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□勘違いの芽
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争奪戦になる前に手に入れるはずだった。
黙って見ていたら奪われる。
そういう世界を
俺らは生きてる。
「勘違いの芽」
「恋は脳の勘違い…?」
パラソルの下で優雅に紅茶をすするこの船の華たちが
海賊らしからぬ色恋話に関心を持ったのは
波も風も穏やかな昼下がりだった。
「えぇ。日常とは異なる事態に動揺し、異常な覚醒状態になった脳が
その興奮状態を、恋によるものだと勘違いするそうよ」
ロビンの長い指が雑誌記事を追う様をナミが覗き込む。
「つまり……どういうことなの?」
不思議そうな顔をしつつも身を乗り出して先を煽るナミ。
「つまり…
例えば、急に敵に襲われたりすると心臓が速くなるでしょう?
そういうアドレナリンが出ている興奮状態のときに、
そのドキドキを、近くにいる相手に対するものだと錯覚してしまう…ということじゃないかしら?」
ロビンと目を合わせて眉をひそめたナミが返したのは、もっともな反応だった。
「それはないわよ。
だって私たち、考えられないような異常事態に何度も遭遇してるけど
ドキドキした状態でこいつらを見ても、何も感じないもの」
甲板でオセロや発明や釣りに勤しむ男性陣を一瞥し、
信憑性に欠けるわと興味を削がれた様子のナミにロビンが続ける。
「実験では…
今にも崩れそうな危険な橋と、安全な橋をそれぞれ渡らせ、辿り着いた岸に立っている美女の魅力を評価してもらったところ、
危険な橋を渡った被験者の方が圧倒的にその女性を魅力的だと感じたそうよ」
「…きっと世間の男共は心臓も脳も柔なんだわ。
危険な橋なんて、文字通り何度渡ってきたことか…」
「ふふ、そうね。
一般心理が当てはまらないのは、私たちの心臓がちょっとやそっとでは動じないほどに強靭になっているせいかもしれないわ」
可笑しそうに笑うロビンに、笑い事じゃないわよ
などと噛みつきながらもつられて吹き出すナミに、さらに続ける。
「だけど、ドキドキしている瞬間は恋だと意識しなくても
そのドキドキが蓄積されて後々意識し出したとすると、
それは恋になるのではないかしら?」
「……う〜ん…?」
腕組みをして遠くの空の羽ばたくカモメを眺めながら唸るナミ。
「あら、心当たりでも?」
「ち、違うわよっ!
…確かにそういうことも、あるかもって…」
そんな少し変わった志向の恋話に耳を傾けながら
白の目を黒の目に裏返していくと
目の前のチョッパーがあっとかうっとか言って小さい手をぱたぱた振っていた。
少し本気を出しすぎたかなどと、
3分の2以上が黒で埋め尽くされた盤を見ていると
ナミたちの後ろに人が近付く気配を察知して目を向ける。
すると淡いシャツの袖をまくった
見慣れた男がナミの背中に手を伸ばしているところだった。