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□略奪プロポーズ
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望みのない恋ならば、はやく捨ててしまえばいい。


女はいつまでも、若いままではいられないのだから。


火にかけられたヤカンの頭を冷やしてみれば、今まで叶わなかった心の望みを手に入れることだってできる。

たとえば、そう。



「結婚しよう」



自由に生きることだけが、女の幸せとは限らない。

一生一人の人に尽くし、尽くされ生きる。それこそ乙女の永遠の憧れだ。

真っ赤な薔薇の花束にダイヤのリング、海辺で囁く愛の契り。

映画さながらのシーンを受けて、私はにっこりと微笑んだ。


「私があんたと結婚するメリットは?」

「生涯をかけて、僕が君を守り抜く」

「なあゾロ、なーに言ってんだあいつ?」

「おおかた、海賊に囚われた女を救いにきた白馬の王子気取りってとこだろ。要は、アホコックと同種の生き物だ」

「おおそっか!サンジの兄ちゃんか!」

「そうだ」

「違ェよッ!!」

「約束の証に、このダイヤを受け取ってくれないか。君の瞳の輝きには負けてしまうけどね」

「言ってることほぼ一緒じゃねェか」

「さすが兄弟だな!」

「あんな陳腐な口説き文句とナミさんへのおれの純朴な愛を一緒にすんじゃねェ!つーかオイ!そこのくそ野郎!うちの美人航海士に結婚申し込もうなんざ100億年早ェぞ!!」


