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□シャドウ
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出口の光が見えるのに。
「シャドウ」
大きな黒目をキラキラっとさせて、
ルフィは窓ガラスの向こうに釘付けになった。
「……行ってきなさいよ」
「いいのかー!?」
「ちゃんと戻ってくるのよ?」
「おうっ!あんがとナミ!」
皿の上に残った肉を掴むとニカリと笑って、「すぐ戻ってくる!」と店を飛び出した後ろ姿を目で追う。
ちょっと変わった島の、見るからにヘンテコな乗り物の脇で、
店の中の私たちに手を振っていたウソップとチョッパーに駆け寄ると、
ロボットのような奇怪なそれに、ルフィはすぐさま一緒になってはしゃぎ出した。
あいつらのキラキラポイントがどこなのかいまいち理解できないが、
心底楽しそうに笑うルフィを見て、眉を下げる。
……ちょっと、私とデートしてるときより楽しんでない?
とりあえず戻ってきたら拗ねて困らせてやろうかな。なんて考えながら、くすりと頬を緩ませたときだった。
「やァお嬢さん、相席してもよろしいかな?」
「………………」
窓に映った男の影は私が答える前にさっきまでルフィが座っていた向かいに腰を下ろした。
「こんなべっぴんさんが一人でいたらもったいねェだろう。どうだ、おれと飲まねェか?」
「……おあいにく、私は男連れよ。ナンパなら他あたって、おじさん」
「フッフッフッ……思った通り気の強ェ女だなァ」
「………あんた、……どこかで……」
いったいどこの図々しい男かと、窓から向かいに目を移すと、
サングラスをかけて大きな口元をつり上げた怪しげな男は
感じたことのないような危ない空気を放っていて、
金髪にふわりとしたピンク色の羽を纏う特徴的な出で立ちは、
どこかで見覚えのあるものだった。
「おれたちは初対面だぜ?だがまァおまえがおれにピンときたのなら、それも運命。必然で結びつけられた赤い鎖ってもんじゃねェのか?なァ、……泥棒猫………」
「………あんた、何言ってんの……賞金稼ぎかなにか?ならやめた方がいいわよ。私を相手にするとトータル8億以上を敵に回すことになるんだから」
通り名を知られている。
つまりは賞金稼ぎにでも目をつけられたのだろうかと身構える。
これだから賞金首なんてごめんなのよ。
ところが警戒心むき出しの私をニヤニヤと眺めながら
やけにリラックスした状態で椅子に浅く座り直したその男は、
ルフィが飲み干した後のコップに手を突っ込み、溶けかけの氷をつまみながら喋り出した。
「賞金稼ぎ…?世の中にはそんなもんより効率のいい稼ぎ方があるんだぜ?どうだ?おまえも一つ、おれの話に乗らねェか?ビジネスの話は好きだろう?」
「ええ好きよ。だけど私忙しいの。もう船の仕事と破天荒な連れの世話で手いっぱい。あんたも相当ヤバそうだけど、私の男の方がヤバいのよ。わかったらその話、あっちの貴族にでも持ちかけていただける?あぁそれからね、」
相席はお断り。
そう言ってストローで自分のグラスの氷をカリンと叩き、睨み付けると、
男はますます口元をつり上げながら、指でつまんだ氷を口の中に放って歯で砕いた。
「フッフッフッフッフッ……」
「…………何がおかしいのよ……」
「そりゃあそうだろうなァ、こんな女まで従えるような4億のガキじゃあ、世界政府も手を焼くだろう……フッフッフッフッ……ハッハッハッ……」
「…………ちょっとおじさん?……あんた頭大丈夫?世界政府って………………」
ここでようやく記憶の中の情報と、目の前にいる男の顔が一致した。
こいつ…………
どこかで見たことあると思ったら……
七武海……!!!
