二次


□無形
2ページ/2ページ




 「おい、高崎。聞いているのか?
まったく。僕が話しかけると、君はいつもうわの空だ。昔とちっとも変わらないな」
「悪りぃ。で、何の話だった?」
いつの間にか高崎は中学時代の回想に浸っていた。アキの声で現実に引き戻される。

 「……分からないんだ。何を目的に生きてきたのか。
実はさ、やめたんだよ。絵を描くことを。
藝術家として生きてゆくことが、僕の使命だと思っていたんだけどね。
絵を描くことで何を手に入れてきたんだろう?金と名声と天才の称号だ。
でもそれだけだった。そんなもの、僕は要らない。
天才藝術家なんて呼ばれていたけれど、実は絵を描く行為に縛られていたんじゃないかってね」
「……はあ」


 暫くの沈黙が流れる。アキから、正解の無い問いを投げかけられているようで、高崎はぐったりとした。
「……どうだかな。絵を描いても描かなくても、お前であることは変わらねーだろ。
絵描きの道を捨てることが、お前にとって良いことになるかどうかは、お前が決めることだ。お前にしか分からねえよ。
藝術家でなくなったんなら、お前は何処にでもいる人だ。そこに良いも悪いもねえ。そもそも、生きることに目的なんて、要るか?」
「……なら、僕はこれからどうすればいいんだ?君が僕の立場だったら、どうする?どんな行動をとる?
僕は分からない……。唯一だと思っていた道を見失ってしまった」


 返答に困っていると、ある一つの考えが閃いた。馬鹿馬鹿しいかもしれないが、やってみないと分からない。
アキなら上手くやれるはずだと、高崎は確信していた。
 「……バンドやろうぜ」
「はあ?……君は何を言っているんだ?」
「出来なくはないだろ、お前。
高校の時、学祭前に軽音部のギターの奴が事故って、それでお前が臨時で弾いた。お陰で学祭は大盛況」
「それとこれは違うだろ。そもそも僕には瞬間記憶というのがあって……。君は知っているだろ?」
「知ってるよ。だからこそだろ。お前なら、出来る。出来るに決まってる。何の問題もねえな」
「……実は、音楽は聴き専なんでね」
「自信ねえのか?」
「はあ?今のは聞き捨てならないな。……はは。いいだろう。やってやるよ。君がどうしてもと言うのなら!
日本……いや、世界に通ずるロックバンドにしようじゃないか?」
「……いや俺そこまで求めてないけど」



 コンビニで買った缶ビールを片手にさげながら、高崎は駅のホームで携帯を弄っていた。
別れ際に登録したアキのアドレスを眺めていると、不思議な感覚を覚える。
ここから、何か面白いことが始まる気がして、身体がざわめいた。


(了)

 
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