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□前編
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代わりならいくらでもいると思ってた。

名前の付けられない関係に終止符を打つチャンスだとも思った。


不誠実な自分を押し通してでも手に入れたかったのは


たったひとつの想いでしかなかったというのに。









「代行リアクション」









穏やかな真昼の波が
船体を僅かに傾けながら運ぶ。


トラブルの中のつかの間の平穏。

海賊たちのそんな日常では


片隅で軋み始めた歯車に


誰も気づく由はない。










「…っ、待って」



「なんだよ。…今日はいいだろ?」




掠れた声を息のかかる距離で囁けば
肩をぴくりと震わせて瞳を逸らす。


不規則に聞こえる快活な笑い声に怯えるように

部屋の扉の方をしきりに気にする女。





「でも……」



煮え切らない反応に痺れを切らして唇を塞げば
ねっとりとした空気が互いの口内を行き来して
日常の片隅に異様な空間を作り出す。





「んんっ…!待っ…」


「十分待っただろ。…駄目か?」




俺たちのこの関係が始まったのはいつだろう。


ただ最初は、互いの視線がぶつかったことがキッカケだった。

ぴたりとはまったように目を逸らすことができなくなって

見つめ合っているうちに熱を持ち始めた唇を

気がついたら重ねていた。

ナミが抵抗しないことをいいことに

こうして倉庫や女部屋、時には風呂場の脱衣所に連れ込んで口付けを交わす。



当然のように収まりがきかなくなった欲望を預けようと距離を縮めるが


その度に弱々しくストップをかけるナミを


無理矢理に犯すことはさすがにできない。




「だめ…誰か来ちゃう」


「……じゃあ夜は?」


「……」




困った表情で見上げてくる可愛いそいつを今すぐ組み敷いて奪うのなんて
俺にとっては造作もないこと。

だけど切羽詰まっているのは身体だけではない。

そんな不誠実な行為で心までをも奪えると思うほど、愚かではない。







「……夜、ここで待ってる」



「……」





自分よりも背の低い女の頭を2、3度撫でて
返事も聞かずに甲板へと続く扉を開ける。


ノーと言われる前に立ち去れば
ナミは必ずここへ来る。



無理強いをして嫌われたくはないが
そろそろ自分の理性も限界に近い。

キスの先が欲しい。



ナミが俺に許しているのは唇だけ。
身体も心も俺のものにしたい。



今夜こそは……。



ぎゅっと口を結んで鼻だけで大きく呼吸をするけれど


吸っても吐いても覚束ないこの胸を一度だけ掌で撫でて

いつも通りの日常へと身を投じた。
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