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□ほらまた君は
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ほらなまた、
人の気を知りもしねぇであいつは
この自由な海の上で、空に浮かぶ太陽のような髪を潮風になびかせる。
「ほらまた君は」
その海賊船の一日は騒がしい。
敵船や海王類の襲撃がなく、新しい島の発見や非常識極まりないいつものようなハプニングがなくとも、それは変わらない。
「はい、できたわよ」
修行の合間の休憩にと横になった甲板で薄ら目を開けると、自然と声のする方へ意識が向いた。
あぁ、ただの休憩のつもりが、小一時間眠ってしまっていたのかと
まだはっきりとしない意識の中で確認し、いうことをきかない体をそのままに再び目を閉じる。
「おっ!直ったか!?サンキュー、ナミ!!」
「ちょっ!?わかったから離れなさいよ!」
船長のやけに通る声が聞こえたかと思えば、嬉しそうに抱き着く無邪気なその腕を逃れようと抵抗する女の姿が頭に浮かぶ。
そんな光景、わざわざ見なくとも容易に想定できるのだが、
何故だか冴えてしまった寝起きの不機嫌な脳がその二人の様子をとらえようとしているのか、再び開けた薄目で声のする方を見やると
こんな日にあんたにくっつかれたら暑っ苦しくてしょうがないわ
と赤ベストの少年に拳骨を食らわす恋人の姿が数メートル先に確認できた。
それでも直してもらった麦わら帽子を被り直し、上機嫌な足音を立てて俺の前を走り過ぎていく男を眺め、考える。
ほらな、また--…
人の気も知らねぇで
当たり前のように船長と馴れ合うあいつを少しばかり恨めしく思い、溜めた息を小さく吐いた。
だいたい、あいつが正式にこの船の航海士になってからというものこんなものは日常茶飯事で
、
むしろ俺たちが恋仲になる前はさして気にも留めなかった事実ではあるのだが、
女が二人なのに対し男が七人もいるこの船の上では、天真爛漫で鈍感で無邪気な彼女の態度に心をかき乱される事が至極多い気がする。
例えばそれは船長に限らず船員たちにも言えることで、
飽きもせずパンツを拝みたがる紳士風の骸骨や
少しも顔を赤らめず下ネタを発する変態サイボーグ、
密着して何やら内緒話をする、常人という意味で彼女と気の合う長っ鼻、
疾しい考えはないにしろ膝枕や抱っこを強要する性質の悪いトナカイのようなタヌキでさえ、
自分の心を騒がしくさせるには十分なのだと思いながら、
船長の宝の修繕という任務を完了させて読みかけの本の続きに目を落とすパラソルの下の女を再び見る。
するとそこへ人の寝覚めを悪くする一番の元凶である金髪の男の影が近づいていることに気が付いた。
「ナーミすわぁ〜ん!!
サンジ特製、日差しの下で優雅に読書する素敵なレディへのスペシャルドリンクをお持ちしました」
などと言いながらコトっとナミの横にあるサイドテーブルにフルーツで彩られた飲み物を置く。
ありがと、サンジくん
と言いながら細く白い指を躍らせグラスに手をつけるその仕草に鼻の下を伸ばすコック…
その様子を盗み見る俺にとっては通例通り
それだけでも胸がもやもやするのであるが、
いつもは我慢してタヌキ寝入りを決め込むこんな状況も、
この日だけは少し違っていた。