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□もしもの告白
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もしも、彼が私を好きになってくれたなら。




なんてね。そんなのは単なるおとぎ話で、夢に夢見ているだけじゃ叶いっこないなんて、その辺の猫でも知ってるわ。

でも、思うだけならタダじゃない。私、“タダ”って言葉に弱いのよ。ま、タダより高いものはないとも言うけどね。



「ナミさん大好き!」

「はいはい」

「本当だよぉ〜!」

「わかったわかった」

「もーう、おれのこと、信じてないでしょ?」

「向こうでロビンがお茶待ってるわよ?」


ハッ…と船首の方を振り向いたサンジくんは、「ロビンちゅわん今行くよぉぉっ!!」と光線のごとく走り去った。



「………で?」


どう信じろって言うのよーー


無論、そんな呟きは口の中に消えていき、その背中にぶつかることも、その足を止めることも叶わなかった。

もう何度、彼の淹れる紅茶に砂糖を溶かし、もう何度、あの髪の揺れる影に切なくなって、もう何度、意味もなく雲の行方を追ってきたかわからない。

伝えたい言葉は夜空の星の数を数えたって足りないだろうに、全てがため息となってこぼれ落ちる。

この、短いようで長い旅の中、私は彼に焦がれてしまった。よりにもよって、一人に決められない、あの彼に。

いろんな苦しみを渡り歩いたこの心が、「こんな痛みは知らないよ」と今さらのように私に言う。そんなの何よ、相手があの男なのだから、当然じゃない。




「サンジがどうかしたか?」

「!!」


口につけていたカップの縁から、飴色の液体が無惨にもこぼれ落ち、指やテーブルを濡らした。

気づかなかった。すぐ真後ろに、こんなに存在感のある男がいたというのに。


「おまえ今、サンジのことすげェ睨んでたぞ」

「………気のせいでしょ」

「そうかー?」


そうよ。睨みたくもなるっての。海賊のモラルならいざ知らず、この世の中は、一人に一つ、一人に一人、これが常識。一人で何人も得ようなんて、気違い沙汰にも程がある。

もしも恋のキューピットがいるのなら、万事休す、お手上げ御免とでも言って戦意喪失するレベルでしょうね。



「そうよ」

「サンジのことが好きならそう言っちまえばいいだーーがぶべしっ!!!」


思わず、ではあるが、うっかりという域を越えた反射的な平手打ちに、ルフィの左頬はいまだかつてないほどのへこみを見せた。

ジンジン痺れる手のひらの痛みを感じるよりも早く、誰にともなく心の中で問いただす。

なんて言ったの、今、こいつ。



「なにすんだっ!!」

「なにすんだ、じゃないわよ!!あんたね!!もっぺん言ってみなさいよ!!」

「だから!!サンジのことがす…」

「うっさいっっ!!!」

「おめェが言えっつったんだろ!!!!」


へこんだ左頬は、今後はぐーの2発目を受けたことにより、今や反対の頬の3倍に膨れ上がってしまっている。

一瞬にしてたぎった空気はそれでも、互いに何度か荒い呼吸を繰り返すうち、潮風の温度に混ざっていった。

渦中の人物が朝から焼き上げたドライフルーツ入りの菓子と共に隣へ促すと、少し唇を尖らせながらもルフィはその甘い匂いに素直にかぶりつきながらおとなしく椅子の上にあぐらをかいた。


