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□月がきれいですね。
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ーー−



「ナミさんみーっけ」


「……どうしてここだと思ったのよ?」


「ん?おれには“ナミさんセンサー”がついててさ、ナミさんがどこにいたって察知できるようになってんのっ」


「…………あ、そう」


「知らなかったかい?」


「できれば知りたくなかったわ」


「またまた、ツンデレなんだから〜!」


「ひとっかけらもデレてないわよ」


私の素っ気ない言葉にもニマニマと顔の筋肉を緩めた彼から、

まだ湯気のたつホットミルクを受け取った。

真っ暗闇の中に濃厚な液体がぼうっと浮かび上がって、そこだけぼんやりと白く見える。

操縦席のベンチに座ると彼は、次に私の膝にブランケットをかけた。


「ところでどうしてここにいるんだい?いつも見張りは展望台、…………」


電気のついたままの展望台を見上げて、私がここにいる理由について思い当たったのか、

彼はため息ともとれる息を煙と共に吐き出した。


「どこかの筋肉バカが今日はまだトレーニングするって言うからねー。譲ってあげたのよ」

「……あんの脳まで筋肉野郎……ナミさんに気ィつかわせやがって……あとでオロス」


本当は、ゾロがトレーニングルームをつかっているというのはいい口実で、

少しひとりになって、風に当たりたいと思ったからなのだけれど。

“ナミさんセンサー搭載”とやらの彼に、あっけなく見つかってしまったというわけだ。


「……いいのよ。ここのところ天候も不安定だし、いつどんな災害に遭うかわからないもの。外にいた方が便宜的ってこともあるわ」

「それでマリモに展望台を譲ってあげたのかい?あんな光合成植物にまでやさしいなんて、まるで天使だな。そんなナミさんも好きだ」

「ハイ、50万ベリー」

「はっ…!!しまった!つい本音を…!!」


くそぉ、でも、50万ベリーでおれの愛を伝えられるなら安いもんか…?

…などとブツブツ呟く彼を尻目に、ホットミルクをすする。

彼のいれてくれる飲み物は、どれもこれもやさしい味がする。

それはたぶんきっと、いれてくれるのが彼だから、なのだろう。


「……もう口癖の域みたいね。私に向かって好きとかなんとか言うの」

「んー、まァ、気づいたら言っちまってるよなァ。だって好きなんだもん」

「ハイ、100万ベリー」

「えぇぇっ!?今のもカウントするの!?」

「当然よ」

「……いっ、いつまで続くんですか!?その制度!」

「さぁ、一生かもねー」


軽く青ざめて私を凝視した彼は、ポツリ、煙草の灰が落ちるのと同時に呟いた。


「……じゃあさ、これからおれはどうやって君に愛を伝えればいいんだい……?」


手の中に、カップ越しのミルクの温かさを感じる。

私にしか見せない、泣き出しそうなくらい情けない彼の顔を、チラリと見る。

いじわるしているわけではない。

ただ、確かめているだけ。

どんな言葉も、きっと空っぽではないことを。


「……あんたから好きだの愛してるだの奪ったら、もう伝える手段もないわよね。残念ねー」

「もとから伝えきれてねェよ。半分も」


闇に慣れてきた瞳が、静かに呼吸をする彼の喉を捉えた。

独り言のような言葉に、嘘など微塵も見えなかった。


「……いつもあんなに大袈裟なこと言ってるくせに?」

「おれの気持ちを伝えるのに、あれじゃ全然足りねェっていつも言ってるだろ?」

「ど、どこがっ、大声で海に向かって叫んだりしてるじゃない!けっこう恥ずかしいんだから!」

「本気で伝えてェと思ったら、声だってでかくなるんだぜ?」

「………………」

「けど、何度腹の底から叫んでも、全部を伝えることなんてできねェんだ。……君に対する気持ちが大きすぎてさ……」

「………………」

「……おれはねナミさん、 情けねェことに、自分の気持ちを表す言葉を知らねェんだよ」

「………………」

「だから、何度愛の言葉を捧げても、満足できねェ……」

「………………」


気持ちを鎮めるようにジュワリと煙草の火を消すと、彼の髪がさらりと揺れる。

その髪と同じ色をしたそれを、彼と同じように見上げてみた。

静かな時が、流れていく。





「………もうずっと前から、不思議でたまらねェことが、ひとつある…」


「…………どんなこと?」


「君と、初めて出会った瞬間から……」


「………………」


「世界が、見たこともねェような色で光ってるんだ……」


今、私の目に映っている夜空と、

彼がその瞳に映している景色は、きっと違う。

だけど、互いの見ているものを知りたいと思う心は、きっと同じだ。



「……どんな色なの?」


「……なんつーかこう、オレンジなんだけど、ちっせェ雪の粒みてェな白いのがキラキラしてて……たまに、青くなったり透明になったりするんだよなァ。……おれはナミさん色って呼んでんだけどね。へへ」


「……なによそれ。チョッパーに診てもらった方がいいんじゃないの?」


「それはだめです!絶対ェ治したくねェ!おれこの色すげェ好きなんだから!」


「……ハイ、150万ベリー」


コップで顔の半分を隠してそう言うと、彼は「参ったな、君だけじゃなくて借金にも溺れちまう」と苦笑した。


「それに、それだけじゃねェんだよ」


「なにが?」


「ナミさんといると食いもんも美味ェし、料理も楽しい……」


「………………」


「あいつらのくだらねェバカ騒ぎにも笑えてくるし、なにもかも、新鮮なんだ……」


「………………」


「ずっと、浮き足立ってる。……それくらい、幸せなんだよなァ、おれ。だけど、それを君に伝える術が見つからねェ……」



もしもあなたが、溢れるような胸の想いを、一粒残らず相手にわかってほしいと願うのならば、


それを伝えるために、いったいどんな方法を選ぶのでしょう。



「……サンジくん………見て……」



海に向かって大声で「好きだ」と叫ぶのも、


耳を撫でるように「愛してる」と囁くのも、


とても素敵な愛のしるべに違いない。



………………でも、


たとえどんなにきらびやかな言葉を並べ、

たとえどんなに全身全霊で愛を表現したって、

燻り焦がれるような胸の想いを、これっぽっちも伝えきれないもどかしさに、

あなたはさいなまれることになるでしょう。



「………あァ、すげェなァ……またナミさん色に光ってる」


「…………バーカ」



示した方角から宝石よりも強い輝きを放って、

端っこの少し欠けたそれが、私たちを眺めている。

目の覚めるようなそれを見ていると、数刻ほど前のロビンとの会話を思い出した。




『…… “I love you”を、“我、君を愛す“と訳した弟子に向かって、ある文豪はこう言ったの。”君、そのようには言わないものだよ”』


『……じゃあ、なんと訳したらいいのですか?ロビン先生?』


『ふふ……“こう訳しなさい。これでじゅうぶん伝わりますから“……………………』



…………彼が、そっと私の手をとった。


繊細で逞しく、力強いその手が、


ミルクの温度よりも熱く、私を包み込む。




「………ずっと、こうしていてェ……」



「…………………うん」




……もしもその恋が、まぎれもない本物ならば、


どんな言葉に乗せたって、きっとあなたの想いは伝わるはず。




「…………ねぇ、ナミさん……」



「……なに?サンジくん……」




横顔の彼は、とても言い尽くせぬほどやさしい瞳で笑っていた。






月がきれいですね。






あなたが傍に、いてくれるから。







END
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