船の縁から身を乗り出すと、サンジくんは岸で膝まづく男に食ってかかった。


「そんな野蛮な男たちと一緒に行かせるなんてできない!さぁ早く岸に降りて!僕の屋敷で共に暮らそう!」

「……おいナミ、どこの坊っちゃんひっかけてたか知らねェが、出港までにきっちり精算しとけ」


めんどくせェ。ゾロの言う通り、こういう類いの世間知らずなお坊ちゃんはあきらめが悪くてめんどくさい。

たまたま私を見初めたというこの国の頭取息子。

調子に乗せてありとあらゆるモノを貢いでもらっていたら、

熱心な彼につい愛着を感じて深入りしすぎたようで、とうとう船まで着いてきた。


「いいじゃない、こんなに私のことを好きって言ってくれてるんだもの。船に乗せてあげたら?」

「ふざけんな!あんな脳内パラダイス野郎、ラブコックひとりでじゅうぶんだ!」

「そうだぜナミさん!おれとナミさんの間に他所の野郎の愛が割り入る余地はねェ!」

「んー、おれも、なんか嫌だな。あいつ」


冗談のつもりの一言に猛反発を食らい、おまけに隣の船長までもが渋い顔をした。

それならば仕方がない。私は岸を見下ろして、甘えた声を出す。


「ねぇ、ダイヤも素敵だけど、もっとあなたの愛の大きさを感じたいわ?」


てめェ、まだ搾り取る気かよ。ゾロは眉を片方跳ね上げて、そんなことを呟いた。


「もちろんさ!毎日君の好きなものをつくらせて、君の着たい服を仕立てさせるよ!うちには君に似合う宝石も山ほどあるんだ!」

「ふーん、ステキー」

「夜には音楽隊を呼んで毎晩夜景を見ながらワインを飲もう!船が好きなら豪華客船でクルーズなんてどうだい?そんな小さな船より何倍も楽しめる!」

「まぁ、ロマンチック」

「何一つ不自由はさせない!君は何もしなくていい、ただ僕の傍にいてくれるだけでいいんだ!だから、」



結婚しよう。



「なんだなんだ?」「あらまぁ素敵」騒ぎを聞き付け欄干にズラリと並んだクルーたちが、その男を注視する。

しかし男はその中で私だけを見つめていた。


結婚、ねぇ。


この世界で生きていたら、一生縁のないものかもしれない。

たった一人に尽くし、尽くされ、たった一人のものになる。

そしていずれは子供を授かって、平穏に、愛に溢れた生活を送るのだ。


チラリ、隣のルフィを盗み見ると、いかにも退屈そうにして、腕に顎を乗せている。

きっと、はやく出港したくてうずうずしているのだろう。

何にも囚われず、誰のものにもならない大好きなその人とは、決して叶わない。

望みのない恋ならば、はやく捨ててしまえばいい。

いくら男にチヤホヤされていようとも、ずっと若いままではいられない。

女の幸せは、何も自由だけじゃない。



「結婚、ねぇ…………そういうのも、いいかもね…」


夢の代わりに諦めたはずの願い。普通の女の子が手に入れる、当たり前の幸福。

しみじみ呟いた一言に、船の全員がギョッとして私を振り向いた。

しかしその中で一人だけ、ルフィは船の縁に飛び乗ると、笑顔で私を見上げる陸の男を指差した。


「おまえ!なーんもわかってねェ!」

「な、」

「ナミの好きなもんはサンジがつくってくれる!服も宝も、おれらが見つけたもんはぜーんぶナミのもんになるんだぞ!」

「……君は何を言って、」

「音楽隊なんか呼ばなくても、ブルックはなんだって演奏しちまうし!それに、サニー号は小さくねェ!この船にはすっげェ楽しいもんがいっぱいあんだ!」

「君には関係ないだろう!僕は彼女にプロポーズしてるんだ!」


「それに…」憤慨する男を無視して言葉を続けると、ルフィは私を背にしてはっきりと口にした。


「それに、“何もしなくていい”なんて、言うな!ナミはそんなのちっとも嬉しくねェ!だって、ナミにはしてェことがたくさんあんだ!でっけェ夢だって、あるんだぞ!」


「ルフィ………」


「うちの航海士はすげェんだ!“何もしねェ”ナミなんて、そんなやつ、ナミじゃねェ!」


平凡な幸せを手放してでも、私がこの船にいたい理由。ルフィには、それがよくわかっている。

帆を張るようなこのドキドキ感を私にもたらしてくれるのは、世界で唯一、麦わら帽子の少年だけなのだから。


「な、何を……僕は、彼女の望むものならなんだって与えてやれる!彼女の幸せは、財力のある僕の妻になることだ!」

「おまえにナミの何がわかる!ナミはお金とみかんが好きだけど、大事な仲間のためなら金だって手放すぞ!」

「話にならないね……さぁ、はやく船を降りて僕と行こう!海賊ごっこは終わりにするんだ!」


薔薇を抱えた両手を広げ、男が私を迎え入れようとする。

ルフィはそれを遮るように、船の縁ぎりぎりに佇んだ。


「ナミと結婚とかよ!おまえには、無理だぞ!」

「何を勝手なことを…!彼女は僕と一緒に幸せになるんだ!」

「こいつ、すっげェ怖ェんだ!ウソップとふざけただけでボッコボコだし、つまみ食いするとサンジより怖ェ!たまに鬼みてェな角生えて、本物の雷まで落っこちてくるんだ!本当だぞ!」

「誰が鬼よッ!!」


勢いでどつくと、「ほらな!」と神妙な面持ちで言ったルフィに、陸の男も少しだけ顔を青くした。


「そ、そんなこと、信じるか!ナミさんはとても女らしく素敵な人で、暴力なんか…」

「ほらみろ!おまえ、ナミをちっとも知りもしねェで結婚とか言ってるから、そうなんだ!ナミは盗みの腕もすげェんだ!こいつと結婚すると、有り金ぜーんぶ盗られておしまいだ!」

「……………………」

「……はぁ、あんたは……せっかく…」


搾り取るだけ搾り取ろうと思ってたのに。と呟いた私を見て、男の手からカラリとダイヤが落っこちた。

けれどもう、かまわない。

私はずっと、ルフィの背中を見つめながら夢を追いかけるのだ。

たとえ平凡な女の子の幸せが手に入らなくても、私は、


ーー自由だ。



「けっ、ざまァみろボンボン野郎。おれのナミさんに色目使うからだ」

「いつからてめェのになったんだ」

「最初からだ!てめェは黙ってカヤの外で寝腐れてろまりもヘッド!」

「あァ?!じゃあてめェは海で渦巻いてろぐるぐるコック!」

「さぁ、あんたたち、帆を張って。出港時間遅れちゃったじゃない」

「はぁぁいっナミすわんっ!」

「誰のせいで遅れたんだ!誰のせいで!!」


なんだか清々しい気持ちで伸びをして、ルフィが待ち望む新しい冒険に繰り出そうとしていると、

当の本人はまだ船の縁に佇んで、きっと意気消沈している陸の男を見下ろして「にししっ!」と肩を揺らした。

これでいい。私はこの人の傍で、平凡な女の子より、何百倍も大きな幸せを掴むのだから。

そう微笑み、くるりと陸に背中を向けたときだった。



「わかったか!ナミと結婚する勇気があるのは、おれだけだ!!」





略奪プロポーズ





「え、……はぁぁぁぁっ!!?」
「こんのくそゴムーー!!どさくさにまぎれててめェがプロポーズしてんじゃねェェ!!」
「ん?なんの話だー?」
「オイ、自覚なしかよ…よっぽどたち悪ィぜ」
「ナミさん!その男と結婚するくらいなら僕と…!君が暴力女でもいい!」
「いや、ちょっと、」
「よォーし野郎ども!出港だーー!!」
「「「マイペースか!!」」」




END
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