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□怖いもの知らず
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心地の好い追い風が船を運んでいる。
この調子なら、予定よりも早く次の島に到着しそうだ。
「ルフィー!落っこちないでよー?」
「おうナミ!島が見えたら呼ぶからよ!」
「そうじゃなくて……ま、いっか……」
呼ぶもなにも、船のどこにいたってルフィの冒険の合図は聞こえてくる。
船首から身を乗り出して今か今かと新しい出会いに心奪われている船長に呆れ半分の笑みをこぼし、踵を返した。
「ナミすわぁぁん!もうすぐおやつできるからね〜!」
「はーい!船尾にいるから呼びにきてくれるー?」
「あいあいさ〜っ!」
もくもくと白いハートを立ち上らせるサンジくんに応えつつ、甲板で居眠りしているゾロの前を通りすぎた。
船のどこからか、トンテンカン、いつものように金槌の音が響いている。
マストの陰では緩やかなヴァイオリンの音色と本を読む美しいロビンの声で、チョッパーが夢の中に誘われている。
何も変わらぬ、円満な船上だった。
「……気持ちのいい風ね……船が、雲と一緒に進んでるみたい」
最も風を感じることができる船尾の真ん中で空を見上げた。
辺りを駆け抜ける空気を身体にとり込むと、この世界と一つになれる、そんな気がする。
ふわり、淡い桜色の羽が視界を舞った。
芝生にひっかかって揺れるそれを不思議に思ってつまみ上げると、
先程まで海の青一色だった視界の先には、同じ色を纏った大男が船の縁に胡座をかいていた。
「………ご機嫌いかがかな?お嬢さん……」
「………ッ!!」
叫ぶ前に飛ぶように迫ってきたその男によって、声を塞がれた。
最後に聞いたのは、「少しばかり眠ってもらおうか」そんな低い声だった。
ーー−
「身代金目的なら、拐う相手を間違えたわね。悪いけどうちの船にはお金なんて一銭もないわよ?」
「ククッ、何を言っている?おまえの船には賞金付きの首が8億以上も乗っているだろう?」
身体の半分以上を沈めてしまいそうなほど柔らかいソファに浅く腰掛け、腕と足を組んだ。
目覚めてから、当たり前のように目の前にいて私を観察し、のらりくらりと適当な返事をしながら泳がせるこの男。
王下七武海などとご立派な称号を背負い、もてはやされている海の荒くれ者。
誰しも一度は耳にしたことのある悪名は、決して触れてはいけない山。
うちの船長はともかく私は、そんなものに好き好んで近づきたがる命知らずではない、はずなのに。
何故、タイマンで話なんてしているのだろうか。さっぱり訳がわからない。
「……賞金首が欲しいなら、私じゃなくても他にいるでしょ!?る、ルフィとかゾロとか…!!狙うんだったら億越えのあいつらを狙いなさいよ!!」
「あんな小僧共の首にかかった賞金なんざ、興味はねェよ」
「だ、だったら何が目的よ!?誘拐って言ったら普通、狙いは身代金で……」
不思議なほどに、空気の通らない部屋である。
開く場所のない大きな窓が、外でうごめく木々や生き物の生気を遮断して、ただのディスプレイと化している。
まるで、ずっと昔からここが私の部屋であるかのように、時間を忘れる。
「勘違いしてもらっちゃ困るねェ。これは誘拐じゃねェ、……“拉致”なのさ」
「………………」
つまりは……そう言葉を切って指にはまったリングをコロコロと手のひらで弄ぶと、
男はそれについていた大きな緑の石をキラリと反射させて私を見た。
「おまえの仲間が何を差し出そうと、返してやるつもりはねェ……」
「………………」
「目的は何かってェ?もう手に入れた。あとは、どう楽しむか……それだけだ」
