剣と虹とペン
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(ピッ)
「‥‥‥こちら、御剣」
「私よ」
「メイ‥‥こんな夜中にどうした」
彼は体を起こし、ベッドサイドのランプの明りを強くする。
「レイジ。あなた今、どこにいるの?」
「‥‥寝室に決まってるだろう」
「どこの?」
「自宅のだ!」
「ほんとうね」
「今何時だと思ってるんだ」
御剣は、ランプの光に顔をしかめてサイドテーブルの時計を見た。
「3時でしょう。こちらはランチを終えたところよ」
冥はこともなげに言うと、御剣の不服そうな唸り声にかまわず続ける。「今、日本から出張で来た刑事に聞いたの。あなたの変な噂のことよ」
「ム」
「天才検事が歓楽街に入り浸ってるって」
「‥‥またその話か」
「本当なの?」
「そんなくだらん用件ならもう切るぞ」
「アクセサリーにはいくら出したの?」
「はぁ?」
「女性にプレゼントするって言ってたでしょう」
「‥‥‥‥‥」
「バカがバカなりに考えた結論だろうと黙認していたけれど、あの夕闇町につぎ込んでいたなんて‥‥フケツでフラチにもほどがあるわ!」
「なッ」
「御剣怜侍。仮にも狩魔の教えを受けたあなたが‥‥恥を知りなさいッ!」
電話の向こうでムチが打ち付けられる音と男の悲鳴が聞こえる。「私が言いたかったのはそれだけよ!」
(ツーツーツー)
「まったく!!」
御剣は不機嫌に言うと携帯をサイドテーブルに乱暴に投げた。
そのあとは窓の外が明るくなるまで何度も何度も寝返りを打った。浅い眠りの中で彼は、ひどく懐かしい場所の夢を見た気がしたが、目覚めた時にはそれがどこだったか思い出せなかった。
◇ ◇ ◇
その翌日の夕方遅く。
糸鋸は御剣の執務机の前に立ち、西鳳民国との合同捜査についての報告をしていた。一通り伝え終えると、ひと呼吸置いておずおずと声をかける。
「検事殿。あのう、聞いてもいいッスか」
「なんだ」万年筆を走らせながら御剣が応える。
「そのう、西鳳民国の連中からヘンな噂を聞いたッス」
御剣の眉がピクリと動き、ペンが止まる。
糸鋸はうつむき気味にモジモジしながら続けた。「御剣検事が、その、夕闇町で‥‥‥」
「どいつもコイツも壊れた機械のように同じことばかり言いやがって‥‥‥」
地の底を這うような低い声で言うと、御剣は糸鋸を掬い上げるように睨みつけた。
「キサマのクビを海外まで飛ばしてやるッ!」
思わず師匠と同じ悪態をついてギリギリと歯を噛みしめる御剣に、糸鋸は真っ青になって震える声で言った。
「み、御剣検事殿が心配で‥‥‥その‥‥なにか手伝いを‥‥と‥‥ッス‥‥」
「自分の給与の心配でもしておけッ!!!」
御剣は執務机を手のひらでバアンと強く叩いた。置いてあったティーカップの紅茶が跳ね、法廷でそうされる時よりもさらに大きい音が糸鋸の耳を直撃する。
「ひ、ひいぃッス!」