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□裸の恋愛
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ーー−


陽気なサッチの音頭で始まった宴は、港に夜景が映える時間帯には正体もなにもなくなった。


適当な木箱を台に3人の隊長が若い娘ひとりを囲むという状況にも臆せず、ナミは次々とジョッキを空けていく。

その気持ちのいい飲みっぷりに、場の空気も盛り上がる。

エースはナミが杓をしてくれることがたいそう嬉しいらしく、いつも以上の量を飲んでいる。

マドラーばかりいじりだしたその隣のナミはどこから見てもほろ酔いの隙だらけで、内心ひやひやした。



「しっかしマルコはずりィよなー」

「よく言ったエース!おれは言えねェ!マルコが小癪だなんてよ!」

「……言ってんじゃねェかよい、サッチ」

「なになに?どういうこと?」


目を細くするおれに気づいていないのか、それとも構う気がないのか、

エースは首をかしげるナミに身体を寄せた。


「おまえのことだよ」

「……はい?」

「マルコ、ナミには興味ねェって散々言ってたんだぜ?」

「………ふーん…」

「なのにちゃっかり自分のものにしちまって」

「そうなのね……」


露骨に嫌な顔を向けられ、思わず酒を台に置いた。

わざわざナミの機嫌を損ねた張本人は、素知らぬ顔でジョッキをイッキ飲み。


「……エース、そのへんでやめとけよい」

「なんだよ、酒かァ?それともこれ以上ナミにバラされたくねェことでもあんのか?」

「おれは何を言われてもかまわねェが、ナミに適当なことばかり吹き込むんじゃねェぞい」

「おー、さっすが優等生!抜け目ねェ!そういうの、こずるいって言うんじゃねェの?」

「……おれの愚痴なら、他所で聞いてもらえよい」

「……ちょ、ちょちょちょ…!覇気!覇気しまっておふたりさん!」

「………………」

「………………」

「…………あ、お酒無くなっちゃったわね」


私取ってくるわ。とそそくさ船内に入っていったナミを横目で見流し、エースはつまらなそうに頬杖をついた。



「……おれがずっと狙ってたの、知ってたくせによ」


「あァ、……横取りするみてェになっちまって、悪かったねい」


たとえすれっからしになったって、手放してやるつもりは微塵もなかった。

愛だの恋だの、そんなキラキラしたものとはとうに似合わない年齢になっているというのに、

真っ只中のエースと対等に張り合ったりして、むきになってしまいそうな自分がいる。

ナミのこととなるとつい、腹中の癇癪玉を握る手に力が入る。

くしゃり、体裁や風評まで……押し潰してしまいそうになる。


「なァ、ところでマルコ……」

「あァ、なんだい?」

「ナミってさ、ベッドの上でもやっぱすげェのか?」


くしゃり、……押し潰してしまいそうになる。


「よく聞いたエース!おれは聞けねェ!ナミちゃんがエッチでは受けなのか攻めなのか!」

「………………おめェら…」

「な、どうなんだよ?おれら男同士、たまには腹割って話そうじゃねェか」


今の今まで恨めし気な目をしていたエースはニカリ、白い歯を見せておれの肩に腕を回した。

今おれの腹を割ったところで、出てくるのは潰れかけの癇癪玉だ。

そうとも知らずバシバシ肩を叩きながら「何分でイかせてくれるんだ?」と囁いたエースの問いに、

「くわッ!おれだったら3分ももたねェ!」となぜか身悶えしたサッチが興奮ぎみに答えた。


「……… 勝手に言ってろい」

「いやいや、フェラはうまいのかって聞いてんだよ」


その単語に、自分の足の間でうずくまって上目遣いをするナミを想像してしまい、ぶるりと身体が震えた。


「……あけすけすぎんだよい」

「そうだぞエース!たとえ下手でも最高だろうが!くそォ、羨ましいぜマルコよ!」

「そういう問題じゃねェ。……もういい、酔えなくなる」


欲求不満なら、誘われるのを待っているナースのところに行け。

そういうつもりで重い腕を払いのけ、甲板の隅を陣取っている白衣の集団を指差した。

海賊なんていうものは、そもそも品位の欠片もない不埒で無法な者の集まりだ。

血気盛んな男の下世話な話題にナミが上がる。仕方のないことだし、こいつらの下心ごとき、聞き流さなけらばやってられない。

…………でも、


「なァ、隠すなってマルコ!そこはおれにとって重要だ!」

「なんでおめェに関係があんだよい」

「なんでって……おれ、フェラさせんの好きだからな」

「……………………」


真顔で言ってのけたエースに、気体が凝結するように、素で身体が硬変した。

なおも屈託のない瞳を近づけおれの肩を引き寄せると、エースは飯にでも誘うように口にした。


「今度、3人で楽しまねェ?」


「……………………」