「………………」

「………………」


ややあって、船首の方でロビンのもてなしに勤しむ人物に目を向けながら、ルフィはぽつりと呟いた。



「…………おまえ、なんでサンジになんも言わねェんだ?」


こぼれてしまったお茶を、サーブしてあったポットから時間をかけて注ぎ入れ、心持ち落ち着いた声色で答える。


「色々あんのよ」

「色々って、なんだよ」

「色々は、色々よ」


あんたにはわかんない。そう言いかけて飲み込むと、胸の奥の方が絞られるような鈍い苦しみに襲われた。


「ふーん」

「わかったら今の話は聞かなかったことにして。後でなんか……肉でもあげるから」

「おまえって、変なとこ臆病だよなぁ」



言ってくれるわね。何も知らないくせに。


じろり、隣で口の中をもぐもぐさせているルフィを睨み付けるが、そんなものどこ吹く風で次のお菓子に手を伸ばす。

底のない鈍感力に、馬鹿を見た気持ちになって頭をかかえると、それにも気づかぬ様子でルフィが続けた。


「おまえがサンジを好きってことくらい、みんな知ってるだろ」

「……えぇぇ!!?」

「気づいてねェの、サンジくらいじゃねェか?」


まさか、そんな、馬鹿な。


あんぐり口を開けっ放して固まる姿は、故郷の過保護な義父が見たら「はしたない!」なとと怒鳴りつけそうなものではあるが、私はさしあたり返す言葉も探せぬまま、まじまじと隣の男を凝視した。


「おれは、ナミとサンジが仲良くすんのは嬉しいぞ。まぁ、ゾロとかトラ男はなんて言うか知らねェけど」

「…………」


もしかして、鈍感力に関しては、自分はルフィに負けていないのでは?と再び頭を抱え直したところで、少し真面目な面持ちになったルフィが問い改めた。



「おまえ、本当にあいつになんも言わねェつもりか?」

「…………言えるわけないでしょう?」

「なんでだ?」


視線の先では、船の縁にもたれた彼が、新しい煙草に火をくゆらせている。


言えるわけないじゃない。だってーー



「…………もし、私の片思いだったら、」


辛いだけでしょ。消え入りそうな私の呟きに、ルフィは顔ごとこちらに向けた。


その瞳が、純然かつ情熱的な色に輝いて、私の時が吸い込まれる。







“そんなの、言ってみなきゃわかんねェだろ?”