「おっと……よせ。まだ知り合ったばかりじゃねェか……おれはこの時を、長らく待ち続けてきたんだぜ?なァ、お嬢さん?」
立ち上がろうとしたときには椅子に縛り付けにされたみたいに既に身体は動かなくなっていた。
腰に備え付けてあったクリマタクトがひとりでにするりと抜けて、男の手に引き寄せられる。
「……っ、あんたっ、なにしたの……!?なんでっ、……政府の差しがね!?私たちのこと捕まえるつもり!?」
「へェ……こりゃ面白ェ……。戦闘要員には見えねェがなァ……護身用か?フフッ」
「ちょっと!答えなさいよ!!」
「これはおれの個人的な趣味だ。政府のお偉いさんは一切ノータッチの、闇の交渉……」
「…………なんの、話よ……」
傾けたコップの中の氷を一気に口へ吸い込むと、
刺さっていた真っ赤なストローをくるくると弄びながら一拍置いたその男は、
ガリガリと不快な音を立てながらニヤリと不気味に微笑んだ。
「好きなもんを飽きるほど買えばいい!美味いもんも吐くほど食え!着ねェ服を買い漁って目が眩むほどの宝石を眺めて過ごせ!ただひとり、おまえにそれを許してやろう……!泥棒猫、ナミ………」
「………………」
「金ならいくらでもくれてやる………!おれの女になると約束するなら…………!!」
世界を支配するように両手を広げて高笑いする男に、
私の眉は眉間に皺を刻んでいく。
ルフィが、私を“従えてる”……?
クリマタクトが“護身用”……?
好きなだけ金をやるから、女になれ……?
何も、わかっていないのね。
「…………ねぇ、かの有名な王下七武海、ドンキホーテ・ドフラミンゴさん…………」
「……おれの名を知ってくれてたとは……うれしくて涙が出るねェ…………」
わざとらしく首を傾けてみせた男と同じように口元だけをつり上げて、黒々としたサングラスの中の瞳を見据え返した。
「何度も言わせないで…………相席は、お断りよ」
ニヤリと笑ったのは口元だけで、男は全身で殺気を放ち出した。
額に青筋を浮かべたかと思うと、得体の知れない能力で私の手はテーブルの上に誘導される。
操り人形でも扱うかのように器用に動く、五本の指によって。
「おれを振ってくれるとは、根性の据わった女だ……」
「言ったでしょ?連れの世話で手いっぱい。これ以上ヤバいやつに関わりたくないのよねー。それに、いくらお金があってもあんたじゃ私を満足させられないわ」
「……フッフッフッフッフッ………いいことを教えてやろう、気の強い航海士………」
「なにかしら?あぁ待って、その前にその手、放していただける?私のダーリンに勘違いされちゃう」
無理矢理テーブルの上につかされた両手を握る男の手が、氷のように冷たくて、ゾッとする。
チラリ、外を伺うと、少し離れたところでルフィたちが私に背を向けヘンテコな乗り物にキラキラの視線を送っていた。
こっち見なさい!!バカ!!!
「あんなガキが引き連れる海賊団がどうやってここまで渡ってきたか……それを考えれば自ずと答えは浮かんでくる……優秀な航海士の存在だ……」
「………………」
「おまえみてェな気象センスの持ち主は、その手の組織に高く売れる。欲しがってる輩も大勢いる。もちろん、おれもだ……」
「………………」
「だが手配書を見ておれは驚いたね……こうも若く綺麗な女がそれほどの腕で噂になってる……麦わらのガキに使わせるにはもったいねェじゃねェか……そうだ、おれが価値を見いだしてやろう……」
「………余計な、お世話……私の価値は、私が決める……」
フッフッフッと肩を揺らした男は私の手の甲をゆっくりと撫でると、
指の間に光る針をチラつかせた。
「イイ女がひとりでいたら、悪い男に拐われちまうぜ?なァ、お嬢さん…………気をつけな……」
「っ、」
指先に鋭い痛みを感じたかと思うとあっという間に意識は途切れた。