耳まで大きく裂けた口がニィッとつりあがると、私の頭の中の臆病センサーがはち切れた。
危ない、危ない、こいつ、本気でヤバイ奴、力で敵わないことなんて、目に見えてる、八方塞がり、それどころか、下手すれば、死……
「………たの、しむって……まさか若い娘を拐って殺すのが好きなの?顔に似合って悪趣味ね」
「フッフッフッ、そんなナンセンスなことよりも、もっと理にかなったことをしようじゃねェか………おまえ、おれの仲間にならねェか?」
「……仲間ですって?誰が、海賊の仲間なんかになるもんですか」
「おかしなことを言う女だ。麦わらの小僧だって海賊だろう?」
「あんたにはわからないでしょうけど……私は“海賊”に着いてきたわけじゃない。“ルフィだから”仲間になったのよ」
「へェ……つまり、おれの仲間になる気はねェと、そういうことか?」
「……えぇ、当然でしょ」
拉致、拉致、拉致、……
さっきの男の言葉が頭の中をぐるぐる回る。
目的は、…………私。
「それじゃあ仕方ねェ。おまえにはおれの女になってもらうとするよ。危険のねェこの城で、一生安らかに籠の鳥ってのも、…悪くはねェぜ?」
「…………なっ、」
「それとも何か?ペットがいいか?まァどちらにしても同じことだがな……ククッ」
ゆらりと立ち上がってコキコキと首を鳴らした男から遠ざかるため、もつれるように足を動かして後ずさる。
クリマタクトをかまえたときには、無風の部屋に風がおこって視界が淡い桜色で覆われた。
「いやァッ…!何する気よ!放して!!」
「何をするか?随分と無粋なことを聞くじゃねェか。そんなに知りてェなら教えてやろう」
「っ、やめっ、」
「今からおまえを、おれの女にしてやるってんだよ……なァ、仔猫チャン……」
ペロリ、舌舐めずりをして、男は私の身体をソファにおさえつけた。
柔らかいはずの背もたれが、ミシミシと背中を圧迫する。肺の空気が抜けきる前に、私の襟を掴む浅黒い男の手に爪を立てた。
「……はァ、余計な、お世話っ、誰があんたの女になりたいなんて、言ったのよっ!」
「フフッ、おまえはまだまだ世間知らずのようだが、おれに抱かれてェって女は五万といるんだぜ?そのおれが直々に出向いてやったんだ。島中の女たちが嫉妬してるさ」
「連れ去っただけじゃない!誰も頼んでなんかいないわよ!」
「王子に連れ去られるシチュエーション、憧れたもんだろォ?」
「ふざけないでっ!ヤリたいなら、他の女を、」
「おれはおまえに興味があった」
「っ、いや、やめてっ!!」
紙を破るように服を引きちぎると、男は抵抗する私の手を大の字に開かせた。
羞恥と恐怖で震える私を見下ろし喉で笑う。心もとなく暴かれた胸元が、ひんやりと冷たくなっていく。
「あの麦わらの小僧が惚れ込んでいる航海士………おもしれェ…!」
「やっ、放して……!」
「この新世界で突然航海士が消えたとあっちゃ、この先の旅はまさに卵の殻で海を渡るようなもんさ!次の島にさえ辿り着けず、沈んでるかもしれねェなァ?」
「……!!そん、な……」
「仲間が心配かァ?泣かせるねェ。その若さで、先行きのわからねェ海賊ごっこの連中に心を売った、魔女……」
「やァァッ!はっ、やめて…!」
耳の縁を長い舌が往復して、ゴテゴテに金属の感触のする両手が胸を鷲掴む。解放されたはずの両手は、縫い付けられたように動かなかった。
掠れた息を吐きながら口の中で味わうように胸の先を転がすと、腹を通った手が下の服を一気に剥がした。
片足を肩にかついで足の間を覗かれたとき、これから何が起こるのか、自分の運命を悟った。
力があれば、気楽に生きられれば、身長があれば、……
男に生まれたらよかったな。なんて、幾度となく考えてみたことはある。だけど、これほど女であることを恨んだことはない。
