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□嘘つきバースデー
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どうやら船は、全速力で進んでいるらしい。


一昨日、うちの可愛い航海士が「もうすぐ島よ」と口走っていたのを聞いたから、そのせいなのかもしれない。

急ぐ旅でもないのだから、たまにはのんびりしてもいいとは思うのだが、なにせこの船にはせっかちさんが多すぎる。


「ロビンの髪はきれいだなー」


ふいに、膝の上の愛くるしいぬいぐるみのようなその子が、私の髪をつついて言った。


「ふふ、そうかしら?ありがとう」

「しかも、甘い匂いがするな。何かつけてるのか?」

「ええ、最近は雑貨屋で買ったトリートメントをつけているのよ。でも、もうすぐ無くなってしまうから、次の島で探してみようと思っているわ」

「あっ!……そ、それなら買わなくていいぞ!」


はて、私の買いたいものリストの話をしたはずなのだけれど。

不思議に思ってどうしてかと問えば、「か、買う必要がなくなるからな!」と言われてしまった。


「どうして?……もしかして、あなたがつくってくれるのかしら?」

「……!!」


「どうしてバレたんだ」と言わんばかりに驚くその子を見て、ようやく私は「明日がなんの日か」を思い出す。

それで、島まで急いでいるというわけね。そう結論づけて、少しは意地悪をしてみたかったのだけれど、あんまりなぶるのも可哀想だと思って、

「つつつ、つくらねェ!ロビンにあげようなんて思ってねェからなっっ!」

と、いわゆるツンデレな台詞を吐いた彼に、「あら、そうなの。そういえばもうお小遣いがないから、新しいものも買えそうにないわね」とわかりやすく残念がって見せた。

ホッと息をついたツンデレトナカイと入れ違いに、紅茶を持った狙撃の王様が登場した。


「やあロビンくん。元気にしていたかい?」

「……あら、お久しぶりね、そげキング。その節はどうも、お世話になったわ」

「ははは、そんなことは気にしなくてよいのだよ。ところで私はサンジくんから君にことづかっていることがあってね」

「なにかしら?」

「“特別な日には何を食べたいか教えてくれ”と。さあ言ってみたまえロビンくん」

「そうね、南国に実るザクロという果物は、人間の味がすると聞いたことがあるわ」

「……………………」

「冗談よ。ケーキが食べたいわ」

「そ、そうか、まったく、面白い冗談を言うんだな、君は、わはは…」

「ショコラケーキを味わってみたいわね。特別、大人な味の」

「わー、そりゃあなんだかサンジくんが喜びそうな台詞だなァ……よし、そのまま伝えてくるとしよう」

「ところで、どうしてそんなことを聞くのかしら?」


ぴたり、立ち止まった狙撃の王様は親指をぐっと立て、太陽を背負って自分に酔いしれながらおっしゃった。


「それはね……当たり前の毎日が、君にとっては既に特別な日であることを思い出してほしいからなのさ」


「勉強になるわ」と返すと、間の抜けた歌を歌いながら、彼はその場を立ち去った。


狙撃の島でー
生まれーたーおーれーはー
百発百中、ルルララ…


「あ、いたいたロビン!今日の夜には島に着きそうなんだけど、明日は1日私とデートしない?」

「ええ、喜んで」

「じゃ、明日は朝からあんたの予定は私が予約したからね!勝手に遺跡探索に行ったりしないでよー?」

「朝から行くの?」

「そう、朝から。あー、なんていうかそう、見たいものがたくさんあって!」

「わかったわ。はりきっているわね」

「ええ!そりゃもうはりきってるのよ!じゃ、そういうことだから、よろしくねー」


ひらひらと手を振った彼女は、「そげキングうるさいわね」と呟いて、キッチンに消えていく。


どうやら船は、全速力で進んでいるらしい。


ーー−


無事島にたどり着いた翌日、朝早くキッチンへおもむくと、コックの彼がせっせと朝食をつくっていた。

いつも以上に誉めちぎりはするのだが、「おめでとう」などとは言われない。

もしかして昨日から感じているみんなの「ちょっと白々しい感じ」は、私の勘違いかもしれないとも思えてきて、思わずカマをかけてみた。


「そういえば、今日ナミとデートをする予定なの」

「ナミさんと〜!?羨ましいなー!おれもナミさんとロビンちゃんに挟まれてデートがしてみてェ!」

「たまにはカフェでケーキでも食べようかしら。ほら、昨日そげキングとケーキの話をしたでしょう?なんだか食べたくなってしまって」


ケーキのケの字を出した途端、彼はさっと顔を青くした。


「……う、あー、その、きょ、今日はやめておいたら?」

「あらどうして?」

「えぇっと、……そ、そう!さっき雑誌で星座占い見たんだけどさ、ロビンちゃんのラッキーアイテムは白玉あんみつだったよ!今日は白玉あんみつにしてみたらどうかな!?」

「………………」


やはり彼も、「ちょっと白々しい感じ」であった。

「あらそうなの?そういうことならそうしてみるわ。いいことがあるといいわね」

と、占いを信じる乙女を気取ってみると、腕まくりをした彼が「きっとあるさ!」と自信満々に答えてくれた。


準備を終えて約束通りナミとデートをするために甲板で待っていると、どこからともなく優雅なヴァイオリンの音色が耳に届く。

振り向くと、アフロからハットをおろした彼が、「ご機嫌いかがですか、ロビンさん」とお辞儀をした。

