黒子のバスケBL

□名前も知らない恋
1ページ/8ページ





きっかけは、彼女が重そうな荷物を持っていたのが、目に入ったことだ。



電車通学が始まって二ヶ月。青峰大輝はいつも、ある車両の端の三人掛けのイスに座っていた。車内はいつもそれなりに空いていて、決まった人ばかりが乗っている時間帯。青峰の周りは、その強面と座り方の悪さで、特にがら空きだった。
青峰の乗る駅の次で、いつも乗ってくる少女がいた。他校生の彼女もやはり、青峰の近くに座ることはなかったのだが、彼の前にあるつり革の場所を定位置としていた。穏やかな面差しによく似合う灰色のブレザー姿は、青峰の目をよく惹き付けていた。



「ふぅ……重いな…」



その日は、乗ってきた彼女の呟きがたまたま耳に入った。見てみれば、いつも持っているスクールバッグと手さげの他に、大きめの保冷バッグも持っていた。手折ってしまえそうな色白の手が肩をさすっているのを見て、青峰はパッと居住まいを正した。少女と青峰の目が合う。



「…座れよ」

「えっ………あ、の…いいんですか?」

「いいも悪いもねーよ。電車だろうが」



心なしか顔が熱いのを感じながら、青峰は声を発した。すると、彼女は



「すいません……あ、ありがとう…ございます」



一瞬ほわっと顔を綻ばせた。それを何だか嬉しく感じつつも、青峰は隣に座った彼女の存在に、どこか落ち着かないと思っていた。









(…あ、やっぱり。帰りも同じ電車なんだ)



桜井良はいつもより多い荷物を持って、朝に初めて座った席に腰掛けていた。静かな帰りの電車に揺られながら着いた、高校の最寄り駅の次。朝、座るように言ってくれた彼が乗ってきた。彼は桜井の姿を見とめると、よぉ、と隣に座ってきた。



「今朝はありがとうございました」

「別にいーって。それよか、同じ電車なんだな」



少し怖いなと感じていたのだけれど、話してみれば、それは違うのだと桜井は感じ取った。



「その制服、確か桐皇学園高校のものですよね?」

「知ってんのか?」

「はい。IHで当たる可能性ありますし」

「IH?つーことは、お前バスケしてんのか?」

「あ、えと、僕バスケ部のマネージャーしてます」

「マジか!俺もバスケ部だぜ」

「そうなんですか!?」



話が通じて盛り上がる。よく見かける乗客は彼のことを怖がっているようだけど、そんなに怖がる必要はない、桜井はそう思った。明るい彼ともっとたくさん話がしたいとも思った。けれど、時間が過ぎるのは早い。



―次は、篠宮…篠宮―



「あ、降りなくちゃ…」

「あー。そういやいっつも、ここで降りてたな」



彼の言葉に、桜井はえ?と声をあげる。色黒の彼は続ける。



「四月から、けっこう同じ電車乗ってただろ?俺見てたし」

「は……えぇ?」



その言葉に、桜井の頬はぽわっと赤く染まった。とくとく…と心臓の鼓動が早くなる。



「…?どうした?」

「あ、いいえ!すいません、それでは!!」

「おぉ…じゃあ、またな」



ちょうど駅についたため、桜井はそそくさと電車から降りた。ぼんやりと、発車する電車を見送る。



(見てた…なんて、恥ずかしいな。何で、こんなにドキドキ、するんだろ………でも、それよりも)



「また……か…」



彼の言葉を思い出す桜井の頬は、先程の比ではないくらいに赤かった。










それから、電車内での二人の交流は続いた。



「お前いっつも保冷バッグ持ってるけど、何が入ってんだ?」

「部活に差し入れする、はちみつレモンです。あ、一つ食べますか?」

「お、さんきゅ。……うまっ!お前スゲーな!」

「そんな…誰でも出来ますよ。……あ、着いちゃいましたね。桐皇の最寄り駅」

「あぁ。じゃあ、帰りにな」

「はいっ」









「…あ、あれ?ない…」

「よう。……どうした?」

「あ、あの、英単語の本忘れてきちゃったみたいで」

「そうか、大変だな。…俺の見るか?いっぺんも使ってねぇけど」

「…あ。同じものですね。お借りして良いですか?」

「どーぞ」






二人は着実に仲を深めていった。

けれど、暗雲は立ち込める。それは、とある金曜日の出来事だった。









次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