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□天使の贈り物に噛みつけ
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どうせ取られちまうくれぇなら




格好悪く足掻いてやる。










「天使の贈り物に噛みつけ」











確かに俺は酔っていた。


有り余る酒を煽られるままにべらぼうに飲んで、

ふわりとした浮遊感に見舞われて目を閉じた。


何とも言えない気持ち良さが脳を支配する中で


鼻に抜ける甘酸っぱいあいつの匂いが漂って

その果実に誘われるままに思わず手を伸ばした。






あぁ、今日はなんて幸せな夜なんだ。


俺はこの女をこうして手の中に収めるのを

その唇に触れる日を幾度となく切望した。



まさに夢見心地。




…ん?


じゃあこれはやはりいつもみたく夢なのか?


それにしては五感がフル稼働だ。


現実なら文句ねぇ。

万々歳。
ざまぁみろクソコック。


ところでどうしてこうなった?


あらゆるプロセスをぶっ飛ばしすぎじゃねぇか?


結局夢オチか…ま、それでもいいか。


もう少しだけ、リアルに柔らかいこの唇を……









「剣士さん、ここじゃあれだから、店に行きましょう?」





んー…


店……?





「はっ……!!??」




一気に飛び起きるとその衝撃で目の前の見知らぬ女がよろめいた。

今の今まで頭の中に描いていた光景と足元に転がる現実とのギャップに目眩を覚えると同時に


その目眩がアルコールによるものではないことを、一瞬にして冷めた俺の頭が確信させ

やっとのことで口を開いた。




「てめぇ…誰だ?」


肉付きの良い派手な格好の女は投げ出された俺の足にすり寄って


「やだ剣士さんったら、今名刺をあげるわ。だから続きはお店で…ね?」





不覚。



それはもう剣士として


いや男として


もはや人間としての大失態。



酒は飲んでも飲まれるな。


どこかで聞いたような決まり文句が頭の中でリピートする。
飲んだら乗るな、乗るなら飲…いやこれは違うか…?



激しく混乱する頭を抱えてふらつく足を精一杯持ち上げて

悪ぃ

とだけ謝って

地面で何か口走るピンク色のS字をなるべく見ないようにその場を離れた。










「随分大胆なのね。目の前で始めちゃったらどうしようかと思ったわ」



その冷たい声に凍りついて動かなくなった体の
首から上をぎこちなく左に向けると


民家の入口の小階段で組んだ足の上で頬杖をつき
もう片方の手で酒瓶を持て余し

軽蔑の眼差しで俺を見る女。



先程夢見心地の折、俺の脳内を占めていたナミが
まさしく今しがた俺の目の前に現れたという現実。




これほど最悪な夜はねぇ。
それはもう、後にも先にも絶対に。





人生で最も間が悪い瞬間という決定ボタンが押されたその夜、




ナミもまた、最低な男というレッテルを俺に貼ったに違いない。
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