「言ってみなきゃわかんない……か」


記憶の中のルフィの声に続いて反芻すると、気を取り直して上を向く。

船医から借りていた本を保健室の書棚に差し戻し、昨日から数えて二桁は有に越えるであろうため息をつく。


そう思って、簡単に言えたらいいわよね。あんたみたいに。


どこか皮肉っぽくなってしまった思考を振り切るように、大げさに頭を振った、その時。



「はーらーへったー!」

「もうすぐ晩飯だっつってんだろ!オイこら!引っ張んな!!」


扉の奥が唐突にドタバタと騒がしくなり、反射的にぴくりと身体を揺らす。

どうやら隣の部屋、つまりはキッチンに用のあるらしい人物たちが、入ってくるなり無駄に騒ぎ立てているようだ。


「それはわかってんだけどよー!」

「ちっとは我慢できねェのかてめェは!」

「なんでもいいから作ってくれよー!肉でもいいぞ!」

「しっかり希望言ってんじゃねェか!!」


それが、たった今自分の頭の中を占めていた二人だったことに気づき、扉の小窓の脇に身を避けた。

盗み聞きをしているという後ろめたさと、どうして私が隠れなければならないのかという苛立ちが混ざり、妙な気持ちになった。

それもこれも、ルフィが突然、あんなことを言い出すから。


「にーくっ!にーくっ!」

「チッ、どうしてこのくそ忙しい時に時間外労働を課せられなきゃならねェんだよ。ナミさんのためならまだしも、野郎のために」

「んんん?仕方ねェなあ、ナミにも持ってってやるからよ!」

「そういうことじゃねェ!くそ生意気なこと言ってねェで、食ったっらとっとと行けよ?」

「おまえ、ナミのことどう思ってんだ?」


やにわに放たれたルフィの言葉に、皮膚の下で一度、心臓が大きく鳴った。

意表をつかれたサンジくんが、「はぁ…?」と調子外れな声を出し、二人の会話が途切れた。

フライパンが何かを焼く、ジューという音だけが辺りを包む。




「そりゃあ、おまえ……」



言うまでもない。ナミさんはおれにとって天使だ。最高のレディだぜ。ナミさんの美しさは世界共通、疑う余地もねェ。


そんな通りいっぺんの、とってつけたような賛辞が聞こえてきそうで、張っていた肩を少しだけ落とし、自嘲するように口元に小さく笑みを乗せた。


本心なんて、聞けるはずない。信じてはだめよ。彼は、誰にでも、同じことを言える人なんだから。


けれど、扉越しに聞こえてきた言葉は、私にとってまさに、泥中の蓮だった。



「そりゃあ、…………




…………おまえには、言いたくねェ」




ーーえ…?



私の心の声と同じように間を空けた後、ルフィは突然、カウンターを叩きながら抱腹絶倒を始めた。


「おれなんかには言いたくねェのかよ!あひゃひゃひゃっ!!」

「ーーっ、うるせェ!!!」


小窓から盗み見ると、カウンター席で行儀悪くあぐらをかいて涙を浮かべるルフィを前に、耳を赤く染めたサンジくんがチッと舌打ちしたところだった。


「ナミの前ではあんだけ言えんのに、おもしれェなー!」

「……ルフィてめェ、そもそも最近ナミさんにくそ馴れ馴れしすぎだ!オロされてェのか!?」

「ははは!余裕ねェなぁー!」

「このっ、今すぐその口閉じねェと蹴りが飛ぶぞ!」

「そっかー!おまえ、ナミのことは他人に軽く語りたくねェくらいーー」



大事なんだな。




「当たり前だ。馬鹿」




あっという間に焼けた超厚切りベーコンを素手でさらい「サンキュー!」と陽気に出ていく嵐のような後ろ姿を見送って、息を吐く。

静かにドアノブを回すと、タオルで手を拭った彼と目が合った。



「……あ、ナミさん」

「……うん」

「も、もしかして…………聞いてた?」

「聞いてたっていうか………聞こえちゃったっていうか」

「そ、そっ……か……」

「…………」

「……ルフィのやつ、何考えてんだろうな、はは、」


何よ、いつもなら、出会い頭に口説き文句の一つでも吐くくせに。

今に限って微妙に赤面なんてしないでくれる?調子狂っちゃうじゃない。


…………でも、そんな顔もできるのね。




「ねぇ、サンジくん」

「はい、ナミさん」

「もしもーー」



もしも、彼が私を好きになってくれたなら。



なんてね。そんなのは単なるおとぎ話で、夢に夢見ているだけじゃ叶いっこないなんて、その辺の猫でも知ってるわ。だからーー



“言ってみなきゃ、わかんねェだろ?”



だから、いつまでも夢見てないで、伝えなきゃ、だめじゃない。

だってほら、伝えるだけならタダだもの。私、“タダ”って言葉に弱いのよ。ま、タダより高いものはないとも言うけどね。



「もしも、…………違う、そうじゃなくて」

「……?」

「これは、仮定の話じゃなくて、本当のことなんだけど……」

「…………はい」



さっきのルフィの位置から、彼を見上げた。

手が届きそうで、届かない、そんな場所。


もしも、自分の気持ちを伝えたら、目の前できょとんとしている彼は、いったいなんて言うのかしら。

もしも、「想っているだけ」 を止めたのなら、その先には、何が待っているのかしら。

もしもーー



もしも、この気持ちが届いたら……




「私、サンジくんのことがーー」




どんなに素敵なことかしら。




もしもの告白






「にししっ!」
「ん?何をそんなにニコニコしてんだ?ルフィ?」
「ウソップ!今日はご馳走だぞ!宴やるんだ!」
「おっ!そうなのかー!?なんかめでてェことでもあんのかよ!?ロビン知ってたか!?」
「いえ?なんにも?」
(ふふ、お疲れ様、恋のキューピットさん)



END


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