いつもとは少し違う真っ赤な蝶ネクタイが、薄ら白い人骨に映えている。


「おはよう、ブルック。今日は随分とお洒落だけれど、何かあるのかしら?」

「いえいえ私、腐っても紳士、死んでも紳士ですから。何もなくても、身だしなみには気を使うのです」

「そう、似合っているわよ」

「なんとまあ、嬉しいお言葉。今日のロビンさんも、一段とお美しいですよ」


お気をつけて、行ってらっしゃい。そう言って微笑んだ(ように見えたけれど、唇がないのでわからない)彼と別れ、私は予定通りナミと島に降り立った。


ーー−


一通り島を徘徊したが、お目当てのトリートメントは買わず、金髪の彼曰く今日のラッキーアイテムだという白玉あんみつを食べ、

「夕飯はサンジくんが用意してるから」というナミの言葉に頷き、家路を行く。

ちょうど船が見えてきたところで、突然ナミは立ち止まり、「ちょ、ちょっとここで待ってて」と近くのベンチに私を座らせた。


「どうしたの?」

「つ、疲れない?ちょっとロビンはここで休んでて?私は荷物を船に上げるわ」

「でも、船はすぐそこだし、私も一緒に…」

「い、いいからいいから!すぐ戻るから!ね?」


可愛い航海士はきっと、一瞬で彼に隠し事がバレるタイプね。

ああでもきっと、彼の方も鈍感だからちょうど良いのかしら。

ひとりベンチに取り残されてそんな思いに耽っていると、とてつもなく大きな荷物を抱えた例の彼が、何故か私の前を通りすぎようとしているところだった。


「あ」

「……あらゾロ、今帰り?おかえりなさい」

「……おう。おまえは?なんでここにいる?」

「ナミにね、ここで待っているように言われたのよ」

「……あー、なるほど…」

「ところで、その荷物はどうしたの?」


ギクリ、と音がしてしまうかと思うくらい、彼は首を強ばらせた。

そんなことじゃ、あなたの方の隠し事はすぐナミにバレるわね。そう心の中で笑っていると、カラカラ音がするそれを、彼は屈強な肩で担ぎ直した。


「……酒だ」

「そんな量のお酒、どうするの?」

「……おれが飲む」

「ひとりで?」

「……おう」

「あの子に怒られるわよ?」


ちょっと白々しい感じの私を横目で見て、彼は尖った口でぽつりと言った。


「今日は、特別なんだ」と。


「そう、そんな日もあるのね」と微笑んで見送ると、何やら船の上の騒がしさがここまで聞こえてくる。

そこから顔を出して私を迎えにきたのは、朝から忙しくしていたであろう変態の彼だった。


「おーい、準備ができた。行くぞ、ロビン」

「準備って、私のお誕生日会の準備?」

「…………………」


ベンチの前でカチンと停止した彼はしばらくして「さァな。それは一応、口が裂けても言えねェことになっている、最重要機密事項だ」と呟いた。


「ふふ、そのようね。ご苦労様」

「あいつら、あれでもバレてねェと思ってんだぜ?」

「そうでしょうね。気づいていないのを装うのに、いろいろと騙されてあげたもの」

「オイオイ、どっちがサプライズなんだかなァ」

「昨日から、もうこれでもかというほど嘘をつかれて、嘘をついているのよ?お小遣いがないふりをして、毎日が特別なふりをして、占いを信じてあげたり話を合わせたり、こんな短期間にこれほど嘘と関わることは、二度とないかもしれないわ?」

「まァあいつらも、おめェの喜ぶ顔が見てェんだろうよ」

「ええ、わかっているわ」


だから、たくさん嘘をつかれた仕返しに、私だってとんでもない嘘つきになってあげるのよ。

船にかかる縄梯子をのぼって甲板に降り立つと、大人なケーキに大人な料理、絵に描いたようなお誕生日会の光景と、たくさんのクラッカー、「お誕生日おめでとう!」の声。

そして自慢気に歯を見せた船長が、「どうだ!」と言わんばかりに胸を張る。



「今日はロビンの誕生宴やるんだぞ!肉もケーキもいっぱいだ!プレゼントもあるぞ!ビックリしたか!?」



まあ、なんて美味しそうなの。お酒もたくさん。プレゼントだって、私が欲しくて買えなかったものじゃない。とても綺麗な飾り付け。いつの間に準備をしたの?ええ全然、全く気がつかなかったわ?本当にビックリよ。



最高の演技力でそう言った私に、いくつもの顔がキラキラの笑顔や、照れ笑いや、やさしい笑みを浮かべていく。

それを見て私は、最後の最後、嘘だらけの今日のこの日にたったひとつ、本当の気持ちを言葉にしたの。




「こんなに幸せな誕生日、……生まれて初めてよ…!」



愛しい嘘つきたちと、私の日々。





嘘つきバースデー





「ロビン!花の香りのトリートメントだぞ!」
「あら、ちょうど切らしてて、欲しかったの。ありがとう」
「エッエッエッ!」
「ロビンちゅわん!大人な夜に大人なショコラケーキだよ〜!」
「酒もあるぞ」
「ちょっとゾロ!ロビンはワインなの!ほらそっちの取って!」
「私今日のためにお誕生日の歌練習したんです!聞きます?」
「ええぜひ、音楽家さん」
「よーしここはひとつ、おれ様の冒険話をだな!」
「にししっ!ロビーン!今日は騒ぐぞー!」
「ふふ、ええ、あなたたちに負けないくらい騒いでみせるわ?」
「おめェなァ……まァいいか。今日はスーパースペシャルな日、だしな」




Happy Birthday Robin♪This is your day!

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