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□理由
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気づいたときには手遅れだった。何がって、おれがやつの代わりに刀で斬りつけられているこの状況だ。
何が面白くて、守る必要のない野郎なんかをかばってやったのか、自分でも到底理解できそうにない。
おれが身体を張るのは一にレディを守るため、二にレディに愛されるためと決まっている。
そのどちらにも当てはまらないこんなくそ可愛くない藻のために怪我をしてやるなんて。あァ、完全にしくじった。
「てめェ何やってる…!!」
「うるせェ知るか!!あとはなんとかしやがれこのくそ疫病神!!」
「……っ、」
おいおいふざけるな。舌打ちしたいのはこっちの方だ。だいたい、誰が引き連れてきたと思ってる、この海兵の大群を。たまたま鉢合わせしちまったおれの身にもなってみろ。
やつは、砂ぼこりが立つほど地面を強く踏みしめると、姿勢を低くして三柱の剣を構えた。
次の瞬間には頭上を大きな突風が舞い散って、周りの白いカモメは一掃された。
ーー−
「……バカじゃねェのか、おまえ」
「てめェ、助けてもらっといてなんだその態度。頭下げて礼の一つでも言ってみやがれ、藻」
「頼んだ覚えはねェ」
「あァそうだな、激しく後悔してる。おれが守りてェのはナミさんやロビンちゃんみてェな麗しい花だ。てめェはただの雑草なんだから、いっそ抜かれりゃよかったんだ」
「………………」
「……ったく、てめェのせいで踏んだり蹴ったりだぜ……あー、くそっ、」
カチャン、鞘に刃をしまって不満げに眉を寄せると、やつは周りで伸している海兵を見渡してぽつりと呟いた。
「直に騒ぎを聞きつけて第二陣が来るかもしれねェ。おい、いったん船に戻るぞ」
「あー、そうだな、わかってる……先に行け」
「あ…?」
「だから、先に行けつってんだろうが。おれはまァ、……一服したら行く」
「………………」
煙草を取り出すふりをして、顔を背ける。
黒いズボンで目立ちはしないが、斬りつけられた右足からは大量の血が流れている。
それを隠すように反対の膝を立て、瓦礫に寄りかかる。
右足をかばう余り、骨やら筋やら他のいろんなところを痛めているかもしれない。
黙ったまま仁王立ちしておれを見下ろすやつに向けて「さっさと行け」と悪態をつく。
前から思っていたのだが、その不機嫌な面はどうにかならないか。そんなんだから、レディに怖がられるんだ獣が。
「てめェ……ほんとにバカなのか」
「あァ?!……ッ!!!」
あろうことか、やつはそのごつごつしたでかい手でおもむろにおれの足を、しかも、怪我をしている方を強く握りしめたのだ。
声にならない悲鳴が喉の下で破裂する。くそが、こいつ、絶対にオロしてやる。いや、ミンチでいい。
「何しやがる」睨みをきかせてそう呻くと、やつは答えもせず、腕に巻いていたバンダナで傷の上を縛った。
呆気にとられて眉間を皺にする。煙草の箱を握っていた手が強く引かれ、そのまま引き上げられるようにして背中に背負われた。
ザクッと地面を踏むやつの足音が真下から聞こえ、おれは頭の先から爪先を地獄鍋に入れられたように熱くした。
「がァァァっ!!おろせ!!くっそ気色悪ィっ!!」
「うるせェ!歩けもしねェくせにいきがるな!死にたくなきゃ黙って担がれてろ!!」
「おれは荷物か!!」
「あァお荷物だな!!このぐるぐるトンマ!!」
「トンマはてめェだこの薄ノロ雑草野郎!何が悲しくて野郎におんぶなんかされなきゃならん!!おれはナミさんをおんぶしてェんだッ!!」
「所詮今のてめェなんざそんなもんだ。おんぶにだっこ……はっ、世話かけやがって」
「ムキィーッ!!腹立つ!!」
「暴れんなッ!!」
猫背の肩は、広さも厚さも人の二倍はあるかもしれない。もちろん、そこにおれが求める柔らかさや安らぎは存在しない。
腰に下げた刀とピアスの揺れる音をこんなに近くで聞いたのは、初めてだ。なんせ、野郎の中でもこの男にだけは、特に、必要以上に近づいたりしないのだから。
上下に揺れる背中の上で、だんだんとその男の体温が伝わってきて、おれは一瞬気を失いそうになった。
「……はっ、おろせ。このままこの状態が続いたらおれァ再起不能になっちまう」
