novels3
□何が嫉妬を殺すのか
1ページ/3ページ
おまえを連れて歩くと面倒だ。
面と向かってそんなことを言おうものなら、三度の平手打ちと無視を決められてしまうから言えないが。
変に鈍いおれの女はありとあらゆる種類の男の視線をへばりつけたまま歩くのだから、本当に面倒くさい。
「あの髪飾り素敵ー…!」
「……オイ、もう行くぞ」
「ちょ、ちょっと待ってて…!すぐ終わるから!」
そう言って雑貨屋のショーウインドウに鼻先をくっ付けて、ナミは「もうちょっと安くならないかしら?」などと呑気なことを呟いている。
仕方なく近くのベンチに荷物を下ろす。女はみんな、得てして買い物が好きなのだろうか。
こう考えると、何の得もなく荷物持ちになってやっている自分はたいがい心の広い人間だ。そのことを、少しは顧みても良いだろうに、ナミはおれの存在を忘れたかのように思案に没頭している。
あーあ、こんなに暇ならダンベルのひとつでも持ってくりゃあ良かったぜ。
待つこと数分、ため息が欠伸に変わったのをきっかけに腰を持ち上げた。
見ればいくつもの色のある視線が背中にザクザク突き刺さっているというのに、痛くも痒くもないのだろうか。
呆れ半分で手を伸ばす。帰るぞ。そう言葉を紡ごうとした瞬間ーー
右肩越しに飛んできた殺気の強さに、反射的に抜刀していた。
「「ナミ!下がってろ…!!」」
火花の散るような金属音の後、目の前の男が自分と同じ言葉を放ったことに気がついた。
近くのポールに繋がっていた太い鎖が柄を押さえていた。刀越しに視界に入れたのは年若い男で、相手も青色の瞳を見開いている。
細い筆を束ねたような黒髪が、日光に透けて白銀色に光っていた。
「……てめェ何者だ?」
「あんたこそ、こいつに何か用?」
どちらが目線を捕まえたのか、ギリギリと足場に力をかけながら探りあっていると、やっと髪飾りから意識のそれた女が呟いた。
「…………イクト…?」
下がっていろと言ったのに逆に前へ進み出たナミは、聞き慣れぬ名を呟いて男を凝視した。
こちらが言うことを聞かないとすぐに手も口も出るくせに、こちらの言うことは全くもって聞こうとしない女を誰かどうにかしてほしい。
馬鹿と同じように、勝手気ままに効く薬はないのだろうか。そう聞いてもチョッパーが困るだけなので、結局いつも自分が広い心で譲歩してやっている。
「そうだよ。こんなにイイ男が、おれ以外にいるわけないよね?」
「なんで……」
「……まぁ、さすがのおまえでも、惚れた男の顔は忘れないか…」
「惚れた男」というフレーズは、結構衝撃的なものがある。全てを理解するより早く、その字面に「あ?」と声を漏らしたおれを、ナミは一度、目だけで見やった。
「と……とにかく武器をしまって!あんたたち何か勘違いしてるわよ!……ゾロ!あんたもほら!」
勘違いと言うのなら、それに越したことはないのだが。今しがたこの男が言ったことを理解しようとすると、必ずその“勘違い”に行き着くのは何故だろう。
数秒睨み合って、指先から順に力を抜き、刀を鞘に収める。男は無造作に鎖を放って、おれの顔をジロジロと遠慮も無しに眺めやった。
「何?あんた、ナミの知り合い?てっきり人拐いかと思ったよ」
「あぁ?!」
「顔がいかにも悪人だからさぁ」
「てめェさっきから聞いてれば……」
確かに否定しようもないことではあるのだが、発言がいかにもナルシストな男に言われたくはない。
考えてみればさっきから勝手にいちゃもんつけてきて、勝手に自分はナミが惚れた男だと主張して、こいつの言動はいささか目に余るものがある。
「何?何か文句ある?」とでも言いたげな憮然とした表情には、悪気しか感じられない。
文句ある。大ありだ。世界が理不尽だらけだとしても、ナミが今、自分の女であることだけは間違いない。
「ちょっと待って……ねぇ!あれ海軍じゃない!?」
「!?」
ナミが示した方を振り向くと、先程の騒ぎを聞きつけたらしい数名の海軍が同じようにこちらに気づき、駆け出してきた。
