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□君なしではいられない
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side-Zoro




「………なんだ?敵にでも追われてきたか?」



ものすごい勢いで船に上がってきたナミは、何かから逃げてきたように息を弾ませていた。

船の縁にもたれかかるおれの顔を見て大きくその息を吐くと、

ナミはいつもより低いトーンで投げやりに答えた。



「…………違うわよ」


「……へェそうか。追われて来りゃいいものを……暇潰しにでもなると思ったんだが…」


「いいわけないでしょ!あんたアホなの!?」


脱いだ靴を思い切り投げつけてくる暴挙に一瞬怯む。

くるくると回ってやってきた真っ赤なそれの底はたいがいに鋭い。


「どわ…ッ!?なにすんだてめェ!!」


「……………………」


「オイっ!聞いてんのか!?」


「……………………」


「…………オイ、……ナミ…………?」


「……………………」



感情の起伏が激しいナミは、今度は放心したように立ち尽くす。

いつにも増して不安定なその様子に、おれの眉は片方持ち上がる。

出かけるときは確か、スキップでもしだすんじゃねェかってくらいウキウキだったはずだ。



「…………ナミ……?」


「………………っ、」


俯いたブラウンの視線の中に、サクサクと芝生を踏んで入っていく。

目の前で立ち止まったおれの足を、ただじっと見ているナミの頭に声を落とした。



「………まァ……何かから逃げてきたんなら、かくまってやるぜ…?」


「…………………」



ナミの靴を片手にぶらさげて、おれはもう片方の手をナミの頭の上に置いた。

すると唇をきゅっと歪めたナミは、小さく喉を震わせた。



「…………何泣いてんだよ。……ガキか…」


「っ、……ドッ、」


「ド…………?」


「ドーナツ………っ、」


「ド………………あ?」



首を傾げるおれの足元にいくつも水玉模様をつくりながら、

ナミは子供みたいに顔をぐしゃぐしゃにした。



「ドっ、ナツ……っ」


「はぁ……?」


「……っ、ぞぉろおおおお〜っ!!!」


「アホか!一個もわかんねェ!落ち着け、おまえは!」


着流しの襟をつかんでわんわん泣きだしたナミは、

鼻をすすりながらおれを見上げた。


「あんたっ、ひ、暇なら……」


「………………」


「……ついて、きて…」


「………………」


「ドーナツ、……おごんなさいよ……!」


「……………なんで、」



……ドーナツなんだ。


そう続けようとした言葉は、「いいからおごんなさいよ!ケチぃぃ!」という無茶苦茶なナミの声にかき消された。



「…………靴、かえてこいよ」


「………………」


「……こんな靴じゃ歩きにくいだろうが」


「………………」



さっさとしろ。そう言うと、ナミはまたじわりと涙を滲ませた。





ーー−−




「あ?あいつは………」


「…………ありえない……なんでここにいるわけ……」


目的地までの道のりでなんとか落ち着きを取り戻したナミは、

甘ったるい匂いのする店の窓際に座った男女に、思い切り眉をひそめた。


「……いいのか?女と一緒だぜ?」


「……何言ってんの?こっちだって男と一緒じゃない」


へェ……一応男として見てんだな、おれのことも。


米粒くらいの優越感に浸りながら、つんと顎を上げたナミにぐいぐい引っ張られて店の奥に進む中、

見覚えのあるその男と一瞬だけ目が合った。


「……浮気現場じゃねェのか?」


「……昔の女よ。いいから早く選びなさいよ」


ケースの前に誘導されてもおれの関心はドーナツよりそのふたりに向いていた。

……なるほどな、こいつはあのふたりから逃げてたのか。


「……うお、意外に高ェな……」


「ケチケチしない!」


「おまえが言うか……」


「あんたなんにするの?」


カラフルすぎて目が痛くなりそうだ。


「…………抹茶」


「抹茶!?予想通りすぎてつまんない!あんたってホント代わり映えのしない男ね」


「…………うっせ、」


「じゃあ私蜜柑」


「てめェもだろッ!!」


会計の頃には少し機嫌をなおしたナミが、

例のふたりから隠れるようにやたらとおれにくっついて、

優越感が、米粒から豆粒を通り越して風船が膨らむように大きくなっていく。


………すげェいい。


甘えられんのも悪くねェ。




「……やっぱりあれよね、」


「……どれだよ」


ふたりから遠く離れた席をとったナミの向かいに座ると、

ナミ越しにあの男と再び目が合った。

女と会話しながちらちらこちらを伺う男から、ストローを噛んだナミに視線をうつした。


「やっぱりさ、敵船の男となんて付き合っちゃだめよねー」


「………………」


「そもそも海賊が愛だの恋だの、それ自体が間違いなのよ。そうでしょ?」


「…………さァな」


「だいたいさ、マルコと私なんて歳も離れてるし、価値観もなにも合うわけないのよ。……あ、これ美味しい…」


「……まァ、確かになァ……」


緑色の輪っかを一口かじる。

確かに、硬すぎず柔すぎず甘すぎず、不味くはない。


「ロビンもチョッパーも絶対好きだわ!お土産に買って帰りましょう!ゾロのおごりで!」


「アホか!自分で買え!!」


「ケチケチしてるとケチケチおばけに食べられちゃうわよ?」


「…………酔ってんのか、おまえ」


はぁぁっ……と頬杖をついてまた一口ドーナツをかじったナミは、

チラリとおれの目を見て呟いた。




「あんたと付き合ったら楽そう……」


「………………」


「同じ船ならいつでも会えるし、なんでも知ってるし?浮気とか、すぐわかるじゃない」


「………………」


「…………なーんてね。マリモは光合成と筋トレが恋人だもんねー」


くすくすと笑ってドーナツを口に運ぼうとしたナミの手を、取った。



「……じゃあおまえ、……おれにしろよ……」


「…………え?」


キョトンとした顔になったナミの手から、一口蜜柑の味を奪った。


「…………まァ、こっちも食える」


「……あっ!ちょっとあんたね!勝手に私のとらないでよ!」


「おれの金だろッ!」


「抹茶よこしなさいよ!」


「自分で買ってこい!」


おれに向かって手を伸ばすナミの頬がほんのり赤い気がしたが、

おそらくおれもたいして変わらないだろう。



「んっ…!……なにこれ、こっちも美味しい……」


「……だから言ったろ、菓子は抹茶に限る」


「ま、蜜柑には負けるけど」


「……どんだけ負けず嫌いだ」


「だって事実だし?」


「………………」


「……?ゾロ……?」



おれの抹茶を奪いとったナミの後ろから、あのふたりが近づいてくるのが見えて、


おれは黙って席を立った。
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