「何わけのわからねェこと言ってんだ…」
「男の温もりなんざ感じたくねェんだよ!しかもてめェの!!くそ!海軍に捕まって死んだ方がマシだぜ!」
「そうしてくれるとありがてェがな、このままてめェを置き去りにすると、ルフィ…と、チョッパーがうるせェだろうが」
「はァ?!アホなのかてめェ!ルフィとチョッパーと、ナミさんだろうがそこは!!」
「あァ?……知るかよ」
「あー、おれが怪我したと知ったらきっとすげェ心配してくれるぜ?看病とかしてくれたりしてな……ぐふふ」
「キモイ」
「んだと!?」
「病人ならちっとは黙れ」
そんなやり取りを繰り広げながら、人目を避けて船の方向に進むこと数十分。
出血しすぎたせいか、それとも頭に血がのぼりすぎたせいか、さすがのおれも意識が遠くなってきた。
ふと目線を下にやると、足を抱えているやつの腕は、止血しきれなかったおれの血液で濡れている。
何分か会話がない。いや、何分か、記憶が飛んでいるのだ。身体が寒い。船まであとどれくらいなのだろう。
あの場にいたのがチョッパーなら、幾分状況はマシだったかもしれない。何よりいちばん芳しくないのは、こいつに弱みを見せることだ。
「…………オイ、生きてるかノロマユゲ」
「………当たり前だノロマリモ。てめェがノロマな亀みてェにノロノロ歩いてっから、寝ちまっただろうが」
「チッ、人の背中で仮眠してんじゃねェよ」
「うるせェ。そしてそっちじゃねェ。右だ、右に曲がれ阿呆が」
大きく鼻で息を吐くと、やつは方向転換して右の路地に入った。見覚えのある景色。直に港だ。
ぐしゃりと固く握りつぶされていた手の中のパックから、煙草を引っ張り出す。
それを自分の口にくわえたところで、やつはギョッとしたように首を後ろに向けた。
「てめェそこで吸う気かよ!」
「悪ィか」
「悪いに決まってんだろ!おれに焼きでもつくる気か!」
「焼きマリモになりてェならはからうぜ?つーかオイ、顔が近けェぞ」
「……くそ、船に着いたら覚えてやがれ」
「おー、残念だな、もう忘れちまった」
こんな軽口を叩く余裕が残されていることに、苦笑する。
ポケットからライターを取り出すことも億劫で、くわえた煙草に火をつけることも叶わないというのに。
額に汗をにじませて、好きでもない男の肩で浅く息を吐く。何て様だ。ヘドが出る。
もう、何もかも捨てて眠ってしまおうか。そうすれば、この胸くそ悪い現実から逃れられるかもしれない。
まだ中身の残っている煙草の箱が、手からするりと滑り落ちる。もったいねェなァ。心の中でそうぼやいて、視界を閉めきろうとしたときだった。
「てめェ、……なんでおれをかばった……」
背中を伝ってやつの声が入りこんできた。自分の心臓が、やけに身近に聞こえて鬱陶しい。
そうだ、こいつをかばったりしなければ、こんな目にも遭わなかったのに。
助けたところで利もなければ、あれくらいの攻撃、こいつなら簡単に防げたはずだ。刀使いの相手は剣士だろうが、普通。あァそうだ、おれは完全にしくじった。
だいたいな、危険におかされてたのがナミさんやロビンちゃんならまだしも、どうしてこいつのピンチで勝手に身体が動く。
相手を選ばない正義のヒーローじゃあるまいし、自分の行いに寒気がする。
こんな、隙あらばナミさんに近寄ってやがるむっつりの寝腐れ腹巻きを、誰が助けたいと思うんだ。横腹痛いぜ。ついでに右足も痺れてきやがる。くそ、なんて日だ。
あァ、でも、おれがこいつをかばう理由があるとすれば、そうだな、たったひとつ、これしかない。というよりむしろ、これ以外の理由は受け付けない。オイ、なあ、てめェもこれなら納得してくれるだろう?
「…………仲間、だからな…」
好きでもねェのに。くそ、ありがたく思えよ。
そう呟いて目を閉じると、やつがふっと笑った気配がして、「そりゃあどうも。着いたぜ、起きろ」という声と共に、おれは安心しきって眠りについた。
理由
「んナミさぁぁん!おれ、足が痛くてまだ動けねェ!服脱がせて?ね、ね!」
「あらサンジくん、可哀想。それじゃあゾロに看病してもらいなさいよ。あんたたちふたり、仲良く帰ってきたらしいじゃない?」
「はァ…?!ふっざけんなナミ!!こいつの面倒なんざ二度とみねェぞ!!」
「こっちこそ御免だ!気色悪ィ!!おれはナミさんに看病されてェんだよ!!」
「勝手にしやがれ!!」
(なんだかんだ、仲良いじゃない。まったく)
END