物資調達も含め、この島には少し滞在したいという話だ。海軍に追いかけ回されたのでは動きづらくなる。
じゃじゃ馬の相手なんて、してやるんじゃなかった。そう思いながら戻した視線の先に、今しがたいたはずのふたりはいなかった。
「……おい、こらてめェら待て…!!」
「ゾロ……!!」
「あァ!!?」
荷物!!!と必要最低限の短い指示を飛ばしたナミの背中は、得体の知れない男に手を引かれてどんどん小さくなっていく。
出かかった言葉を、大きな大きな舌打ちに変え、ベンチに置いてあった荷物を紐が千切れんばかりに乱暴に引っつかんだ。
ーーー
「……で?なんでてめェまで船に乗ってる?」
「あんたたちといるところを、海軍に見られた。素性が知れたら仕事がしにくくなる」
現在船は一時避難を余儀なくされている。夕飯時とあって運良く全員が揃っていたため、そのまま慌ただしく島を離れることとなった。
それもこれも、もとはと言えば何食わぬ顔でここにいる男が招いた事態だ。
自分としてはこのまま海に突き落としても良いのだが、根っから人の良いクルーたちがそれを許さないだろう。
「素性を知られたくないあなたの仕事って?……まさか、殺し屋さん、かしら?」
「ギャーッッ!!反対!!殺し屋さん、反対ー!!!!」
「ギャーッッ!!恐ェッ!!殺し屋さんっ、恐ェェッ!!」
悪戯好きのロビンにからかわれ、完全武装をした警戒心の強い二人が怯え倒していると、男は船の欄干に片膝ついて、薄い唇で笑みをつくった。
「期待されてるとこ悪いけど、おれはただの情報屋だよ」
「なぁんだ、ただの情報屋さんか…………ってそれもヤベェッ!!」
「ギャーッ!!情報屋さん恐ェッ!!海軍!!海軍ー!!」
「っておめェも海賊だろ!!」
「あっ!!そっか!!」
「ナミ、こいつおまえの友達かー?」
ルフィに問われ、「友達っていうか……まぁ、昔の知り合いよ」と答えるナミを、何故か釈然としない顔で見やって、男は欄干から飛び降りた。
「おれはイクト。あんたたちと一緒で、今海軍に捕まると面倒だ」
「おう、そうなのか」
「戻るつもりがないなら、このまま次の島まで乗せてもらえる?」
「おう、いいぞ」
「オイオイ待てルフィ」
黙って事の成り行きを見守っていたコックが痺れを切らして口を出した。
「いくらナミさんの知り合いでも、得体の知れねェ野郎を船に乗せるのか?しかも聞いただろ、そいつは情報屋だ。おれは反対だな」
「そ、そうだぞルフィ!島に着いた途端、海軍に情報売られて逃げられるに決まってる!おれ様も反対だ!!」
「うーん、でももう船出しちまってるしなぁ。……別に、大丈夫だろ。な?ナミ」
「え……?」
面食らったナミの肩をすかさず抱き寄せて放たれた男の言葉に、おれは、曰く悪人面な顔をますます歪めることとなった。
「そんなに警戒しなくても、大丈夫。おれとナミは、互いを知り尽くすほど深い仲だから」
……この野郎。
「そっか!そんなに仲良かったのかおまえら!じゃあ大丈夫だなー!」
「……まぁ、船の上で何か起きても、部が悪いのはそやつじゃろう。そもそもさっきの島からは、もうずいぶん遠ざかってしもうとるわい」
「だァァァッ!!オイッ!!色々駄目だッ!!今すぐそのクソ野郎を船から突き落とせ!!」
「ふふ、面白いことになりそうね」
「ヨホホ、ロビンさん、悪い顔してますよ?」
なんともいけすかない男だ。何年前の知り合いか知らないが、ナミに対する執着がありありと見てとれる。
ーーったく、そういうのはきっちり精算しとけっつーんだ。
「おまえを連れて歩くと面倒だ」
思わず負け惜しみのように言葉が漏れた。別に、何にも負けてなどいないのだが。
男の処遇についてあれこれと言い争う声の中からあざとくそれを拾ったナミは、三度の平手打ちも無視もせずに平然と言い放った。
「何言ってんの?」
「あ?」
「あんたが私を連れて歩いてるんじゃなくて、“私があんたを”連れて歩いて“あげてる”の」
この口の減らない高飛車女を、誰かどうにかしてほしい。