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□君なしではいられない
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どこにも、行くな。




おれにはおまえが、必要なんだ。










「君なしではいられない」











side-Nami





「おめェが行きてェなら、そこでいいよい」


頭に置かれた大きな手に、足の下の高いヒールがスキップをしそうなくらい軽やかに鳴った。


「サンジくんがね、試食で配ってたのを食べたらしいんだけど、絶品だったって!」


「そうかい、そりゃあ楽しみだねい」



……そうよね、


やっぱり男の名前出したくらいでヤキモチなんて妬かないわよね。


……大人だもん、マルコは。


まぁそこが好きなんだけど。そう思いつつ、手を繋ぎ直してくれたマルコの横顔を、チラリと盗み見る。

いつもと変わらぬ穏やかな眼差しが、目的のドーナツ屋さんの方向に向かっている。


「……でも、マルコ甘いものなんて食べるの……?」


「食うよい。こう見えてけっこう好きだぞい」


「へぇー、意外ね…!」


「おめェ今、似合わねェとか思っただろい」


「だってマルコがドーナツって……ふふっ、」


「こら、笑ってんじゃねェよい」


頭を小突かれてへらへらしている私が相当浮かれているということを、許してほしい。

海賊で、札付きで、泥棒で、魔女でも、私だって年頃だ。

恋人とのデートくらい、乙女になってもいいに決まってる。


ウキウキ、ワクワク、ドキドキ、


ドーナツ、ドーナツ、


あいつらと違ってマルコが大人だからかな。

私のテンションは、遊園地を前にした子供と一緒だ。

子供っぽい私にも、にこにこと優しい目を向けてくれるマルコも好きだな。


そんなことを考えながら、マルコの手を引いて十字路を曲がったときだった。



「……マルコ……?」


鈴を鳴らしたようなその声に、マルコの動きがぴたりと止まった。

目の前では、綺麗な女の人が真っ黒な瞳を大きくして私の後ろのマルコを見ていた。


「…………アンナ……おめェ……どうしてここに……」


私を追い越して、マルコがその人の前に立つ。

アンナと呼ばれたその人は、マルコを見上げて華のような笑みをつくった。


「私、今この島で働いてるの……まさかマルコに会えるなんて……」


「……驚いたよい……おめェが船降りて以来だから、……3年ぶりだねい……」


色素の抜けた栗色の髪の毛に、ふわりとしたナチュラルなワンピース、

肌は抜けるように白く、私よりいくつも歳上の落ち着いた印象をもちながら、笑った顔はあどけない。


まばたきを3度して見返してみても、とっても美人だ。


「親父さんは元気なの?」


「あァ、親父もサッチもジョズもエースも……こっちは元気にしてるよい」


「エースくん…!あの新人くんね!活躍してるって新聞でよく見るわ!あの頃はあんなに反抗的だったのに……ふふ」


美人さんが微笑むと、マルコも穏やかに目を細めた。

その表情を見て、私は知らなくてもいいことに気づいてしまった。

この人は、マルコにとってただの“元仲間”じゃない。


「うちの船はしばらくこの島に停泊するんだよい。アンナ、一度親父たちに顔見せに来いよい」


そう言って、マルコは美人さんの頭に手を乗せた。

その仕草に、心臓が皮膚を押し上げる。



私に…………


恋人にする、マルコの癖だ。




「ええぜひ!……あ、だけど待って、今はお店の買い出し中なの。…そうだ!私が働いてるカフェすぐそこだから、休憩していかない?マルコ甘いものも平気でしょう?」


そちらのお嬢さんも。


マルコに向けていた視線を、その人が初めて私に向けた。

顔が、火を噴きそうに熱くなる。

マルコと繋がれた私の手なんて、その人は意に介さないようだった。


「お邪魔させてもらうよい」


私を振り返ることもなく即座に返事をしたマルコの横顔を、思わず見た。

さっきまで、にこにこと私を見つめていたその表情が、今は目の前の美人さんに向いている。

まるでマルコの意識が完全に私から離れてしまったみたいで、 繋がれている手が冷たくなった。


だって、今日は1日私に付き合ってくれるって言ったじゃない。

ふたりきりになれるチャンスなんてめったにないってこと、わかってるでしょ?

一分でも、一秒でも多く、私はマルコとふたりでいたいのに。


だって、だって、




「………………ドーナツは……?」



ぼつり、口にした私を、マルコがゆっくりと振り返る。

なんとも言えない顔で唇を尖らせた私に目を見開いた後、マルコはふわりと微笑んだ。


「アンナの店にも甘ェもんくらいあんだろい。……な?」


「ええ、ドーナツはないけど、焼き菓子ならたくさんあるわ」そう言ってくすくす笑った美人さんに、

私の顔はさらに熱くなった。


そういうことじゃない。そういうことじゃないわよ。


なんでわかってくれないの。


…………マルコのバカ。



「…………ドーナツじゃなきゃ、いや……」


「……ナミ?」


力を緩めたら、ふたりの手なんてあっという間に放れてしまった。


「いいわよ、ひとりで行くから……マルコは美人さんとお茶でもしてて」

「……何言ってんだよい。そんなに行きてェなら、こいつの店寄ってからでも行けるだろい」


違う……!!


違うわよ……!!


「……今日は、私に付き合ってくれるって……言ったくせに……」


「………ナミ、どうしたんだよい……」


わがまま言うな。そんな困り果てた顔のマルコが私を見ていて、

唇を噛み締めた。


「……マルコ……うちにはまた今度来てくれればいいわ。今日はお嬢さんに付き合ってあげたら?」


「………けど、アンナ……」


マルコが、美人さんが、


大人だからかな。


私、船ではしっかり者なのに、


どんどん子供みたいになっていく……



「……っ、」


「……ナミ…!?どこ行くんだよい!?」


チラリと私を伺うマルコと、相変わらず綺麗に微笑む美人さんの視線に耐えられなくて、

向かってきたマルコの手も振り払って私は逃げるようにその場を離れた。
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