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□嘘、偽りなく
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side-Law
何をしでかすかわからない、風まかせの女だ。
出会ったときからずっと、悪戯な性格に手を焼いている。
自分の船の連中にかまってやればいいものを、何が楽しいのかわざわざ黄色の潜水艦を見下ろしている今だって、あっちを向けと言ってやりたい。
「そうねー、冷たいスイーツかしら」
「………なんの話だ」
「次の島で食べたいものの話」
「遊びに行くんじゃねェんだぞ」
「だって、最近作戦作戦って、誰かさんが全然私にかまってくれないから」
「………………」
「ね、トラ男くん?」
「………………」
「………………」
「………………」
「…………ロー」
チラリと目をやれば、並走する船の縁に頬杖をついたとぼけた顔の女と目が合った。
人前ではその呼び方をつかうなと、常々口うるさく言っている。
唇の上と下にチャックを縫い付けてやろうにも、海を挟んで別々の船に乗っていて、それができない。
能力で向こうの船に渡ってかまってやろうものなら、相手の思うつぼになる。
「……おまえはもう少し口を慎め、ナミ屋」
「ナミって呼んで?いつもそう呼んでるじゃない」
愛嬌たっぷりに首を傾げる姿はそれなりのムードであれば食ってしまいたいほど愛らしくはあるが、今は憎たらしいとしか思えない。
こちらには甲板で寝こける白熊が一匹だからいいものの、女の後ろでは数匹の猿が騒がしく駆け回っている。
それなのに関係を伏せようともしないのは、おれに対する当て付けなのかもしれないが、呑気なものだ。
「……ったく、そっちの船の連中は、揃いも揃って緊張感ってもんが皆無だな…」
「やだ、あいつらと一緒にしないで。私だけはじゅうぶんドフラミンゴに怯えてるわよ」
「そのドフラミンゴがいつ襲撃してきてもおかしくねェ状況にあるってことを、忘れ………」
「……?ロー?」
胸の前で組んでいた腕が、考えるよりも早く刀を掴んでいた。
感じた覚えのある血なまぐさい殺気、それと共に向かってくる色の淡い羽。
「久しぶりだなロー……会いたかったぜ?」
噂をすればなんとやら。再会など、ゆめゆめしたくはなかったが。
「麦わら屋…!ドフラミンゴだ!船を飛ばせ!!ここは一旦引く!!」
「ミンゴか!?なんでおまえここにいんだ!?」
「きゃぁぁっ…!!ど、ドフラミンゴ…!?」
「早くしろ!!ベポ!潜水だ!ペンギンに伝えろ!!」
「あっ、アイアイ…!」
「あっ!トラ男…!!」
ベポを叩き起こして自らも船内に入ろうとしたところ、金縛りにあったかのように身体が固まった。
ドフラミンゴはマストの上で器用に胡座をかき、片手でおれを振り向かせた。操り人形でも扱っているつもりなのだろう。
「オイオイおれは大切な来客だぞ?手厚くもてなすのがマナーってもんだろう。なァ、ローよ、このおれに背を向けるとはおまえ、フフ……反抗期かァ?」
「招待した覚えもねェし……あんたとは、二度と会いたくなかった」
「……かわいくねェ小僧だよ…」
「……ッ!!」
目には見えない凶器が、皮膚のあちこちを切り裂いた。
頬や首、胸や腕から鮮血が滴り落ちる。ドフラミンゴの視線が麦わら屋の船に移り、おれは痛みを忘れて声を荒げた。
「早く行け麦わら屋…!!」
「トラ男!待ってろおれがぶっ飛ばす!!」
「かまうな!!ぐずぐずしてたら全員やられて海の藻屑だぞ!!」
「フッフッフッフ…昔から、どんなときでも頭の回るガキだったよなァ!まずは裏切り者のてめェからだ、ロー…!」
「……っ、ぅぁぁあッ!!」
見つかった時点でお手上げ同然なのだ。八方塞がりとはこのことだろう。憶越えが数人いたところで、能力の分が悪い。
身体に張り巡らされた糸がギシギシと軋み出す。早くしろ。そう声を出したくとも、口からは唸るような悲鳴しか出てこない。
ほら見ろ、作戦失敗だ。緊張感をもっていないから、こういうことになる。
今にも肉が引き裂かれそうな苦しみに、瞼がおりていく。しかし、奴のニヤつく口元が視界から消えようとしたそのとき、一帯に雷鳴が轟いた。
「…………ナミ、屋…っ!」
呪縛が解けた身体が崩れ落ちる。顔をガチガチに強張らせた女が、変鉄な棒の先から電気を光らせていた。
「……ほう、雷で糸を焼き切るとはなァ…」
「っ、は、はやく!逃げるわよ…!フランキー!!」
「任せろ!!準備はできた!!」
「オイオイ慌てるんじゃねェよ。こいつが死んでもいいのか?」
「くっ……!!」
背にまたがって動きを封じると、奴はおれのうなじに手をかざした。
向こうの船の連中が、揃いも揃って動きを止める。人一人見捨てられないお人好しの集まりか。
「トラ男……!」
「ローっ!!」
「来るなッ!!おれのことはいい!!麦わら屋!!早く行け!!」
「フッフッフッフ…さァて、このまま殺してやってもいいが……」
「いや…っ!!ロー…!!」
船から身を乗り出すナミを見上げ、ドフラミンゴが微かに笑う気配がした。
こめかみから下ってきた汗と血が甲板を濡らす。まずい。この男の興味の矛先は、麦わら屋にも、ましてやおれにも向いていない。
「そうかそんなにこいつを殺して欲しくねェとはな…よし助けてやろう。おれも鬼じゃねェからな……ただし、」
代わりにその女を貰っていくとしよう。
「…………なっ、私…?」
「っ、……やめろジョーカー!!そいつは関係ねェ!!」
「おまえそりゃあ、関係ねェって面じゃねェだろう。そんなにあの女が大切か?フフ、面白れェ…心配無用だ。おれが上手に使ってやるよ」
「ナミは渡さねェぞミンゴ!!」
「それならこいつが今死ぬだけだ。どうする?お嬢ちゃん、なァに乱暴な真似はしねェさ。おまえの技術に興味がある。おれと来るか?」
「…………私…」
「ナミ屋…っ!!耳を貸すな!!」
「それともこいつを見殺しにするか?」
「くッ……!!」
おれの頭が床に押さえつけられると、女の小さな悲鳴が上がった。
こんなときくらいおれの言うことを聞け。そう祈ったものの、ごくりと喉を鳴らしたナミは、震える声で望まない言葉を告げた。
「……わかったわ……その代わり、ローと仲間たちには手を出さないで」
「フッフッフッフ…!交渉成立だ!!」
背中の重みが離れた瞬間能力を発動させたが、構えを見せる麦わらのクルーたちを縫って、奴はあっという間にナミだけを抱えて飛び立った。
「待て!!ミンゴ!!ナミを返せェェッ!!」
「あんたの狙いはその女じゃねェはずだ!!ジョーカー!!」
「おれは気まぐれでねェ!目的が変わったのさ!命拾いしたな、ロー…!」
「っ、…………ナミ!!!」
「……っ、」
身体の自由を奪われたおれたちは、ナミが連れ去られるのをただ見ていることしかできなかった。
奴が雲の中に隠れる寸前、ナミの不安げな瞳と交わって、心臓が狂ったように暴れ回った。
「……っ、くそ…ッ!!!」
甲板に崩れ落ち、汚れた額を床に打ち付けるおれは、どんなに滑稽だっただろう。