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□氷のような情熱
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彼は、冷たい。
「氷のような情熱」
「……うわ、ちょっとあんたたち……なにしてんの」
黄色い海賊船に上がったところで目撃したのは、ペンギンに抱きつくシャチの後ろ姿だった。
「……うおっ!ナミっ!これはちがっ、」
「あーいいわ!大丈夫、見なかったことにする……」
全然よくないし、見なかったことになんてできっこないから、
自分の船に帰ったら誰かに喋ってしまいそうだったけど、
とりあえず、面倒なことには関わりたくない。
「かまうな」
行くぞ。平然とそう言って歩き出したローの背中を追いながら、
男ばかりの船ってこれが普通なのだろうかと考えた。
けどあれよ、型にはまらないって海賊の基本原理だもんね、うんうん。
「ちょ…!船長も誤解といてくださいよ!」
「……………………」
「うわっ!哀れみひとつかけねェ冷淡さ!我が船長ながらスルースキル半端ねェ!ペンギンもなんとか言ってやれよッ!」
ホスト勧誘を鬱陶しがるときと同じ、醒めた顔でシャチを無視したローの歩幅が大きくて、
置いていかれないように小走りしていると、私の名を呼ぶ柔らかい声がした。
「ナミ」
「……ペンギン」
にこりと微笑まれれば、私もつられてにこりと笑顔になる。
目深にかぶった防寒帽の下の瞳がいつだって優しいことを、知っている。
「久しぶりだな……会いたかったぞ」
「……ええ、私もよペンギン」
そうじゃなくて誤解をとけよ!というシャチの声にも耳を貸さずこちらを見つめたペンギンから、
私の意識はすぐに剥がされた。
「……もたもたするな」
グレーを濃くした瞳に横目でギロリと睨まれて、
慌てて足の速度を速めた。
「ま、待ってよロー…!」
「……………………」
待つことも、答えることもせず船内へ入ったローの後ろでもう一度甲板に目をやると、
項垂れるシャチの横でペンギンが「あとで」と口の形を変えたから、
小さく手を振って応えた。
ーー−−
「久しぶりねー、1ヵ月ぶりくらい?」
「…………あァ、」
「相変わらず殺風景な部屋……あ、また本買いこんだの?」
本に書かれたタイトル以外はシーツの皺ひとつ、棚のサッシの埃ひとつ代わり映えのしない無機質な部屋。
淡々と時だけを刻む冷酷さは、住人と同じだ。
「………………」
「……確かにこの島、本屋さんも図書館も大きくて情報には充実してるわよねー」
「………………」
「それにしてもちょっと買いすぎなんじゃない?……ペンギンに怒られなかった?」
「…………別に」
相変わらず反応の薄いローにひとりで話しかけながら、部屋の隅に山積みされた医学書を覗きこむ。
背中の方でコートや帽子を脱ぐ音と、カタリと長剣を置く音がした。
素っ気ないけど、怒っているわけじゃない。
これがローの普通なのだ。
「……ペンギンも大変よねー、すっかりこの船の会計係じゃない?気が合いそっ、……」
「………………」
振り返ろうとした私の背中を大きな身体がすっぽり覆った。
するり、長い腕が腰から腹へと回されれば二の句がつげなくなり、それだけで全てを支配されたような気持ちになる。
止まることなく服の裾から滑りこんできた手を慌てておさえ、
肩に顎を乗せるローを振り返った。
「ちょ、ちょっとロー…?」
「………………」
「っ、ちょっとまってよ、」
私の力なんて歯牙にもかけず、ギリギリと素肌をのぼってきた手が下着を押し上げ胸の膨らみを掴む。
同時に耳を唇で挟まれて思わずもがくと荒々しく引き寄せられる。
苛立ちを含ませたようなその仕草に身を硬めた。
「抵抗してんじゃねェよ。おまえはおれの女だろうが」
「……そ、そうだけど、そんないきなり、……やっ、」
意見なんて受け付けないとでも言うように耳たぶを歯で噛んで、
