二次


□無形
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 「顔色悪いな、お前」
高崎次郎は、テーブルを挟んだ向こうに座る、ピンク色の頭をした男を見つめて言う。 男は白飯を黙々と頬張り続けていた。
瞳を隠すほど長い前髪から青白い肌がちらつく。いつになっても変わりないな、と高崎は思った。
「ところで、何で焼肉屋なんだ? お前高校の時野菜以外食わないって言ってただろ」
「……話がある」
 はあ。 とだけ言い、高崎は肉と白飯をつつき始める。
確かに此処は個室だし、肉が焼ける音に掻き消されてプライベートな話が出来るようだった。



 ──この男との出会いは高崎の脳裏に深く刻み込まれ、今でも色鮮やかなままに残っている。
「…かのうあき、です」
中学の夏休み明けに突然転入してきた狩野朱希は、不思議な少年だった。
長めの黒髪に、暫く日の光を浴びていなさそうな青白い肌。天才的な絵画の技術は周囲の目を引く。
彼は無口な少年だった。雑談には応じず、自ら話すことも無い。そもそも何を考えているのか謎だった。
ただ無口なだけではなく、言語障害であることが後に教師から伝えられたが。
 アキに対する高崎の第一印象は、『変な奴』。しかし高崎だけでなく、クラスメートの全員が同じ印象を抱いている。
それは彼自身が余り人と関わりたがらないことも災いしていた。
次第にアキは孤立していった。

 アキが転入して数ヶ月後。
聞こえる怒号と何かが崩れる音にただ事でない空気を察し、高崎は教室の窓から様子を窺っていた。
ぐちゃぐちゃに入り乱れる机に埋もれ、隠れるようにアキが倒れていた。慎重に教室の戸を引き、近くの野次馬に窺う。
「何があったんだ?」
「見りゃ分かるだろ。いや〜、怖い怖い」
「……」
面倒事に巻き込まれないよう、高崎は机を正してさっさと席に着こうとした。
すると、アキはすっくと立ち上がり、最初に自分に暴力を振るった少年の目の前に立ち止まる。
静かに顎を引き、脇を締め、腰を据える。アキより幾分か大柄な少年だった。
 高崎は、一瞬の出来事に、まるで映画が何かを見せられているのではないかと錯覚する。
何だよと言いかけた少年の顎目掛けて、アキの華麗なアッパーが炸裂する。ベテラン格闘家を彷彿とさせる美しいフォームだった。
少年は突風にあおられるかのように、机の海に吹っ飛んだ。
教室は凍りついた。


 この暴行事件以来、アキは教室に現れなくなった。不登校、というわけではない。
学校の屋上や美術室に通いつめていたのだ。
クラスメートが彼を恐れはじめたこともあるが、アキ自身が教室へ通うのを拒絶したという。
同学年間では、事件を語ってはいけないことが暗黙の了解となっていた。次第に、狩野朱希という存在すら忘れられていくことになる。
狩野朱希少年は将来有望な藝術家であることを残して、事実上存在しないことになったのだ。


 
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