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□月がきれいですね。
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もしもあなたが、溢れるような胸の想いを、一粒残らず相手にわかってほしいと願うのならば、


それを伝えるために、いったいどんな方法を選ぶのでしょう。



海に向かって大声で「好きだ」と叫ぶのも、


耳を撫でるように「愛してる」と囁くのも、


とても素敵な愛のしるべに違いない。


またなにも、言葉だけが愛ではない。


自分の身を粉にし、やさしさの限りで相手に尽くすのも、


力で支配し、どこにも逃れられないように情熱的に抱き締めるのも、


きっと、全てがあなたの気持ちを現す正直な仕草だろう。


………………でも、


たとえどんなにきらびやかな言葉を並べ、

たとえどんなに全身全霊で愛を表現したって、

燻り焦がれるような胸の想いを、これっぽっちも伝えきれないもどかしさに、

あなたはさいなまれることになるでしょう。



……その恋が、まぎれもない本物ならば。






「愛しています」

「………………」

「………………」

「………………」

「……ナミさん?」

「…………あんたねぇ」

「はいっ、ナミすわん」

「…………今日何回目よ?そのセリフ」

「23回目です」

「………………」

「いやァ、こんなんじゃまだまだ足りねェんだけどね」


ベンチの横から見上げてくるでれっとした瞳と目が合った。

何回目と聞いて、まさか即答されるとは。

呆れて言葉が出ないとはこのことか。次に言うべきことを、私はやっと思い出し、口にした。


「“愛してる”禁止」

「え、……えっ!!?」

「1回につき罰金50万ベリー」

「高ッ…!じゃなくて!!……な、なんで!!?」


尻尾を踏み潰されたネコみたいな顔の額に、人差し指を押し当てた。

特徴的なその眉も、まるで世界の終わりみたいに歪んでいる。


「何度も言われると嘘っぽいのよねー」

「う、嘘じゃねェ!むしろ何度言っても足りねェくらいさ!できることなら一日中愛を囁いていてェんだ!そうでもしねェと…いやたとえそうしたって君への愛は伝えきれねェ!!」

「……うっとうしい」

「くはっ…!!辛辣!!けど、そんなナミさんも、す…」

「“好きだ”も禁止よ」

「……!!!」

「じゃあね。ごちそうさま」


口を開けたままフリーズした彼と、角のとれた氷がくるくる回るグラスを置き去りにしたのは、

私の中の、頑なな私。

恋人からの愛の言葉を待っている世界中の乙女からしてみたら、

なんて贅沢でわがままなんだと、自分だってわかってる。

真摯で熱く、くらくらするような愛の表現を、私の彼は星の数ほど持っている。


だけど私は、その中のたったひとつにすら、彼の本当の想いを見つけられずにいる。



ーー−−


「要はインチキっぽいのよね」

「それは、彼の言葉がストレートすぎるからかしら?」

「というより全部よ全部。どうせ過去の女にも同じこと言ってきたんでしょ?って」

「じゃああなたはサンジにどんな言葉で口説かれたいの?」

「………………」


ベッドにうつ伏せのままフラフラしていた足を、ぴたりと止めた。

さすがロビン、痛いところをついてくる。

それがわからないから、どうしていいのか謎なのだ。


「“愛してる”なんて、口説き文句の最上級じゃないかしら?それを日に何度も伝えてくれるのでしょう?」

「違うのよロビン!そうなんだけど…!それが逆に信用できないっていうか…!軽いっていうか…口先だけなんじゃないのって、ねぇわかるでしょ!?」

「ふふ、ええわかるわよ。言われれば言われるほど、どんな愛の言葉でも、その重みは廃れていくものよね」

「そう!そうなのよ!愛してるなんて、今や挨拶みたいなもんなのよ!アイツにとっては!」

「あら、じゃあサンジは私には挨拶もしてくれないのね。“愛してる”なんて言われたことないもの」

「………………」

「ふふ、頬が緩んでるわよ?」

「……っ!もう!からかわないでよ!」


本当は、わかってる。

自分がどれだけ大切にされているか、

自分がどれだけ特別扱いされているか、

自分がどれだけ彼に愛されているか。

……でも、時々怖くなる。

あまりにも、彼の言葉や態度が真っ直ぐだから、

実は、これは全てよくできたニセモノなんじゃないかって。

私を欺くための、フェイクなんじゃないかって。

罠にかかってどうにも這い上がれなくなったころに、彼は私を捨ててどこかへ行ってしまうんじゃないかって。

そうしたら、きっと私は海のあぶくみたいにプツリと途切れて死んでしまうの。

だって私は、この胸の想いを伝えるために大それた言葉なんて吐けないし、

どうやったら伝わるのだろうと、自分の中でひたすらに空回りしているだけで。

有り余るほどの言葉と態度で愛情を注いでくれる彼とは正反対。

わかっているつもりでも、彼が私を愛してくれるということが、

本当に現実のことなのか、ふいにわからなくなってしまう。


だから、たとえ何万回愛してると言われても、

何万回も確かめないと、不安なの。



……………不安なのよ。





「こんな話があるの」



本の背表紙を指でなぞりながら、ロビンがふと言葉を漏らした。

遠いところを見るように、近くの私を見据えている。

精錬された情緒生活の科学に導くときの、彼女の癖。


「……どんな話?」


そして私はすんなりと、決まってその心理の椅子に腰かける。


「とても昔の有名な逸話よ。まだ辞書が一般的ではなかった時代、歴史上の文豪たちが、“I love you”に相当する異国語の文章を、なんと翻訳したと思う?」


「……“あなたを愛してる”…じゃないの?」


「普通はそうね、彼らは知識人だもの、外国の言葉にだって精通していたはずなの。でもね、ある文豪はこう訳をしてみせた……」




“死んでも可いわ”




「………………」


「死んでもいいほどに狂おしく、命の限り、愛してる。……情熱的だと思わない?」


「……確かに粋だわ。……でも、私はそんなの嫌よ。相手のために死ねるなんて、簡単に口にして欲しくない」

「ふふ、あなたならそう言うと思ったわ。現実に生死と隣り合わせの私たちにとっては少し敬遠したいわね。当時は“愛”という概念が一般的ではなくて、どちらかと言えば“情”としてとらえられていたのよ」


「ふーん……」


それは、どんな状況なのだろうかと想像した。

私の彼も、きっと私のためなら命さえ投げうってみせると言うだろう。

残される者の痛みを知る私は、同じように言えるだろうか。



「じゃあ、こんなのはどうかしら?」


「……“I love you”の訳し方?」


「ええ。“I love you”を、“我、君を愛す“と訳した弟子に向かって、ある文豪はこう言ったの。”君、そのようには言わないものだよ”」


「……じゃあ、なんと訳したらいいのですか?ロビン先生?」


「ふふ……“こう訳しなさい。これでじゅうぶん伝わりますから“……………………」






ーー−−
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