剣と虹とペン

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 どれぐらいそうしていたか、奈理はマフラーと原稿を拾って立ち上がった。
 御剣に言いたくて言えなかったことがいくつもあるが、仕方がない。謗られて当然のことをしたのだから。今更どんなに言い訳したところで、あの人をずっと騙していたのは事実なのだから。自分も同じ立場だったら同じように謗り、そして心底軽蔑するだろう。

 彼女はあれからずっとつけていた天秤のネックレスを外して、彼の執務室の真鍮のドアノブにかけた。


 ◇ ◇ ◇


 それからしばらく後、御剣は検事局長室で局長と向き合っていた。一通りの報告を聞いた局長は、デスクの向こうで渋い顔をして口をつぐむ。

 デスクの前に立ったまま御剣は言った。
「これから法律速報社に行って記事を差し止めます」
「ああ。できるものならばな」
「できないと?」
「マスコミは非常に扱いが難しいんだよ。さすがのキミでもな」

 御剣は一瞬気色ばむが、気を取り直して続けた。
「それから、あの事務職員の採用ルートも調べさせてください。不正を捜査して、採用関係者も法律速報と一緒に起訴します」
「起訴は待て」
「なぜです!」御剣は体の脇でコブシを握り、局長を睨みつける。

「御剣クン。キミはきわめて優秀な検事だ。事を進めるにあたって、いっときの感情に流されてはいけないことを、誰よりもわかっていると思う」
 そう言って局長は御剣をじっと見た。

「ム‥‥‥。どういうことでしょうか」
「ヤツらを捜査しても、取材の秘匿権をタテに取られるだけだ」
「そんなものは法廷に引きずり出してこの私が‥‥‥」

「ヘタに騒ぐと検事局の脇の甘さが露呈する。職員にスパイがいたなどと知られたら、マスコミどもは今度はこぞってそこを叩いてくるだろう」

「では、放置するとおっしゃるのですか!」
 御剣は思わず音を立てて局長のデスクに片手をついた。

「放置するとは言っていない。この件は私に任せてほしいんだよ」局長はなだめるような目を御剣に向ける。
「しかし‥‥‥」
「キミも世間の笑いものになどなりたくはないだろう。検事局きっての天才検事が一介の女性記者にまんまと騙されたなどと」

「‥‥‥クッ」


 苦々しい思いのまま御剣は階段を駆け下り、12階フロアに戻った。憤然として廊下を歩き執務室前に立つ。ドアノブに手を伸ばしたとき、彼はそこに微かに光るものを見つけた。

(なんだ?)

 彼は目をこらした。繊細に煌めいて揺れているのは、

 ―――天秤のネックレス。

 カッとなった彼は、それを引きちぎろうとペンダントヘッドをつかむ。しかし掌に落ちる小さくひんやりした感触、なぜか懐かしいその感触に、それ以上力を込めることができない。

「何が誕生会だッ!!! くそッ!!!」

 そう喚きながらネックレスをノブから引き抜くと、廊下の隅に放り投げた。ひどく屈辱的で腹立たしい。何もかもが。

 彼は執務室には入らず、そのまま廊下を引き返して法律速報社へ向かった。

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