黒バス家族シリーズ

□世界一の幸福
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時間は無情だ。どんなに早く過ぎて欲しいと願おうが、どんなに過ぎないで欲しいと願おうが、時間は平等に一分一秒を刻んでいく。
わかっているつもりでも、わかっていなかったのだ。少なくとも、青峰はそうだ。時間のズレが、想いのズレを引き起こすなんてことも、わかっていなかった。






「桜井さんとすれ違っている…ですか」

「……あぁ」



マジバーガーの一角で、けだるげにジャケットのポケットに手を突っ込んで座る男が一人、向かいにはよくよく見れば女性が座っている。結局は元相棒を頼ってしまう自分を、青峰は情けなく感じていた。けれど、出来ないのに考えて、最愛の彼女を傷付けてしまうよりは、この影の薄い女性、黒子テツナに頼る方が良いと考えられるようになったのは、青峰の成長の証だ。そもそも青峰は、何故こんなことになってしまっているのか、皆目見当もつかないのである。



「けれど、君達は一緒に暮らしているんでしょう?でしたら、大丈夫なのでは?」

「…俺も最初はそう思ってたんだよ。けど…なんか、そういうすれ違いじゃねぇような気がすんだよ」

「では、どういうすれ違いだと考えているんですか?」



じっと目を閉じて、青峰は思い返す。涼しいマジバーガーの店内にいるにも関わらず、背筋を汗がつたっていた。手の汗でポケットの中がいやに湿った。

同棲を始めたのは、高校を卒業してからだった。料理の道かイラストの道のどちらかに桜井が進むであろうことは想像していて、案の定彼女はイラストの道へ進んだ。後になって青峰が聞いてみれば「青峰さん以外の人のために料理を作る気にはなれないので」とのたまってくれたものだから、朝まで啼かせたのは良い思い出だ。しかも、結局のところ独学で栄養などの勉強をしてくれているのだから、桜井は青峰には勿体無いくらいの女性だ。
青峰が所属することになったバスケチームの練習場所と、桜井が通うことになった専門学校、両方に近い場所にあるアパートを借りた。同棲…その言葉だけで赤面する桜井を見て、がらにもなく笑みを浮かべた日が最後だったと思う。青峰と桜井はその日から、きっちりと顔を合わせて会話する時間が、徐々に減っていった。
まるで事務作業のように、用意されているご飯を食べて、弁当を持って練習に行って、帰ってきたら彼女の寝顔だけを眺める生活。そのうち、試合も入ってきて、地方に行かなければならなくなり、共に過ごす時間はますます減った。学校という空間に固定されていた高校時代の方が、より親密に過ごせていたようだった。
このままではいけないと感じた青峰は、久しぶりにデートに行こうと誘った。その時の桜井の喜び様は、今でも克明に覚えている。やはり、寂しい思いをさせていたのだと後悔し、今後は改めようと思った。



「けど、俺はその日行けなかった。ドタキャンしちまったんだよ」

「また何でそんなことを…」

「俺がスタメン取ったからベンチ入りから外れたって因縁付けられてな、ボロクソに1on1で負かしてたら時間過ぎちまってよ」

「相変わらずのバスケバカですね。それで、埋め合わせはしたんですか?」

「…しよう、とした」



何度も謝って、もう一度どこかに行こうと誘った。けれど、今度は桜井の都合が全然合わなくなってしまった。最初はツイていないなと思っていたが、だんだんとそれは違うのでは…と、青峰は思い始めた。まるで狙いすましたかのように、青峰が休みの日に限って桜井は学校に行ったり、バイトが入っていたのだ。桜井のことだから、誰かに頼まれて断れないのかとも思ったが、彼女のバイト先の店長が嬉しそうに聞かせてくれたことには「あの子、皆が休みたがる日ほど積極的に入ってくれるからね。感心するよ」とのことだった。青峰の休みも、皆が休みたがる日というものと合致している。つまり、桜井は青峰の休みの日に、故意に用事を入れているのだ。
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