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□裸の恋愛
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「裸の恋愛」






side-Marco







「…………ナミ」


「……………っ、」


「……口、開けてくれねェかよい」



強ばった口角を親指で撫でると、先に開いたのは瞼の方だった。


ブラウン色の瞳が照明に反射してキラキラと揺れながら、おれを見上げる。

少し下がった眉にキスを落として、その唇をもう一度ナミのそれと合わせる。


端から端までついばみながら舌で入り口を刺激して促すと、固く閉ざされていた唇がほどけるように薄く開いた。

すかさず押し込めた舌で、口の中にある性感帯をなぞる。

相手に快感を与えることで自らもきもちよくなることができるのは、男の特権だと思う。

ぴくり、ナミの身体が反応を示したことに連動して腰の辺りが重くなる。


「ふ、…………んんッ、」

「………おめェ…また色っぽくなったんじゃねェか?」

「えっ、……そんなの、自分じゃわかんないわ……」


おれの下で瞳を泳がせたナミは濡れた唇でそう呟くと、噛みつきたくなるような色に頬を染めた。

男に、「食いたい」と思わせる。これを病的な色気と言わず、なんと表現するのか。

食欲と性欲は似ていると言う輩がいる。目の前の旨そうな女を見て、あながち外れていないと妙な納得を抱く。

好きな料理の匂いをかいで、腹の虫がうるさく鳴く。

いくら食べても気づけば空腹だし、ひとりの食事は妙に空しい。



「………………」


「…………マルコ…?」


鎖骨につながる首筋が真っ白で、目の前がチカチカとうるさくなった。


…………ここに、おれの印をつけてみたい。


たとえば他の男が嫉妬するほど、いやらしく。


「………いいかい?」


「……え?」


「このままおめェを抱きてェんだが、……いいかよい?」


こんなホテルに連れこんでおいて、それを聞くのもどうかと思った。

だが、断りを入れず進んでしまったら、まるでおれの独りよがりみたいな気がして。

だって、やさしく組み敷いたはずの身体はずっと、端の端まで強ばって、ぎこちない。


「………っ、まって、マルコ…」

「もう我慢できねェよい。……いいだろい?」


服の裾に指をかけ、まくるように腰の線を胸まで辿る。

聞いたところで結局は、独善的な下心に勝てはしない。

欲しくてたまらないものを前にして、奪わない手はあり得ない。

いくら立派な大人とて、聖徒や隠者のように高徳な人種ではない上に、海賊で、男なのだから。


「ひゃっ…!ちょ、ちょっとまって!」

「焦らすなよい。ここまできて気が変わったなんて言わせねェぞい」

「っ、でも、」

「いい加減おれのものになれ………ナミ」


囁いた耳元を、そのまま口に含む。大きくなぞった胸から、艶かしい弾力と張りが両手に伝わった。

外耳の内側の筋に舌を這わせながら、絹肌を隠している下着を押し上げる。

直接辿った部分があまりに瑞々しく柔らかくて、この手で触れることが罪になるような気さえした。


ずっと前からそうだった。一回りも歳下の、異なる船長に就く女。

おまけに言うと、仲間内でも圧倒的な憧れの的で、抜け駆けは黙殺された。

…………おれにとって、まさに禁断。


だから、胸の中の欲望に素知らぬ顔をしてきた。その存在に見あうだけの麦わらのクルーやエースの若さを、遠巻きに眺めて。

こんな女がおれを慕ってくれたらと、いい歳して、呆れてしまうような願望を密かに抱いて。

だから、淡い期待が現実のものとなった今、想像するのも罪悪に感じられた、淫らなナミの姿を見てみたくて。

乱して、鳴かせて、いっそ自分だけのものにしてしまいたくて、


…………おれのこの手で。



「…………っ、」


「…………ナミ…?」


小さな呼吸に震えを感じてナミの顔を覗きこむ。

何かに耐えるようにギュッと目を瞑って戦慄く表情が、おれの動きを制止した。


「……ご、ごめんっ、」

「………怖いのかい?」


そう訊ねると、ナミはすぐにふるふると首を横に振った。

以前にも同じような顔を見た。けれど、行為自体は初めてではないと言っていた。