「あんなガキ共といたところで、末路は見えてる。どうだ?おれのもとで、世界を手に入れたくはねェか?」
「っ、あっ、ふざけんじゃ、ないわよ…!」
「何もかもがおまえの望むように!何故なら、おまえはおれの連れ合いになるからさ……おれは自分の女には、甘ェんだぜ?」
「はァッ、……連れ合い…?私が?あんたの妻になるって?……勘弁してよ…」
「……何か、不満でもあるのかな?仔猫チャン…」
ピチャ、身体の中心を指の腹で円を描くように撫で回しながら、自らの衣服に手をかけ反り立つモノを取り出した男を、
微笑みさえ浮かべたいつもの生意気な小娘の表情で、あしらった。
「あんたなんて、これっぽっちもタイプじゃないの」
瞬間、額に筋をいくつも刻みながら、大きな口が目の前で歯を見せて笑った。
「……フフッ、ハハハハッ……フッフッフッフッフッ…!おまえ、この状況が飲み込めてねェみてェだなァ…?」
低くこだました声の後、ズシリ、下半身が重くなる。
突き立てるように奥をえぐった痛みに、身体が大きく波を打った
「っ!あァァっ……!」
「そんなにいたぶられてェなら、最初からそう言えばいいじゃねェか。ほらッ、逃げるんじゃねェよ……」
「やァッ!あッ!あぁぁッ……!」
「くッ、たまらねェ…!ゾクゾクするぜ!そんなに締め付けてくれてよォ!身体はおれを歓迎してるみてェだなァ!」
「はァァッ…!いやぁっ、やめてよ…!」
腿を抱え込み大きく揺さぶりながら、皮膚に浮き出た汗まで物欲しげに吸い取っていく男。
低く湿ったその呻きに、愉悦が滲んだ。
「フフッ、感じるかァ?おれの身体がおまえで悦んでやがる!」
「はっ、あっ、あァッ、」
「全ておまえにくれてやる……このおれのナカが、尽き果てるまで……全てなァ…」
「…………っ、」
足を抱え上げた勢いで覆いかぶさって深くまでつながると、男は腰の速度に合わせて嘆息を繰り返す。
身体の痛みや屈辱よりも、目の前の男の満足げな顔に嫌悪がした。
不本意にも自分が彼の本能を愉しませていること、それがひどく悔しくて、
無理矢理口に捩じ込まれた舌に、逆上されるのを知りながら噛みついた。
「…………ククッ、しつけのなってねェ猫だ……」
「……当たり前でしょ?あいつらをしつけてるのは……私、よ……そんなの、必要ないわ」
「だったら今日から、おまえはおれに従順な女になれ。たっぷり調教してやるよ」
「はっ、…………弱い男ほど、力で支配しようとするのよね」
「………………なんだって……?」
「たったひとりの女に………必死すぎて、笑っちゃう」
鼻で一笑に付した途端、足を掴む蜘蛛の指先がピリリと固くなった。
何を盗られて、何に屈しようとも、信じるものを変えるわけにはいかなかった。
たったひとつ証明できること、それは、私が麦わらの一味であるということなのだから。
「オイオイ、口には気をつけな?…おまえはこれから仮にも次世代の王者に献身しようって女だ。己の立場を自覚するんだよ…」
「っ、……えぇそうね……あいつは、私たち全員連れて、この海を冒険しつくすって言うんだもの……隣で支えられるように、何があっても、強くなきゃいけない……」
「…………………」
私は、負けない。
「私が海賊王にするのはあんたじゃない…………ルフィよ」
これ以上喋るなというように私の身体から抜いたもので口を塞ぐと、髪を鷲掴みにした男は容赦なく口内に吐き出した。
「この先一生をかけて、おまえのその軽はずみな言動を後悔させてやろうじゃねェか…………死ぬほど、たっぷりとなァ……?」
殺気を放ちながら頬を皺にしたその顔は、まるで鬼が笑ったようだった。
怖いもの知らず
その勇敢さ、時として命取り。
END