口からは火も消えないほどの細い息しか漏れなかった。

「オイオイ!おれを仲間外れにすんなよ!」などと気色ばむサッチのことなんて、もはやどうでもよかった。

たとえ地球がひっくり返ったとて、そんなこと、ゆめゆめ現実にさせるつもりはないのだから。


「ほら、そろそろマンネリしてんじゃねェかと思ってだな…」

「悪ィが他をあたってくれ。そういうのは本意じゃねェんだよい」

「シケたこと言うなって!ナミならおれが誘うし、」

「やめろい………もういい。おめェらと腹を割ってするような話は、何もねェよい」


刺のある口調で突き放すのが精一杯だった。頼むから、黙ってくれ。そうしてくれなければ、立派な大人なんて保っていられそうにない。

肩に乗った腕を再度払い落として酒を煽ったおれに向かい、何を勘違いしたのか、サッチが神妙な面持ちで呟いた。


「腹を割ってするような話がねェって、まさかおまえら…………まだ?」

「……………………」

「……………………」

「…………え、そうなの…?」

「…………関係ねェだろい」


男としては否定のひとつもしたいものだが、開いた口からはあいにく一声の見栄も出てこなかった。

黙して語らず所在なさげにまた一口酒に手を伸ばしたおれに、目の前のふたりはキョトンとしたまま顔を見合わせた。


「ま、………マジで!!?」

「う、ううう嘘だろい!?」

「……………………」


口癖が移ってるぞいなどと、つっこむ気もおきなくて、片手で頭を抱えた。

おまけに深いため息をついてみせると、半可通の男ふたりは酒の瓶もかなぐり捨てて、つかみかかる勢いで捻り寄る。

これは哀愁のため息ではなく、呆れのため息だというのに。


「おまっ、マルコっ!それでも男か…!??」

「何ヵ月経つんだよ!!ま、まさかマルコおまえ、………イン、」

「違ェよい!……おめェらの首突っ込むところじゃねェ。わかったら今の話は忘れて向こうへ行け」


すっかり酔いも醒めたふうな面持ちで、エースとサッチはぽかんと口をはの字にした。

奪うのが男なら、確かにおれは腰抜けかもしれない。

幾度も持ちかけて、それでいてもしナミに嫌われたら、傷つけたら…

そう怖じ気づいて一歩後ずさっては、物分かりのいい面をして自分の中の欲を悶々と燻らせている。

……これが、歳を重ねるということだろうか。


「へェ……ナミってけっこう身持ち堅ェんだな」

「………………」

「おまえはそれで満足なのか?」


消えかけのランプから去っていく虫を見送ったエースの瞳が、おれを見上げた。

思い出せないほど遠い昔に、自分もこんな迷いのない目をしていたのかもしれない。


「………ほっとけよい」

「してェと思わねェのか?」

「……思わねェわけねェだろい。けどなエース、男がそう思うのとは別の問題なんだよい」

「わっかんねー。おれだったら身体で惚れさせてやる!」

「お、おぉっ!よく言ったエース!サッチさんも同じだぜ!」

「おまえは無理、サッチ」

「んなッ!?」

「はァ………ナミの身持ちが堅くてよかったよい」

「もしかしてあれか?今日こそエッチするつもりでナミをうちに連れてきたのか?」

「だったらなんだい……」

「おれも混ざっていいか?」

「おれもおれも!」

「おまえは無理、サッチ。下手だろ、絶対ェ」

「んなッ!?おれだってやるときはやるんだぞエース!」

「だってよ、3人もいたら順番だろー?おれ待てねェもんなー」

「おめェらいい加減に…………!」

「……?どうしたマルコ?」


言葉を失ったおれの視線の先に行き着くと、他のふたりも全く同じように青ざめた。

ナミが、酒瓶を抱きしめたまま黒いオーラを纏って佇んでいた。


「……………あんたたち…」

「ナミ………!」

「ナミっ!今のはあれだ……!あれだよ!」

「な、ナミちゃん!す、すげェじゃねェの!その、……いつから覇気がつかえるようになったのかな…?」


「最低……!!」という言葉と共に投げつけられた瓶は、おれとエースの間を通って見事サッチの顔面に命中した。

弁解の余地も与えず周りのクルーを掻き分けて一直線に陸を目指すナミに、

おれは項垂れるように一度床と見つめあった後、自らを奮い立たせて立ち上がった。



「……待て。行くなよい」

「っ、どきなさいよ!私帰るんだから!」

「落ち着いて話がしてェんだ。おれの部屋に来い」

「放して!あんたの部屋なんか、行くわけないでしょ!」

「そんなこと言わずに、もう少しおれに付き合ってくれねェか、よいっ」

「きゃ……!ちょっと!!」


バタバタと暴れるナミを担ぎ上げると、野次馬共には耳も貸さずに船内へ進んだ。

いらない酒を何杯も飲んだ。部屋の棚の中身を思い浮かべ、口直しに何か欲しいなどと、

とりとめもないことを巡らせた。
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