囚人検事と見習い操縦士
□二
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「と、鳥ッ!!」彼女は叫んだ。
「あァ?」
「そ、その鳥ちゃんだって、あなたが降りないと一緒に墜落しますよッ!」
「ギンは勝手に逃げるさ。ギン。ほら行け」
指笛を吹き、開いたままのドアへ向かわせようとするが、タカは男の肩に固く爪を立て動かない。
「なにやってるんだい! 高度がどんどん落ちてるよ」機長が振り返った。
「いいんですかッ! ギンちゃんが一緒に落ちても‥‥‥!」
粋子はそう叫んで必死に睨みつける。
唇がぷるぷる震えてくる。さっきより地面が近づいている。霞んでいた山肌も谷川の流れもはっきり見えてきた。
夕神は諦めたように深い息を吐き、腕組みをといた。
手錠があるからストラップを付けるのによけいな時間がかかる。アジャスタ部分を一旦外してから、肩に回す。指先がどうしようもなく震えてくる。落ち着いて落ち着いて。そう言い聞かせながら粋子は、最後の金具を男の胸の前で留め、ほっとして顔を見上げた。
「終わりました!」
男はじっと見つめ返してくる。こんな状況なのに、恐ろしいほど冷静な瞳だ。
「5つだな」
「はい。だいぶ高度が下がっているから5つ。5つ数えたらハンドルを引いて下さい」
さっきと反対側のドアを、夕神の膝の上に乗り出して開ける。風の通路ができて強い風がビュービューと吹き込む。男の長い髪が流れ、タカは安定を失って翼を何度も羽ばたかせる。
「さあ! これを引くんです!」
粋子は男の胸元のハンドルをつかんで示した。
―――ふと、襟の紋様が目に入る。一枚羽根の丸い紋。
次の瞬間、夕神は鎖に繋がれた両腕をばっと天へと振り上げた。
「えっ!?」
鎖を粋子の頭の後ろに回し、ガッチリと背中を抱き寄せる。
「俺にしがみつけ」
そう言うと彼女の体を開いたドアに引っ張って行く。
「ちょっと! 何するんですか!!!」
「あんた! そりゃ無茶だ!」機長も振り返って叫ぶ。
「ハンドルはおめえさんが引きなァ」
のんびり言いながら、夕神は機体の床を蹴って宙に飛び出した。
「クェェェエエエエ」
一声高く鳴いてタカも空へ羽ばたく。
「ぎえええぇぇぇぇーーーー!!」
粋子は喉から悲鳴を絞り出した。
死ぬ死ぬ。この殺人鬼に殺される。ハーネスもなく人一人空中で抱え続けられるわけない。
「いち、に、」耳元で低い声。落下する風圧でほとんどかき消える。
いやだやめて。パラシュートが開く衝撃で、絶対、ぜったい振り落とされる。
「さん、し、」
殺される。この男に殺される。
「引け!!」
死ぬ。
「引けッ!!!!」耳元で怒鳴りつけられる。
助けて!!!
瀕死の力を振り絞ってハンドルを引く。男の肩の向こうの青空に、紐のついた影がひゅるひゅると舞い上がる。バサッ。傘が開いた時、全身にガクンと強い衝撃。
―――ああ。もう、だめだ。
抱かれた背骨が折れそうなほど痛む。バサリバサリ。不気味な羽音が耳元で聞こえたような気がした。やっぱり正夢‥‥‥だったんだ。粋子は激痛と恐怖の中、意識を喪失した。
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