つめていた。


……困った。


私の優秀な頭脳でもっても、正解が導き出せない。


なけなしの冷静さで客観的にその男を見てみても、

とくに、可もなく不可もなく。

顔も、性格も、声も仕草も体型も、悪いとは思わない。

だけどほら、この船ってそもそも恋愛オッケーだっけ?

こういうとき、なんて答えればいいのよ?

好きでも嫌いでもないです?

ていうか付き合ってとか言われたわけじゃないし、どうすれば……


「………………」


「………………」


全ての動きにブレーキをかけた私の腕を解放して、

ゾロは巡りに巡ってとうとう空っぽになってしまった私の頭を、ぽんっと撫でた。




「…………悪ィ……困らせるつもりはなかった……」


「………………」


「……別に、今すぐ返事が欲しいとか思っちゃいねェから……」


「………………」


「おまえの中で答えが出るまで……今まで通り……」



仲間だ。



その言葉に、正直私はホッとした。


それなのに、ゾロが触れていた方の腕の熱さが引かなくて、


その日の夜は部屋に戻ってもなかなか寝つくことができなかった。
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