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□前編
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「……ぺん…ぎん?」




「え……?」












「仮船長の命令」










腰までの開き戸を勢いよく押し開けてカウンターまで走ってきて、




「マスターウイスキーロックで!」




それから適当に酒とつまみと…焼き鮭ってあります?

などと上半身を乗り出して息もつかずに注文する男。



や、焼き鮭?



丈夫そうなツナギの背中に背負うニヤリと笑うドクロのマークを視界にとらえながら頭を捻る。




そんなことよりも何よりも

最初に私の目をひいたのはその男の帽子に書かれた堂々とした文字。

服飾小物には相応しくないが

その色や形にはぴったりなそれを


カウンターに付いた両肘を傾けて、今まさにグラスの中の強めの酒を含むはずだったこの口が自然と読み上げて


その言葉に奇妙な帽子の持ち主は弾かれたようにこちらを見て首を傾げる。





「えっと……どこかでお会いしましたっけ?」


「え…?」


「だって俺の名前……」




男と話していてもどうも気になるその文字が
何を指し示しているのか理解して


その単純な結果に失礼だと思いながらも可笑しさが込み上げる。

だって自分の持ち物に自分の名前って…





「ペンギンって…あなたの名前なの?」


「そうだけど…知ってて俺の名前を呼んだんじゃないの?」



なんとも天然な青年の前頭部を指差して、グラスを持つ手の甲で緩む口元を隠した。





「だって帽子に書いてあったから、なんのことかしらと思ったの。あなたの名前だったのね」



ふふっと肩を揺らすと嫌な顔もせず納得したように

あぁ、なんて口を開けて、見えるはずもない頭上のそれを目線で追う姿がちょっぴり可愛い。




「あ、いけねぇ…マスター早く!うちの船長は気が短いんだから」



カウンターに手のひらをついてのんびり屋らしいマスターを急かす男、ペンギンの言葉に緩んでいた口元が反射的に強張った。




「船長……って、もしかしてあなたも海賊?」



「も?君も海賊なの?」




えぇそうよって答えようとしたそのとき
入口から差し込む光が暗がりに包まれて
今度こそ、はっきりと見覚えのある顔が覗く。






「誰の気が短いって?ペンギン…」



「げっ!船長…」




大きな熊とキャスケット帽の茶髪を引き連れて
入口付近の丸テーブルにどかりと座ったその男の視線と私の視線が


ほんの一瞬だけ、一本の線で繋がった。
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