「初めてだから、不安なの」とでも言わていたなら、どれだけいいか。

唇に指をあててうっすら汗をかきながら、ナミは身体を小さくした。


「……そ、その……は、恥ずかしくって……!」

「…………恥ずかしい…?」

「……ごめんっ、無理っ、やっぱり無理よ…!」


言うなり、ナミはくるりと身体を反転させた。

見張るようにしなやかな線の背中が、剥き出しのまま男を誘う。

以前から思っていた。こいつの小悪魔には“鈍感”と“無自覚”が混入していて厄介だと。


「これからもっと恥ずかしいことするんだろい」

「…っ!ま、まって…!心の準備がっ、」

「準備?そんなもんは、おれがちゃんとしてやるからよい」

「なっ、なんの準備よ……!」


長い髪の散らばる無防備な背中を抱きしめ、掻き分けたうなじにキスをした。

身動きを封じたまま、ベッドと身体の隙間に手を入れて後ろから胸を揉み上げると、

「きゃあっ、」というなんともかわいらしい悲鳴に、思わず腰を擦り付けた。


「……んな声出されたら、もっといじめたくなっちまうだろい」

「やっ、……マルコ、まって!」

「こんなに隙だらけで、誘ってるようにしか見えねェんだよい」

「っ、ちがうのっ、」

「なァ……このまま後ろから突いてやろうか?」

「っ、……ッ!!」


大きく息をのんだナミに口元をつり上げて、巻き付けた腕で軽い腰を持ち上げた。

逃げられないように抱えこんで突き出た尻を片手で撫でると、卑猥なその光景に、驚くほど性急な興奮が襲ってきた。


「っ、ナミ、すぐ挿れるぞい」

「っ!いやぁっ、まってってば…!」

「平気だよい……痛くねェようにしてやるから、」

「っ、やだ、やだっ、はな、して……」

「……………………」



「こんなの、恥ずかしい……」消え入りそうな声で呟いて枕にギュッとしがみついたナミに、

欲望とのめまぐるしい葛藤に勝利した理性が、おれの手をベルトからゆっくりと引き剥がした。



「っ、……ふっ、」

「……わかったよい」

「……マル、コっ、」

「もうしねェから、泣くな……」

「…………んっ、ごめん…」


解放した途端布団にくるまって小さくなったナミの背中をさすって、

悟られないように、ため息をついた。


こう見えて、船では先輩を気取っている。

こんな状況で何も見えなくなるほど青くもないし、性欲を満たしたいだけのガキになるつもりも毛頭なかった。

何より、ここまで拒絶されては「良識と節度ある歳上の恋人」に戻る他、おれにできることは何もない。

たとえ聖徒や隠者のように高徳な人種ではない上に、海賊で、男でも、

…………立派な大人なのだから。


「謝るなよい。会って早々、こんな昼間っからつれてくるところじゃなかったねい……」

「……違うのっ、私が…」

「今日は、……うちの船に泊まっていくだろい?」

「……え?」

「あー、いや……ちょうど景気のいい海賊船に出くわしたばかりでねい。奪った財宝元手に大がかりな買い出しがあってんだよい」

「財宝?」

「こんな日は必ず宴があるからよい……おめェもどうだい?」


布団からはみ出したキョトンとした顔のナミに、言い訳みたいな理由を付け足した。

きっとその目に映っているのは、下心という衣を着たおれに違いない。

確かに、酔わせて事に持ち込もうとか、部屋に連れ込んであれこれしたいという考えがないわけではない。

むしろ、あるに決まってる。

だが、本当のところは猶予が欲しいというのが切実だった。


ナミを、心の底からおれに堕とす、……猶予が。



「……宴……いいわね」

「だろい?そういやエースやサッチもおめェに会いたがって、」

「エース…………」

「…………あァ…」

「……そうね、エースにも会いたいわ…」

「………………」


だめ押しで挙げた名に、ナミは口元を綻ばせた。

その表情に気をとられて手を止めたおれを、悪気のない猫の瞳が不思議そうに見上げている。


…………小悪魔は、鈍感で無自覚だから、厄介なのだ。





「…………マルコ?」


「……じゃあ決まりだな。甘ェもんでも食って、ゆっくり船に戻るとするよい」


そう言って小さく微笑んで見せると、ナミは少女のようなあどけなさで笑った。
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