剣と虹とペン

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 伊丹大学病院。
 御剣は駐車場に車を止め、玄関まで全力で走る。爆発事件現場から救出、搬送された女性は2名。堀田クリニックの1名は別人だった。
 ならば奈理はこの病院にいるはず。
 ここでしかるべく手当てを受け、そして戻って来る‥‥はず。

(私のもとへ‥‥!)

 御剣は息を切らして病院に駆け込んだ。吹き抜けの広い玄関ホールは、堀田クリニックよりさらに多数の負傷者で騒然としていた。ニュースで知った家族が詰めかけているのか、案内窓口は落ち着きを失った人々でなかばパニックになっている。

 ホールの奥には非常用の寝台がいくつも並べられて、医師らに混じって警察官や消防士の姿も見える。火災現場のススの臭いがここにまで充満していた。
 布のパーテーションが巡らされ、その脇に白衣の老女が杖をついて立っていた。若いナースに片手を支えられている。

「お待ちを!」

 御剣が通り抜けようとすると、老女が杖を上げて制止した。口を利いたのはナースのようだ。
「こちらは救急エリアです。警察関係と家族のかた以外は立ち入り禁止ですよ!」

「ム‥‥!」
 御剣はゆっくり息を吸うと、きっぱりと言った。「身内を、探している」 

「ご家族のかたですね?」
 御剣がうなずくと、老女はさっと杖を下げた。

 制服警官の1人がすぐに気づき、びしっと敬礼してから早足で近づいてくる。御剣が警官に向かって口を開きかけたそのとき、胸ポケットの携帯電話が鳴った。また局長にちがいない。電源を切っておかなければ。彼は苛々としてそれを取り出した。
 しかし携帯の小さく光る画面、そこに表示された名前を見た瞬間、彼は、頭全体がマヒしたかのように陶然となった。ぼうっとしたままあたりをキョロキョロと見回す。

「携帯電話のご使用は、あちらの風除室でお願いしますねッ!」

 またもや老女の杖が目の前に振り上げられ、御剣はビクリとして我に返った。杖は彼の目前を横切り玄関を差している。今度も口を利いたのは後ろに立つナースだった。
 この2人組にはどうも見覚えがあるがそれどころではない。御剣は「失敬」とひとこと告げ、鳴りつづける携帯を握りしめてガラス張りの風除室へ走った。


(ピッ)
 彼は待ちきれずに受話ボタンを押す。

「御剣検事!?」

 耳に飛び込んで来たのは、聞き慣れた、あの声。

「御剣検事‥‥‥?」

 ふらつく足元で、彼は風除室への自動ドアをなんとかくぐり抜ける。

「聞こえますか?」

 御剣は絶句したまま、ガラスの壁に肩を預けてやっと立っていられた。

「もしもーし?? 聞こえますかあ???」

「‥‥‥聞こえている」

 通りがかりの看護師が心配そうに近寄るのを、彼は手で制した。

「奈理‥‥。キ、キミは‥‥‥ど、どこに」

「検事局長の記者会見が今終わったところです。御剣検事も同席って聞いてたんですけど‥‥どうかしたんですか?」
「そ、そ、そんなことより、ケガはないのか!?」
「あっ。はい‥‥。わたしは第2陣に同行予定で、隣のビルで待機してたから‥‥」
「そうだったのか」
 彼は深く深く息をつく。やっと呼吸が戻って来た。風除室の新鮮な空気とともに、胸の中に温かいものが流れ込んでくる。



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