胸の先端を擦るローを背に甘い声を漏らす。
嫌だ嫌だと言いながらも、求められるのは実際嬉しい。
女としての面子が保たれるからだ。
「…………脱げ」
「で、でも、」
「早くしろ」
上の服が邪魔なのか、戸惑う私に舌打ちしたローが無理矢理たくし上げてくる。
部屋も明るい上にこういうことは久しぶりで、思わずその手を掴んだ。
「……ま、まってよロー…!まだ来たばっかりじゃない……そんな、今しなくても……」
「……あ?……関係ねェだろ。手ェどけろ」
「っ、やっ、ちょっと、」
「……うるせェ黙れ」
イラついたその声が私の肩をぴくりとすくめ、
荒っぽい手つきが私の抵抗を容易く奪う。
ローは上の服と下着を剥ぎ取ると私の腕を思い切り引いて、対面させた。
鋭い目付きで見下ろしてくるローは、たとえ不機嫌でも、怖くても、
目を合わせるのがためらわれるほどに魅力的だ。
「……いっ、……んっ…!」
デスクに追い込まれた直後、噛むように唇が合わさる。
角度を変え、深さを変え、速さを変え、ローの生暖かい舌が私の中をくまなく這う。
半裸のままデスクに座らせると、ローはすぐさまスカートの中の下着に手をかけた。
苦しさと恥ずかしさでうっすら目を開けると、真っ直ぐに私を見ていたその瞳と目が合った。
ずっと海の中に眠っていたビー玉みたいな色。
このまま見ていたら、凍ってしまう。
そう思わせる冷徹さ。
「…………足を開け」
目を逸らした直後、放たれた言葉に赤面する。
淡々と事を進めていくローは、私の動揺になんてお構い無しで涼しい顔をしている。いつだって。
「やっ、ちょっとまってよローっ、せめて電気、」
「早くしろ」
「………………」
威圧感を含んだ語気に言葉を失う。
両膝を掴んだローの手の動きに合わせて、おそるおそる足を開いた。
「……嫌がってた割には濡らしてんじゃねェか」
「っ、だっ、て……」
「待ってたんだろうが……あ?」
「ちがっ、」
「違わねェだろ。ほら、」
親指の腹を強く蕾に埋めこまれ、息が止まる。
ニヤリと口の端を持ち上げたローが、中や外、私の身体の弱いところだけをついてくる。
そうすると口からは甘い吐息とねだるような声しか出なくなる。
結局こうして煩悩へと追い込まれていく。
「あっ、……ローっ、やぁっ、」
「………………」
「んっ、……ふ、ロー……」
抜き差ししていた指を中から抜くと、ローは絡めた液を舌で舐めとって、上の服を脱いだ。
「声、出せ……」
「…………んっ、…え?」
捻り寄りながらベルトを床に捨てたローは、
自身を取りだしながら私の首筋に唇を置いた。
「聞こえるように……おれの名を呼べ」
「………………」
腰を動かし自分のモノで濡れたそこを撫でつけたローの肩に、
反射的に手を回しながらその言葉の意味するところを考えようとしたが、
一度短く息を吐いたローが腰を押し進めてそれを許さなかった。
「くっ、…………は、」
「っ、あァっ…!……ロー……っ!!」
奥まで一気に押し込まれた刺激で苦悶する私に、
ローはすかさず腰を揺らして身体を触りキスをする。
目が合ったその瞳が一瞬だけ優しくなったような気がして、痛みはすぐに甘さに変わる。
求められるのは、好き。
女としての魅力を認めてもらっているみたいで、嬉しい。
身体も、満足する。
だけど、心は……?
「はっ、…………ナミっ、」
「……んっ、……ローっ……」
ねぇ、気づいてる?
最近あなたが、行為以外で私の名前を呼んでくれなくなったこと。
求められて、受け入れて、
それで、女としての面子は保たれる。
だけど、彼女としての私はそれで満足なの……?
身体と、心、
どっちが建前?
「ナミっ、……あ、ナミっ……!」
「…………ローっ、」
中の膨らみが増したとき、ぎゅっと強く抱きしめられて、
それが、身体の気持ちよさよりも嬉しくて……
そんな曖昧な愛情にさえすがるように、大きな背中にぎゅっとすがりついた。